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夢の迷宮  作者: Miyabi
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第4章 闇黒の瞳 (17)

 ケンカのうわさは急速に広まっていった。

 しかもその中身は、リリスが勝手に脚色した〈イオリ君ヒーロー伝説〉のウワサだ。どうしようもない不良の山田が、正義の伊藤君にコテンパンにやられて逃げてった、というまるでマンガのような話が、さも真実かのように伝わっているのだ。なぜこんなバカげた話を誰も疑わずに信じてしまうのか、僕にはまるで理解できない。何かおかしい気がする。何かが間違っているのだ。山田の仲間の杉下と成山が、ウワサを消そうと必死に手を尽くしているが、効果はないようだ。「噂千里を走る」ということわざどおり、本当に千里を走りかねない速さで噂が広まっていく様子に、僕は言葉にできない奇妙な違和感いわかんを感じていた。

 江国美咲が声をかけてきたのは、昼休み開始のチャイムが鳴って間もなくのことであった。

「よっ! ヒーロー君。キミってば、いきなり有名人だよ。さっき休み時間に廊下を歩いてたら、他のクラスの子まで、キミのこと噂してたぞ。だから昼食1回分のおごりは、今日はやめておくことにしたわね。今そんなことしたら、私まで変な目で見られちゃう。食事は学力試験が終わった翌日にでもね。じゃぁね」

 そう言ったきり、江国美咲は、さっさと教室からいなくなってしまう。周りの目を気にしているのか、山田も僕に話しかけてこない。リリスとアリスの二人は女子生徒達に囲まれて何やら楽しそうにしている。僕はこれ以上みんなから好奇の目で見られるのをけるべく、まるで逃げるようにして教室を後にした。噂なんて、すぐに忘れ去られてしまうものだ。それまで、なるべく目立たないでいよう。僕は昼食もとらずに図書館に向う。これから学力試験が終わるまでの間、僕は昼休みも放課後も、図書館で勉強をすることにした。ここならリリスにも山田にもジャマされずに過ごせるだろう。これ以上、面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁してほしい。

 僕の図書館立てこもり作戦が功を奏したのか、その日は何事も無く一日が終わった。


 そして夜になる。またも夢の中にムーンライトは姿を見せなかった。しかし彼女を心配する必要はないだろう。彼女がこの夢の世界のどこかにいることは、僕と彼女の絆を通して伝わってくる。僕が感じている彼女の存在感は、とても穏やかで優しい感じだ。そしてなぜか、時折、彼女に渡したあのクロスのイメージが脳裏をよぎる。ムーンライトは今頃、きっとあのクロスを眺めては何かを思い出しているのだろう。何か根拠があるわけではなかったが、僕にはそれが事実であるように感じられた。

 そして試験勉強のことについて言うと、僕の予想は見事に的中した。江国美咲の言葉を参考に、僕は夜寝る前、教科書3冊をしっかりと目に焼き付けておいてから眠りについた。詳しく読んだわけではない。ただ本当に脳が情報を記憶するのか確かめるべく、パラパラと教科書めくりながら、しっかりと目でとらえておいたのだ。その結果、僕は教科書三冊を見事に夢の中でも読む事ができたのだ。あとは夢の中で、この3冊を読み返すだけでOKだ。ただそれだけの作業で、本3冊分の知識が全て僕のものになる。今夜の教科は、英語Ⅰと社会(総合)と理科(科学一般)だ。

 何でも記憶できるというメリットは、思考力を問われる理数系の科目より、理解と記憶力を問われる文系科目にこそ有利なことは言うまでもない。僕は基本的に理数系が得意であることから、現実世界では数学を、夢の中では英語・社会・理科を勉強することにした。国語については日常的な学習の積み重ねが問われるから、今さら短気集中での勉強は無理だろう。できるとすれば古典・漢文の単語や構文を覚えること、それと漢字の学習ぐらいだが、これは夢での絶対暗記力を使えば一瞬で終了だ。試験は明後日だから、まだ明日の晩も勉強できる。明日も教科書3冊をノルマにすれば、なんとかギリギリで学年50位に入れるかもしれない。僕は夢の中で自宅の机に座ると、まずは英語の教科書から読みはじめた。後ろでは、あいも変わらずステラがネット動画を見ながら大笑いしている。聞こえてくる音から判断するに、動画の内容は『ときめき5人組・美少女レンジャー』という動画らしい。この動画がコメディーなのか戦隊物なのか、見たことのない僕には知る由もない。しかし僕が知らない情報も、インターネットの情報として利用できるのは確かなようだ。その仕組みのナゾが気にならないではないが、今は明後日の試験に集中することにしよう。僕は後ろから聞こえてくる「リリスちゃんのラブラブ攻撃~」という不吉な言葉を聞こえなかったことにして、ただひたすらに本を読み続けた。聞こえない・・・、何も聞こえない・・・、きっと「子リスちゃん野良ブタ公園」の聞き間違いだろう・・・。

