第3章 星のかけら (22)
ゲートを抜けると、そこには別れた時そのままで、ムーンライトが待っていた。
あれ? さっきの獣みたいな光が、あるいはムーンライトかとも思ったが、やっぱり違うのか・・・。僕がその疑問を口にするより先に、ムーンライトの厳しいお説教が始まった。
「バカ者! 遅い遅いと心配してみれば、なんだそのケガは!!! 私は戦わずに逃げろと言ったはずだ。このバカ者が! 私の警告を無視して鬼と一戦交えてきたな。あそこで致命傷を負えば、おまえは本当に死んでいたかもしれんのだ。危険なら、すぐに私を呼べと言っておいたはずだ。そもそも武器が手に入らなくてもすぐに帰ってこいと言っておいたはずなのに、なぜすぐに戻って来なかったのだ。なぜ忠告を無視して、ぐずぐずとあの世界に留まっていたのだ。おまえがそれほど愚かだと知ってたら、私はおまえをあの世界になぞ連れて行きはしなかった。なぜだ! なぜすぐ戻ってこなかったのだ! おまえは本当にバカだったのか!!!」
ムーンライトの怒りは、かなりのものだ。だがその厳しい口調は、それだけ僕のことを心配していたからだろう。ムーンライトの言葉には、その厳しさと同じだけの愛情を感じる。それを感じるのは、僕とムーンライトの間にある絆の力なのかもしれない。いや、そんなものなくとも、きっと心は伝わるのだと思う・・・。
「ごめん。いろいろあったんだ。でもどうしても手に入れたい物があって。とにかく詳しくは後で話すよ。それよりもこの腕は、どうすればいい? ものすごく痛いんだ。もしかして、もう治らないの? 現実に戻ったら、この腕はどうなるの?」
ゲートを抜けて安心したせいか、再び腕の痛みがぶりかえしてきた。今はもう泣いてこそいないが、もしここに誰もいなければ、きっと僕はまた泣き出していたと思う。
「残念だが、その腕はもう治らん・・・ 、
・・・ ・・・ ・・・ ・・・、
などと言うことはないから安心しろ。まずはおまえのテリトリーに戻る。話はそれからだ。私から、はぐれるなよ」
そういうなり、ムーンライトはすぐさま歩き出す。ムーンライトの笑えないシャレに、僕は何も言えずに後を追う。よかった、どうやら腕は治るらしい。僕は安堵の思いでいっぱいになった。この腕が治るなら、少々の、いや全然少々ではないのだが、この痛みは我慢するしかない。
来るとき同様、帰りもまた一瞬だ。すぐさま僕は自分のテリトリー、すなわち自宅にある僕の部屋に戻っていた。やっと戻ってきた、ずいぶんと長い夢だった、というのが僕の正直な気持ちだ。このままベッドに横になって、早く寝てしまいたい。あれ? ここで眠ると逆に目が醒めるのか。おっと、そんなことより、今はこの左腕が問題だ。
「よく聞け。おまえには詳しく教えてなかったが、テリトリーとは、その者の心を癒す空間だ。もし最悪、おまえの手足がバラバラになっていれば話は別だが、少々のケガであれば、テリトリーの中でケガは回復する。そもそもおまえの体自体が、おまえの心そのものなのだからな。その回復の早さは、その者の精神力や、魂魄の大きさと強さに関わっている。だからおまえのケガが、どれ程で回復するかまでは分からん。だが、それほどのケガであれば、どんなに早くとも数週間はかかるだろう。それまで、おまえはこの部屋で反省してろ。夢の世界の探求も、しばらくは中断だ。分かったな!!」
ムーンライトはまだ怒っているらしく、その口調は厳しい。でも良かった。僕の左腕は治るらしい。本当に良かった。この腕が治るなら、数週間の休養など小さな代償と言えるだろう。しかしムーンライトの言葉を逆に解釈すれば、もしあのとき、僕の手足がバラバラになってたら、それはテリトリーの回復作用でも治らなかったということだ。夢の世界で手足を失えば、それは現実世界でも手足を失うことになるのだろうか。
「ところで、おまえがなぜあの世界から、すぐに帰って来なかったのか、その理由をまだ聞いてなかった。それと、おまえの肩に乗っかっている、その〈手乗りトカゲ〉はいったい何だ?」
ムーンライトの言葉に、ステラが敏感に反応する。
「おい、おまえ! 今、オレの悪口いっただろう! 〈手乗りトカゲ〉って何か分かんないけど、それ絶対、オレの悪口だろ?! いいか。オレさまの名前は〈ステラ〉だ。〈トカゲ〉じゃないぞ。わかったか!」
「やはり、その〈手乗りトカゲ〉のことはどうでもいい。とりあえず、おまえがなぜあの世界でぐずぐずしてたのか、その理由だけ聞かせてくれ」
ムーンライトはステラのことを無視して話を進める。これ以上ムーンライトのことを怒らせるのは正解じゃない。ステラには悪いと思いつつも、僕はムーンライトに合わせて話を進めることにした。
「う~ん。いろいろあったんだけど、結局、武器は手に入らなかった。ごめん。でもその代わりに、これを探してたんだ。どうしてもキミに渡したくて」
そう言うと、僕はズボンのポケットから、あのクロスを取り出す。
「これ、キミが失くした大切な物って、たぶん、これのことだよね。これを探すのには、ステラも手伝ってくれたんだよ」
ムーンライトは僕の手に置かれたクロスを見つめたまま、いつまでも動かない。たぶん、僕の話も途中から聞いてなかったように思う。しばらくの沈黙ののち、ムーンライトは何も語らず、僕の手のひらからクロスを口にくわえると、器用にその鎖を自分の首に掛けた。
「おまえは、私のために、そんな大ケガまでしたのか。おまえは・・・ 本当に大ばか者だ・・・ こんな物のために・・・」
ムーンライトは静かにそう言うと、くるりと向きを変えて、そのまま僕の部屋を後にした。彼女が部屋から消える瞬間、「ありがとう」と小さな声がしたのは、たぶん気のせいではなかったと思う。
これで、今回の探索はすべて終了だ。ふぅ~ 疲れた。あれ? でも何か忘れているような・・・
・・・ ・・・
・・・ ・・・
・・・ !!
ああああっ!!! うっかりしてた!!!
僕はすぐさま動くほうの右手を、腰の後ろにまわす。するとそこには、さっき落とさないようにとベルトに挟んでおいた黒い棒、いや、正しくは剣先が砕けた総黒の剣が、しっかりと腰には挟まっていた。しまった! ついうっかりそのまま持ってきてしまった! しかしこの剣、今更どうすればいいんだろう。もう戻しに行くこともできない。う~~ん。
しばらく考えた後、僕はこのまま、この剣を自分のものとして使うことに決めた。考えてみれば、鬼のいるあの世界で、真実の剣を別にすれば、最も役に立ったのがこの剣だったと思う。赤鬼との戦いではずいぶんと役に立ってくれた。この剣にくらべれば、ロボとか聖剣とか女王さまとか・・・、どれも皆、どうしようもない武器ばかりだった気がする。
「あらためて、これからもヨロシクな、暗黒神剣!」
・・・ ・・・
・・・ ・・・
僕の独り言に、黒剣が小さく応えたように思えたのは、たぶん気のせいだったと思う。
(第3章 終わり)