表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢の迷宮  作者: Miyabi
44/82

第4章 闇黒の瞳 (3)

「イオリく~ん 約束どおり、転校してきたよ~ よろしくね~」

 生徒たちの騒ぎが収まらない中、リリスは笑顔で僕に手を振っている。いまや教室中の視線はすべて僕とリリスに向けられていた。女子生徒たちの僕への視線は、50%の好奇心と、50%の驚きといったところか。しかし男子生徒が僕に向ける視線は、50%の驚きと、99.9999%の嫉妬しっとだ。限界突破で、殺意のこもった不穏な空気さえも流れている。

 担任の教師は、そんなクラスの空気など読みもしないで話を進めていく。

「そうか、なら二人の席は、伊藤伊織の後ろと、その横の空いている席でいいな。伊藤、二人の学校案内は頼んだぞ。それとクラス委員の江国美咲えくにみさき、校則や体育の授業なんかについては、おまえが教えてやってくれ」

 それだけ言うと、担任はホームルームを終えてさっさと教室を出て行ってしまった。教師がいなくなるやいなや、クラス中の生徒達が転校生二人を取り囲み、一斉に質問攻めにする。

〈ねえねえ、リリスさん。伊藤君が彼氏って本当?〉

〈婚約してるって、二人の関係はどこまで進んでいるの~?〉

〈佐藤さんって、もしかしてモデルのお仕事とかしてるでしょ~〉

〈アリスちゃん、彼氏募集中って本当?〉

〈前の学校って、どこ通ってたの~?〉

 一斉に飛び交う質問に、リリスはにこやかに、アリスはどこかおどおどした様子で受け応えをしている。二人の顔つきやスタイルはとても似ているが、なぜか二人の印象はかなり違う。その違いは、たとえるならダイヤとガラスの関係に似ている気がする。どちらも同じように輝いているが、その輝きには迫力の違いがある。二人を取り囲む生徒達も、いつの間にか自然自然と、リリスのほうに強く惹きつけられている。二人に向って話しかけていたはずの彼らの視線は、いまやほぼ全てがリリスへと集中していた。

 クラスのほとんどがリリスたちに気を取られている中、席に着いたままの僕に話しかけてきたヤツがいる。山田だ。山田は声を抑えて、僕にだけ聞こえる程の声で話しかけてくる。

「伊藤、そういうことだったのか~。いきなり生意気な態度だからヘンだと思ったが、彼女が来るからカッコつけてたんだな。このスケベ野郎が~~。

 さて、このオシオキはどうしてくれようかなぁ~~。パンチ5発、いや8発だな。あとで人目につかない所で、ボコボコにしてやるから覚悟しとけよ。それだけじゃないぜ。オマエへの罰は、あの美人の彼女を、この俺様に差し出すことだ。イヤとは言わせないぜ。あんな美人は、おまえなんかより、この俺にこそふさわしい。言っとくが、一人じゃないぜ。二人ともだ。あの美人姉妹二人とも、この俺様に差し出せ。二人とも俺の彼女にして可愛がってやる。それと俺様に反抗した罰として、おまえは卒業するまでずっと俺の召使だ。わかったな!」

 「わかったな!」と言われても、分かりようがない。普通なら「ふざける!」とか言って、山田に殴りかかっていくのが正解だろう。しかし、リリスは僕の婚約者でもなければ彼女でもない。敵だとは思いたくないが、味方とは言えない。ムーンライトの口ぶりからして、とても危険な存在であるのは間違いない。少なくとも僕に守られるような存在ではないだろう。だから僕はどうしていいかわからなかったのだ。山田はそんな僕のにえきらない態度を見て、服従の態度と勝手に勘違いしたようだ。何かイヤらしいことでも考えているのだろう。ニヤニヤと間抜けな顔つきになっている。

「いいか、昼休みに屋上で待ってるから、とりあえずはリリスちゃんのほうを連れてくるんだ。そこで俺様のことを、彼女に紹介するんだ。〈尊敬する山田さん〉って言うのを忘れんなよ。くっそ~ 待ちきれないぜ~」

 そう言うと山田は自分の席へと戻って行った。

 冷静になってよく見ると、山田のバカさ加減は、実にこっけいで哀れだ。しかし昨日までの僕は、こんなバカのことが怖くて仕方なかったのだ。それは、僕もまた山田と同じくらいのバカだったということだろう。ちょっと脅されると何も言えず、怖くて相手の言いなりだった。もし運命の神様が運命を変えてくれて、たとえばこのクラスに山田がいなかったとしても、きっと僕は違う誰かにいじめられ、きっと僕は今と変わらず、その誰かの言いなりになっていただろう。山田のようなヤツは、いつだって、どこにだって必ずいる。結局、自分が変わらなければ、何も変わりはしないのだ。必要なのは、「イヤだ」と叫ぶ、ほんの少しの勇気だけだ。勇気を出すのは、ちょっと怖くて、もしかしたらちょっと痛いかもしれない。でも僕が、自分の未来を自分らしく生きていくためには、きっと避けて通れないことなのだと思う。昨日までの僕は、それに気づかず、ただ逃げることばかりを考えていた。う~ん。でもパンチ8発はイヤだな~。

 おっと、いきなり山田が出てきたせいで、もっと重要なことを忘れていた。いま重要なのは、夢の中の存在であったはずのリリスが、どうやって、いや、どうして現実に現われてきたのかということだ。彼女の目的は何だろう。どうして僕に付きまとってくるんだろう。僕がことが好きだから、とかいう彼女の言葉を信じるほど、僕は愚かじゃない。いや、愚かじゃないと思いたい・・・。だがリリスの狙いはいったい何だろう。僕はどうすればいいんだ。

 〈夢の実〉を手に入れたあの夜、あの店の老店主は言っていた。〈夢の実〉を手にした者は、夢と現実の境界を越えると。今、僕の中で、夢と現実の境界は確かに崩れ始めていた。だがそれと同時に、僕はこれまでとは違った、新しい目で、そして新しい価値観で、僕の現実世界を見るようになり始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