第4章 闇黒の瞳 (4)
授業開始のチャイムが鳴ると、1時限目の理科の教師はすぐにやってきた。生徒達は興奮さめやらぬ様子で、しぶしぶと席に戻っていく。リリスは僕のすぐ後ろの席に、アリスはその横の席へと歩いてくる。リリスは僕の横を通り過ぎる際に、そっと耳元でつぶやいた。
「伊藤 イ・オ・リ・くん。これからはいつだって一緒だね。もしかして、この私から逃げられると本気で思ってた? 昨日の夜はずいぶん頑張ってたみたいだけど、そんなことしても無駄だから、あんまりムチャはしないでね。私のフィアンセさん。フフッ」
その言葉に、僕は思わず声に出して反応してしまう。
「リリス。僕を見てたのか!」
僕の言葉を誤解して、周囲の生徒達がすかさずヤジを飛ばしてくる。
〈オイオイ。婚約者だからって、あんまり熱くすんなよな~〉
〈キャー リリスだなんて、いきなり呼び捨て~ やっぱり二人はそういう関係なのね~〉
〈伊藤~ うらやましすぎるぞ~〉
〈伊藤く~ん 浮気はダメよ~〉
〈オレもリリスちゃんに、見つめられてみた~い〉
ざわめく生徒達を教師が注意すると、やがて教室はすぐにまた普段の静けさを取り戻していった。そして授業が始まると、生徒達の視線は教師に向けられ、みんなの意識もまた授業へと集中していく。しかしこのとき僕は気づいていなかった。授業が始まってもなお、いつまでも僕とリリスのことをじっと見続けている者がいたことを。そのうちの一人は山田良治である。山田の目にはギラギラとした嫉妬の思いが浮かび上がっていた。山田にとって、リリスとアリスの二人はすでに自分の恋人であった。その恋人を当たり前のように呼び捨てにする伊藤が、どうにも許せなかった。ヤツには自分の立場を思い知らせてやる必要がある、ヤツが泣くまで殴り続けてやろう、山田はそう心に強く決めていた。
そして佐藤愛理栖もまた、伊藤伊織を見ている者の一人であった。彼女の目にはどこか怯えるような陰があり、伊織の後ろ姿を不審そうな目で眺めている。アリスはすぐ隣にいるリリスに向けて、ほんの一瞬目をやる。するとそこには自分を見くだすようにして見ていたリリスがいて、彼女と目が合ってしまう。アリスは怯えたようすですぐに視線をそらし、そのまま下にうつ向いて、いつまでも顔を上げようとはしなかった。
そして更にもう一人、伊織とリリスを交互に眺めては鋭い目つきで二人を観察している人物がいる。その人物は、最後にリリスを見つめると、誰にも聞こえないほどの小さな声でつぶやいた。
「あれは、フューラーの・・・」
その人物は、誰にも気づかれないよう周囲に注意しながら、ただの腕時計に見えるよう偽装されたリストフォンを巧みに操り、何かのメールを送信する。すると間もなく何かの情報が返信され、リストフォンの画面には、小さな幾枚もの写真と、更には肉眼ではほとんど見えないくらいの小さな文字がびっしりと表示されていた。