第4章 闇黒の瞳 (10)
「え? 僕とリリスのこと? それって二人が許嫁だってことを聞きたいんだよね。それなら昼休みにも話してたけど、それ以上のことはなにも無いよ」
「いえ、違うの。二人のもっと人間的なこと。何が好きとか嫌いとか。子供の頃はどんな人間だったとか。どんな友達がいるとか。お父さんやお母さんのこととか。普段何を話しているとか。そんな人間的な部分のこと。伊藤くん。ううん、私もリリスさんみたく、これからはイオリ君って呼ぶね。イオリ君とリリスさんのこと見てたら、なんだか二人みたいに特別な人間って見たことないかな~、とか思っちゃって、すごく興味がでてきたの。だから二人のこと、もっと詳しく知りたくなったの。今日はイオリ君のために、こうして奔走したんだから、当然、それくらいの協力はしてくれるよね?」
この突然の質問に、僕はどう答えて良いのかわからない。リリスがどんな存在かだなんて、僕にだってわからないのだ。それにリリスはともかく、なんで僕のことなんか知りたがるんだろう。
「リリスは、すごく美人だよね。あれだけ美人だと、誰だって興味が湧くと思う。それに比べて、僕みたいな普通の人間がその婚約者だなんて、ほんとミスマッチで変だと思うし、誰が見たって釣り合いが取れてない。江国さんが言う、特別って、そういう事?」
「全然、違うわ。リリスさんの特別っていうのは顔のことじゃないし、イオリ君が普通だなんて全く思ってない。むしろ二人とも特別すぎて、ある意味お似合いの二人だって思ってるくらい。あれ? もしかして君は、自分が特別な存在だってことに、まったく気づいてないの?」
特別? 僕の何が特別なんだろう。成績は、青葉台の生徒ということであれば世間的には優秀だろう。でもFクラスという微妙なポジションを考えれば、それはやはり普通だと思う。顔は、悪くはないがイケメンと言われた記憶もない。男性としての魅力でいえば、間違いなくヘナチョコ級だ。優柔不断で内気で、女の子からモテた記憶もあまり無い。全てを総合すれば、その結論は「普通」という気がする。
「僕のどこが特別だって? そんなものがあるなら、逆に君に教えて欲しいくらいさ。ねぇ、僕のどこが特別なのさ!?」
「え~ そう来たか~ イオリ君が本気でそう言ってるのか、お芝居なのか微妙だなぁ~。でもまぁ、今日はカッコいいイオリ君が見られたから、本当に気づいてないってことにして、特別に教えてあげる。まぁ、どっちにしても、秘密にするようなことでもないしね。
あなたが特別な人間だって言ったのは、その成長のスピードが異常だからよ。〈男子、三日会わざれば刮目せよ〉っていうことわざがあるでしょ。男子は時に、人間として急激に成長することがある。だから三日も会わないことがあればよくよく注意しろって意味よね。でもね。あなたの成長する早さはその数十倍の早さよ。絶対に異常だわ。ほんの10日くらい前までのあなたは、確かにごく普通の人間だった気がする。ちょっと繊細で、気が弱くて、いつも自分で自分を傷つけているような危なっかしさがあって、それでも何か自分を探して彷徨っているような感じだった。でもこの何日かの間に、君は急に逞しくなった。人間としての器が突然大きくなったって感じだった。そしてその器は今も、目に見えるほどの早さで大きくなり続けている。たとえば昨日までは何も言えなかった相手に、今朝、君は必死になって反論してみせた。これは人間的な成長という意味では、実はとても大きな成長だわ。自分の前にある大きな壁を乗り越え、人間として一回り大きくなるほどの成長だって言えば分かるかしら。人間の心って、そんな簡単に成長するものじゃないの。これってすごいことだわ。ところが同じ日の午後、あなたはその相手にみずから挑み、互角に戦ってみせたわ。いえ、人間的な精神力という意味での戦いなら、あなたが圧倒的に勝っていたと思う。あなたは普通の人間なら何ヶ月もかかってようやく乗り越えるであろう人生の壁を、たった1日の間に2回も乗り越えてしまった。私はこれまで、これほどの早さで変わっていく人間を見たことがない。たぶん、君の変化に、クラスの中の何人かは、もう気づき始めていると思う。そして私の予想が正しければ、キミの変化はまだまだ止まらない。
君がどこまで変わるのか。どんなふうに変わろうとしているのか。私は、それが知りたいの。君がこの先、どう変わっていくのかを見てみたい。でも一番興味があるのは、なぜ君は突然変わり始めたのか、そのきっかけが何かってことかな」