第4章 闇黒の瞳 (7)
5時限目、僕は英語の授業をうわの空で聞いていた。僕たちが学生食堂から教室に戻る頃には、もう昼休み終了のチャイムが鳴り始めていて、席に着くとすぐに5時限目の授業は始まった。
僕は朝からの出来事を思い出しながら、自分と、そして自分の周囲が、あわただしく変わり始めていることに、とまどいを覚えていた。夢であるはずのリリスが現実の存在として僕の前に現れたこと、そのリリスが僕の婚約者を騙っていること、僕が不良の山田に歯向かったこと・・・ 山田!!
そうだ! 忘れていたが、昼休みに屋上へ来るよう呼び出されていた気がする。あまりにも一方的で、断るタイミングがなかっただけだが、山田にしてみれば、約束をすっぽかされ、完全にコケにされたと思っているだろう。僕は恐る恐る山田の席に視線を向ける。するとそこには、怒りの形相で顔を真っ赤にした山田がいた。
う~ん、これはもう言い訳が通じる状態じゃない。だけどもし昼休みに僕一人が屋上に行ってたとしても、どうせ山田は無理な要求をしてきたに違いない。ヤツの言いなりにはならないと決めた以上、山田ともめるのは避けられない。そもそもこの状況をつくりだしたのは、他ならぬ僕自身だ。最初に山田がカツアゲをしてきたとき、僕は怖くて何も言えず、ヤツに抵抗すらしなかった。その僕の弱い心と愚かさが、結果としてこの状態を招いているのだ。僕自身の弱さの積み重ねに、いま利息をつけて返さねばならない時がきたのだ。かなり面倒なことになりそうだけど、後で直接、山田と話をするしかない。ここは少年マンガや青春ドラマの定番どおり、放課後の体育館裏で話をつけるしかないだろう。僕は小さな紙切れに、
「放課後に体育館裏 伊藤」
と書いたメモ書きを、山田まで回すよう言伝して、隣の席の生徒に渡した。メモ書きは、リレー方式で生徒を伝わり、江国美咲を経由してそのまま山田に渡された。クラス委員の江国が、授業と関係のないメモ書きをチラっと見ただけで、教師に何も告げずにそのままリレーしたことがちょっと意外だった。しかし昼間の江国の様子を思えば、僕は江国の性格を見誤っていたのかもしれない。クラス委員という肩書きで彼女を見ていたが、案外、彼女はごく普通の女の子だったのだろう。
メモ書きを見た山田は、チラっとこっちを見たが、その怒りの表情が収まる様子はない。しかし5時限目が終わった後、休み時間の間、山田は僕に何も話しかけてはこなかった。