 僕がなんとか教科書3冊を読み終えたのは、かなりの時間が経ってからのことだった。とは言え、夢の中で、時間の経過に意味は無い。僕が立ち上がると、さすがに動画を見続けるのにも飽きたのか、ステラが急に、どこかへ遊びに行きたと言い出した。勉強ばかりしていたので、僕もどこかに行きたい気分だが、ム-ンライトがいないと僕は外にでられない。テリトリーの景色を変えることくらいなら自分でもできるようになっていたが、まだ思いどおりとはいかない。意識して変えると、まるでピンボケ写真のように風景がハッキリしないことも多い。

「ムーンライトがいないから無理だよ」と僕が言うと、「オレがいるから大丈夫さ」とステラの答えが返ってくる。

 聞けば、ステラは時折、このテリトリーを一人で抜け出し、この近辺で遊びまわっているらしい。そして帰るときも自由に僕のテリトリーに戻って来られると言う。ずっとネット動画を見て笑い転げているだけではなかったらしい。

「オレがマスターのことは守るから大丈夫。男と男の約束だ。いや、オレとマスターとの契約だ。マスターはオレを導いてくれればいい。オレはマスターを守ってやる。これでオレたち、ず~っと一緒だろ。オレに本物もステラ(星)を見せてくれるまで、オレはマスターから離れる気ないぜ」

 トカゲのステラに守ってもらうほど弱くはないつもりだが、彼の気持ちは十分に伝わってきた。彼をこの世界に連れ出したのは僕だ。彼が自分の居場所を見つけるまで、しばらくは面倒を見る義務があるのだろう。

「よし、契約だ。ステラ、キミが自分の居場所を見つけるまで、キミに星空を見せてあげるまで、僕たちは一緒だ。約束しよう」

 僕は深く考えることなく、その言葉を口にした。するとその瞬間、またあの現象が起きたのだ。

 ムーンライトと契約したときのように、突如、僕の心の中に強烈なイメージが沸きあがる。それは満天の星空のイメージだった。それは子どもの頃、父親に連れられて登った天の香具山の山頂で見た光景だ。数万、数十万もの星が、今にも落ちてきそうなほどの圧倒的な星の海。たぶんそれが、ステラに見せてあげたいと僕が願った、本物の星空の景色なのだろう。

 無限なる星の海。その無数の星の輝きが、一斉に空から降りはじめ、すべての輝きがステラに降りそそいでいく。輝きはステラを包み込んで強烈な閃光となり、やがて集束して一つの星になる。まぶしいほどのその輝きは、やがて少しずつ小さくなってステラの中に消えていった。

「へぇ~ なんかカッコいいじゃん! これでオレも美少女レッドみたいに、ラブラブビームが撃てるかな?」

「絶対に撃てない、って言うか、ラブラブビームって何? もしビームとか出るなら出してみて!」

 するとステラは急に真剣な顔つきになると、大声で叫んだ。

「ラブラブビーム~~~~~~~~~~~~~~!!!!」

・・・ ・・・

・・・ ・・・

 やはり何も出ないようだ。

「さぁ、早く遊びに行こうぜ」と、何事も無かったかのように言うと、ステラは僕の肩に這い登った。

 ステラを肩に乗せたまま扉を開けると、僕たちはそのまま家の外に出た。夜の街並みに人影は無い。きっとここも誰かのテリトリーなのだろう。詳しいことはムーンライトに聞いてみないと分からない。僕たちは、目的もなく夜の街を歩いて回った。空を見上げるが、残念ながら星は無い。もしあったとしても、それは本物ではなく、まるで写真のような光の点でしかないのだろう。僕たちはそのまましばらく外を歩いたあと、また自分の家へと戻った。家の玄関に着いたとき、ふと人の気配を感じて後ろを振り返る。もちろん、そこには誰もいない。僕はそのまま扉を開けて自分のテリトリーの中へと戻ることにした。


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