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夢の迷宮  作者: Miyabi
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第1章 夢のはじまり (4)

 どんな正当な理由があろうとも、人を傷つけることはイヤなものだ。しかしイヤだからこそ、人は自分の行動に責任を負うのだと少年は思った。傷つけられる人間はもちろんつらい。でも傷つけるほうの人間だってつらいのだ。人を傷つけることのつらさから逃げた者は、やがて自分のとった行動に責任をとることからも逃げるのだろう。無責任に人を傷つけていったその先にあるものは・・・。考えれば考えるほど陰湿で、なんだか人が信じられなくなるような話だ。もしも自分なら、もっと楽しくて夢のある物がいい。少年はそう思った。

 店の中には、溢れんばかりに品物が置かれている。もしこの老紳士に、それらの〈いわれ〉を聞いたなら、たぶんどれをとっても奇妙な逸話を聞かせてくれそうな気がする。周りを見回してみると、古びた食器や刀剣、宝石、楽器、奇妙なお面、果ては電気釜やバケツ、そしてなぜかトイレットペーパーまでもが置いてある。このトイレットペーパーなどは、もしかしたら魔法のトイレットペーパーなのかもしれない。何度でも使えるトイレットペーパーなら、あまり欲しいとは思わないのだが・・・。

「どうせならもっと楽しい物が見たいんだけど・・・。

 たとえばそう! そこに置いてあるタヌキの置物とか! これなんか、とてもコミカルで楽しげに見えるんだけど、やっぱりこのタヌキにも何か特別な〈いわれ〉とかあるのかな。耳が無いのは、ネズミにでもかじられたとか? あるいは耳にだけお経を書き忘れたとか?」

 少年は、店の入り口近くに置かれている置物を指差しながら聞いてみた。石のような素材でできているそのタヌキは、まるで雪ダルマのように丸々と太っていて、顔はどこか猫っぽい間抜け面をしている。タヌキなのに、なぜか青というのもヘンテコだ。

「ネズミにかじられたという話は存じませんが、この石像にも、やはり不思議な言い伝えがございます。

 奇妙な話ですが、その昔、このタヌキは自由に動きまわり、しかも人間のように話をすることができたということです。それがあるとき、タヌキは魔女の呪いで石になり、それから1000年以上も、このように石の姿のままなのだそうです。しかもタヌキには、とても大事にしていた人間の友達がいて、その人間もやはり魔女の呪いで石にされ、彼らは石のまま離れ離れになってしまいました。タヌキは友達を救えなかった自分が許せず、石になった今でも、その心は泣き続けているのだとか。

 コレクター達の噂によれば、実はタヌキの正体は魔法使いで、もし呪いを解いてやれば、タヌキはお礼にどんな願い事でも叶えてくれるとかくれないとか・・・。まぁ、ある意味、これも雲をつかむ様な夢のある話と言えば言えるのかもしれませんが・・・」


 その間抜けな顔とは裏腹に、なんとも哀れな話だ。1000年以上の時を経て、いつかタヌキはその友達と再会できるのだろうか。

「う~~ん。何かもっと楽しくて夢のある物はないかな。もっと素直に楽しくて夢のある物がいいんだけど・・・。変に怖かったり、悲しかったりするんじゃなくて」

 老紳士は、ちょっと難しそうな顔をしながら、なにやら考えている。

「夢? 夢ですか? 夢のある物・・・ 素直に楽しい・・・ 楽しくて夢のある物・・・。 

あっ! それでしたら、とっておきの品物があります!」

 そう言うと、老紳士は店の奥のほうにある棚の中から、ガラスでできた小さな宝石箱を取り出してきた。透明なガラスの宝石箱の中には、ビー玉くらいの大きさの木の実が1つ入っている。なにやら大事そうに仕舞われているその木の実は、一見、なんの変哲もないクルミのような形をしている。不思議なことに、その実を見ていると妙に懐かしくて楽しい気分になり、それでいて不思議に力強い存在感のようなものすら感じられた。

「夢のある物とおっしゃるのでしたら、まさにこの品物などはいかがでしょうか。これは〈夢の実〉といって、この店にあるものの中でも、まさに最高の逸品です。つい最近、この店に置かれるようになった物で、かつては、ある世界の支配者がこれを所有していたと聞いています。

 これこそまさにこの世の秘宝中の秘宝。至宝の中の至宝です。なんと、この実を口にした者は、眠りの中で見た夢の記憶を決して忘れなくなるという、なんとも不思議な力をもった木の実なのです。

 お客様は、朝、目が覚めたとき、ふと夢の出来事を思い出して、とても幸せな気分になったことはありませんか。しかし残念ながら、人はそれがどんなに大切な夢、楽しい夢、はては世界を変えてしまうほどの叡智えいちを秘めた夢であっても、夜明けとともにその記憶のほとんどを忘れてしまいます。夢の中でしか得られない無限の知識、至高の美、深淵の恐怖、究極の悦楽も、その目覚めとともに泡のように消えてしまうのです。朝、目が醒めた時に覚えている夢の記憶は、夢の世界のほんのカケラでしかありません。しかしこの木の実をひとたび口にしたものは、夢と現実の境界を越えて、その記憶の全てを持ち帰ることができるのです。それは言うなれば、二つの世界を生き、二つの世界に君臨することと同じなのです。

 よもやこの至宝が世に出ることはない思っていましたが、何はともあれ、この店に置かれている数ある物の中でも、これこそまさに最高にして、最も夢に満ちた物だと言えるでしょう。お客さまが夢のことを言い出さなければ、私もあえてお見せするつもりはなかったのですが・・・」


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