第3章 星のかけら (9)
「だっ、大丈夫ですか。柄の部分が落ちちゃったけど、何か僕にできることは!」
「おい! ジイサン、大丈夫か! 前からボロボロだったけど、こんな急に錆びることはなかったよな!」
僕とステラから、ほぼ同時に声が出る。ステラはいつの間にか僕の肩によじ登っていて、肩の上から心配そうに剣を見つめている。
「残された時間は少ない。二人の心配はうれしいが、我がことの心配は無用だ。夢の子よ、時を無駄にするな」
「なら聞くけど、僕はここに強い武器を探しに来た。さっきあなたは、あなたの中には神の力があって、真実を求める者には祝福と加護を与えるって言ってた。もし僕があなたの力を引き出せば、あなたはまた力を取り戻し、僕の力になってくれるの?」
「その答えは、そのとおりであり、またそうでないとも言える。もしおぬしが我が力を引き出せば、確かに我は再生し、そなたに無限の力を与えることができるであろう。その意味において、おぬしの言葉は正しい。しかし我が力を引き出せる者は、真実と向き合い、それを受け入れる強き魂の持ち主のみなのだ。今のおぬしには、真実に潜む残酷さと向き合い、己が心の痛みに耐える覚悟があると言えるのか。自分の心に問うてみよ」
〈剣〉が語る言葉は、鋭く僕の心に突き刺さる。そう、〈剣〉の言葉は全てが正しい。僕には真実に向き合い、それを受け入れるだけの強さはない。自分に都合のよい言い訳ばかりして、真実から目をそらしてきた。それは現実の世界だけではなく、この夢の世界でもそうだ。リリスと出合ったときのあの夢で、僕はいつもどおりの、安穏として平凡な学校の授業風景を心の領域に創りだしていた。いや、無意識にそう自分をだましていただけだ。僕の現実・・・、学校での本当の授業風景は、もっと殺伐としていて、息をするのでさえ苦痛だ。現実世界での僕は、みじめで、苦しくて、学校に行くのもイヤで、すべてを他人のせいにして真実の自分に向き合おうともせず、ただ逃げるだけの弱虫だ。だから・・・ だから・・・ だから間違いなく、僕には〈剣〉の力を引き出すことはできない。〈剣〉が指摘するとおり、真実の残酷さに向き合う強さなど、僕にはない・・・。
「ごめんなさい・・・。僕に、あなたを助ける力はない・・・。ごめんなさい・・・ 本当にごめんなさい」
「謝る必要などない、夢の子よ。さきほど、朽ち果ててゆく我が姿を見て、二人は我がことを心配してくれた。それが我にはうれしかった。おぬしは人の弱さを知っている。そして自分の弱さと向き合う誠実を持っている。そして何より、自分の弱さを認める勇気を持っている。それで十分なのだ。かつて我が力を用いた三人の英雄は、いずれも強き心で真実に向き合い、己が心の弱さを克服した、まさに超人であった。しかし彼らはその強さゆえに、弱き者を否定し、真実と正義を叫ぶ、傲慢にして無慈悲な暴君でもあったのだ。だから謝る必要などない。おぬしは、その優しさと誠実さを大切にすれば良い。それがいつかおぬしの力になるであろう。
そしてもう一つの問い、ここに強い武器を探しにきたというのなら、おぬしが進んできたこの道を更に真っ直ぐに進めば良い。この空がいま少し暗くなり、やがてまた今の明るさを取り戻すとき、あぬしは三つの武具に出会うであろう。そのいずれを選んでも、きっとおぬしの力になってくれるはずだ。しかしここで我から一つの助言をしよう。真の力とは、武具に頼るものばかりではない。ときにまったく無力な優しさが力となることもある。もしおぬしが来た道を戻り、そのままこの空がいま少し暗くなり、やがてまた今の明るさを取り戻すまで歩くならば、そこでおぬしは、おぬしの友がかつて失いし魂のカケラを見出すであろう。おぬしがこの世界に留まれる時間もまた限られている。策を弄してすべてを手に入れることはできないであろう。よく考えて、どちらかおぬしにとって大切なほうを選べ」
〈剣〉がそこまで語り終えたとき、ピシッ、という音とともに、その刀身に細かい無数の亀裂が走る。