第3章 星のかけら (12)
神が永劫の眠りについてから、どれほどの時が経たった頃であろうか。突如、エデンに不幸が訪れた。
エデンの中央にあって、永劫に世界を祝福するはずの六本の木。この木に宿る六つの実のうちの一つ、「法則」の実が、何者かにより盗まれたのだ。神が残したはずの〈永遠の加護〉。エデンはその一つを失った。エデンに住む全ての者は、恐れ、悲しみ、動揺した。その混乱は世界の調和を乱し、エデンは楽園としての存在を維持できなくなっていった。
エデンは衰退し、そこに住む全ての者は絶望し、やがて〈死〉が世界を覆い始めたとき、そこに一人の英雄が現われた。その英雄は、かつて神から授かったという〈知恵〉の実を有していた。それは神が残した七つ目の実であった。英雄は、その〈知恵〉の力で新たなる世界を創造した。〈知恵〉の実は、神の知恵そのものであった。それゆえ、新たに創られた世界は、神がお創りになったエデンを模して創られた。エデンに住む全ての者は狂喜した。この英雄により、全ての命が救われたのだ。彼らはこの英雄を新たなる指導者として認め、エデンの地を捨て、この英雄に従って新たなる世界へと移り住んだ。この新たなる世界の名を〈ガイア〉という」
しばしの沈黙。そして真実の剣は、再び話し出す。
「これがこの世で最も古い物語にして、ある男がその息子に語りし物語の最初の件だ。おぬしが求める問いの答えは、この男が語りし偽りの中にある。いや、この男が隠そうとして語らなかった部分にこそ、おぬしの求める答えがあると言うべきか。我は古き神との契約により、おぬしに助言と真実を与えるべく、ここでその時を待ち続けていた。ここに我が語り得る真実の全てをおぬしに語り、古き神との約束を果たした。今まさに我が刀身は砕け、我が存在も消えようとしている。夢の子よ、おぬしは求める問いの答えを見出すことができただろうか」
「全然わからないよ! だってこの話には、どこにも〈夢の実〉なんて出てこなかったよね。いったいこの話のどこに、答えがあるのさ。男の話の何が真実で、何がウソかも分からないし、それにそもそも語らなかった部分に答えがあるなら、そんなのわかるはずなんかないよ!」
「そこまで分かっているのなら、いずれその答えは見えてくるだろう。今はまだそれでよい。どうやら別れのときがきたようだ。夢の子よ。夢の実を食した者が、おぬしのような若者でよかった。傲慢なる勇者などでなく、弱くとも優しく誠実なるおぬしで良かった。きっと神もそう思ったであろう。お別れだ」
そのとき、僕の肩の上にいたステラが声をあげた。
「ちょっと待って! ジイサン! 最後に、オレのオカアサンとかいうのが、どこにいるのか教えてくれ! それとオレの仲間にはどこに行けば会える? 教えてくれ。たのむ!」
すでに〈剣〉の刀身は砕けはじめ、その半分は崩れ落ちていた。
「ステラよ。おまえにオカアサンと呼べるものはいない。そしておまえと同じという意味での仲間もいない。残念だがな・・・。それは、おまえがなぜこの世界に存在していたのか、ということの答えでもある。ステラよ、おまえの未来は、その若者と共にある。マスターと共にゆけ。そこには残酷な真実が待っているだろう。しかしおまえが心から望んでいるものも、きっとそこにあるだろう。ステラよ。おまえは自分の名にステラ(星)を選んだ。それは偶然ではない。おまえがこの世界に生まれ、私と出合い、そしてその若者に出合ったことも、すべては偶然ではないのだ。そのことの意味もまた、その若者と行けばいつかわかる日がくるだろう。ステラよ。おまえとのおしゃべりはなかなか楽しかったぞ。ありがとう・・・ さらばだ・・・」
そこまで言い終えた瞬間、真実の剣は完全に砕け散って消滅した。そこにはキラキラと輝く小さな破片が飛び散り、やがて何も残ることなく全てが消えた。