第3章 星のかけら (11)
昔、昔、まだ人間も動物もいない、そんな遥かな昔。
この世には光も闇も天も地もなかった。そこにはたった一柱の神だけが存在した。神は永遠の時の中で、ふと寂しいと思った。そこで神は世界を創造することを思いたった。
最初の日、神は「光あれ」と言った。すると光が世界を覆った。
二日目、神は眩しい光に目を伏せながら、「闇あれ」と言った。すると闇が生まれて世界の半分を暗くした。神は眩しくもなく暗くもなく、世界をはっきりと見ることができた。しかしそこには何もなかった。
三日目、神は「存在せよ」と世界に命じた。この世に混沌が生まれた。天と地が混ざり合いながら、そこに世界の根源が創られた。しかしそれは神が創造しようとした世界には程遠いものであった。
四日目、神は世界に向かい、「法則に従え」と命じた。天は上に昇り、地は下に降りていった。星は調和の法則により軌道を定め、世界のすべては法則という法律により支配されて形作られていった。
五日目、神はできあがった世界を見て、何かが足りないと思った。そこで神は「命あれ」と言った。世界に命が生まれた。生まれた命は進化の法則に支配され、さまざまな種類へと分かれて世界を満たしていった。
六日目、神は己の創造した世界を見て驚いた。世界は増えすぎた命によって覆い尽くされ、蝕まれようとしていた。そこでやむを得ず、神は「死・・・」と一言つぶやいた。命は死によって終わりを迎え、生と死は繰り返すことで均衡の法則に支配されながら調和していった。
七日目、神は出来上がった世界を見て喜ばれた。しかし神の寂しさは癒えなかった。神は、この世界にはまだ何かが足りないと感じた。しばらくして神は、全ての命に「心」が無いことに気がついた。全ての命は、〈生きる〉という生命の法則により、ただ活動しているだけの物でしかなかったからだ。そこで神は「心」と言った。しかし命に心は宿らなかった。すでに心は存在しており、神の存在そのものが心だったからだ。しかたなく、神は己自身を小さく砕き、無数に砕けたそのカケラを、全ての命にお与えになった。生命は心を宿し、本当の意味での命となった。神はその様子をご覧になって、今度こそ本当に満足した。世界を満たすすべての命は、みな神の子供たちであり、神自身ですらあったのだから・・・。神は、出来上がったその世界を〈エデン〉と名づけた。
世界の創造を終えた神は、もう寂しくはなかった。しかしその持てる力の全てを使い、更に己自身をも与えてしまった神に、もう力は残されていなかった。神が世界を創造するために用いたもの、それは「光」、「闇」、「存在」、「法則」、「命」、「死」という六つの力、そして神自身を砕いたカケラ、すなわち「心」であった。エデンは神が与えた七つのもので満たされており、もはや世界そのものが神であった。しかしその代償として、神は己を失った。七日目の終わり、神は眠りにつくことにした。あるいは永劫に醒めることの無いかもしれぬ深い眠りに・・・。
しかし神は己の創造したこの世界を何よりも愛していた。そしてその行く末を案じた。己が永劫の眠りについた後、この世界は繁栄を維持できるのかと心配になった。そこで神は、世界を創造した六つの力をエデンに残すことにした。「光」、「闇」、「存在」、「法則」、「命」、「死」。神はその言霊をエデンの地の中央に封じた。言葉は種となりエデンに根付いた。やがて言霊がエデンの地を守り、繁栄をもたらすと信じて神は安心して眠りについた。全ての力を失い、もはや小さな心のカケラにすぎなくなった神は、六つの種の中心で安らかな眠りについたのである。
さて、神が残した六つの種は、やがてエデンから養分を少しずつ吸い取りながら芽吹き、葉を伸ばし、やがて若木となった。木にはそれぞれ一輪ずつ花が咲き、そしてそれは一つずつの実を成した。そこには、「光」、「闇」、「存在」、「法則」、「命」、「死」の六つ実が成っていた。六つの実はエデンの中央にあって、エデンを祝福した。エデンは永遠の繁栄を約束された神の地、世界の楽園になるはずであった。