第4章 闇黒の瞳 (14)
翌朝、学習の効果は意外なところで現れてきた。
夢の中で学習したことが、現実世界で本当に身に付いているのか、僕はそれを確認するため、目覚めてすぐに教科書の歴史年表を開けてみた。すると驚くことに、僕はその年表を完全に丸暗記していたのだ。それどころか、まるで頭の中に教科書をコピーしたかのように、夢の中で読み進めたページは、どんなことであろうと苦もなく思い出すことができる。内容以外でも、ページ数や参考資料、人物の肖像画、果ては教科書の汚れ方まですべて覚えていた。あまりの出来事に、僕は何が起っているのかしばらく理解できなかった。そこで次に、僕は英語の教科書を思い浮かべてみた。するとこんどは教科書を開けるまでもなく、英語の文章や英単語が次々に思い出されてくる。
いったい何が起きているんだろう。つまり僕は、夢の中で勉強したことの全てを、何一つ残すことなく隅から隅まで完全に覚えている、そういうことなのか。いや、この場合、勉強という表現は正しくないだろう。なぜなら、僕が意識せずにちらっと見たところまで、全て完全に覚えているからだ。こんなことが起り得るのか? その瞬間、あの老紳士の言葉がにわかに蘇ってくる。
〈しかしこの木の実をひとたび口にしたものは、夢と現実の境界を越えて、その記憶の全てを持ち帰ることができるのです〉
確かあの時、老人はそう言っていた。あのときは何も気にとめなかったが、老人が言っていた〈記憶の全て〉とは、その言葉どおりに〈全て〉だったのだ! 僕は夢の世界から、何一つ欠けることなく、記憶の全てを持ち帰ることができるということだ。よく考えてみれば、僕は夢の中での経験を、何一つ忘れることなく完全に覚えている。老紳士の言葉も、真実の剣が語ってくれた言葉も、夢の中の景色も、風の匂いも、ムーンライトとの出会いも、何から何まで、その一つ一つ、全てを完全に思い出すことができる。これまで気にしていなかったが、その記憶の鮮明さが、どう考えても不自然であることに、僕は今更ながら気がついた。
〈昔、昔、まだ人間も動物もいない、そんな遥かな昔。この世には光も闇も天も地もなかった。そこにはたった一柱の神だけが存在した。神は永遠の時の中で、ふと寂しいと思った。そこで神は世界を創造することを思いたった。最初の日、神は「光あれ」と言った。すると光が世界を覆った。二日目、神は眩しい光に目を伏せながら、「闇あれ」と言った。すると闇が生まれて世界の半分を暗くした。神は眩しくもなく暗くもなく、世界をはっきりと見ることができた。しかしそこには何もなかった・・・〉
やはり覚えている! あのとき真実の剣が語った、奇妙な神話の最初のくだりだ。僕は一言一句、何一つ漏らさず完全に記憶していた。僕は、夢の中で見たこと、聞いたこと、その全てを忘れない・・・。《夢の実》の意外な能力、いや、この〈忘れない〉ということこそが、《夢の実》の力の本質なのかもしれない。しかしそうだとしたら、〈忘れない〉ということに、いったいどんな意味があるというのだろう。