第3章 星のかけら (14)
僕は全力で走り出した。もし追いつかれたら終わりだ。戦って勝てる相手でないことは一目瞭然だ。しかも道はひたすらに一本道。だから僕にできることは、ただひたすらに走って、走って、走って、走り勝つことだけだろう。ゲートを開いてすぐに逃げ出すのが一番かしこい方法なのは分かっている。だけど僕は、まだこの世界から逃げだすわけにはいかない。
〈・・・私の胸の中には、その物への強い思いが絆として残っている・・・ もし、万が一おまえがそれを・・・ ・・・、いや、何でもない・・・〉
僕の記憶には、ムーンライトの言葉がはっきりと残っている。彼女が言いかけて途中で止めた言葉、それが彼女の心の奥にある切実な想いであったことは僕にもわかる。たぶん彼女自身も気づいてはいない、彼女が真っ先に僕をここに連れてきた本当の理由。それは大切な物を失ったという自責の念と、それを早く取り戻したいと願う彼女の切なる想いだったのだろう。だから僕は、自分の武器はあきらめるにしても、せめて彼女の願いだけは叶えてやりたい。彼女の大切なものを、取り戻してあげたいのだ。それがどこにあるのかは既に分かっている。あとはひたすら走るだけだ。
僕は、鬼と自分の距離をいま一度確かめるべく、走りながら後ろを振り返った。
!!!
鬼は、その巨体からは信じられないほどの速さで迫ってくる!
鬼は、道をふさぐものを立ち止まることなく巨大な鉄棒で軽々となぎ払う。この鬼は、まるでエネルギーの塊だ。巨大な体で疲れを知らぬ戦車のように暴れまわり、機械のように同じ速さで迫ってくる。しかも残念なことに、その速さは僕よりも速い。逃げ始めたときよりも、その差は明らかに縮まっている。このままではやがて追いつかれる。僕は苦しいのを我慢しながら更に速度を上げた。
とは言え、このままではダメなことに変わりはない。逃げ切るのはどのみち無理だ。僕はやがて力尽き、どこかで必ず鬼に追いつかれるだろう。その前に何か策を立てるか、無理を承知で戦うか、ゲートから逃げるか、今決めないとすべてが手遅れになる。どうする? どうする? どうすればいい?
そのとき、前方にある1本の黒い剣が僕の目に留まった。ここは僕がステラと出会った場所だ! そこは武器が密集して小高い丘のように盛り上がっており、刃が所々に砕けた黒い剣が、まるで目印のように突き刺さっている。なるほど、ステラが言ったように、総黒の剣は確かにレアだ。僕は今の状況を一瞬忘れ、どうでも良いことに納得していた。
次の瞬間、僕はここが最後のチャンスかもしれないことに気がついた。僕はこの先の道がどうなっているのかを知らない。立ち止まってステラに尋ねる余裕はない。もしかしたらこの先、隠れる場所もない細い道がただひたすらに続いている可能性だってある。もしそうなれば、策を弄する機会はもうないだろう。何か策を練るなら、ここで仕掛けるべきだ。確かこのすぐ先には、ステラが体当たりした岩があったはず。あそこなら、僕1人ぎりぎり身を隠すこともできる。でも、ただあそこに隠れるだけで鬼をだませるとは思えない。ムーンライトは、〈小鬼はバカだから隠れれば大丈夫〉とか言っていた。しかし小鬼が、決して小さくはないことを知った段階で、僕は彼女の言葉が、実はかなりイイカゲンであることに気がついていた。隠れるだけじゃ・・・ ・・・ たぶんダメだろう。彼女の言葉をそのまま信じるのはあまりにも危険で愚かだ。もっと策を練らないと・・・。
僕は最後の力を振り絞って、更に速度を上げる。息が苦しい。夢の中なのに、どうしてスーパーマンになれないのだろう。それが不思議でならない。ともかくも、僕は鬼との距離を少し広げ、すかさず茂みのような武器の密集地帯に身を隠すと、そのまま手を伸ばして黒い剣を地面から引き抜いた。剣は簡単に地面から抜けた。見れば、剣先は折れて既に無く、刀身の長さは本来の3分の2程度しかない。刃の部分もかなり砕けていて、剣の切れ味はまったく期待できない。しかし刀身の黒い地金には光沢があってずっしりと重く、かなり丈夫そうにも見える。たぶんちょっとやそっとじゃ折れないだろう。たった1撃でもいいのだ。頼むから折れないでくれ。そう僕は剣に念じながら、武器の茂みに身を潜ませ、鬼が近づいてくるのを息を殺して待った。