第3章 星のかけら (8)
「あっ、はじめまして。僕はステラの友達で、彼にたまたま、あなたのことを聞いて、それで会いにきたんです。あなたがウソつきジイサンという方ですか?」
このあいさつで良かったのだろうか。いきなり相手を「ウソつき」よばわりとは、失礼極まりない言い方だった気もするが、他にどう言えば良いのか分からない。
「我は時と場所により、さまざまな名で呼び慣らわされてきた。あるときは〈真実の剣〉、またあるときは〈偽りの剣〉。聖剣と呼ばれ魔剣と呼ばれたこともある。〈ウソつきジイサン〉という名も、数ある名のうちの一つではある」
「えっと、ステラの話を聞いてて不思議に思ったんですが、あなたはウソつきなんですか、それとも本当は正直者なんですか。その答えがどうしても知りたくなってここまで来たんです」
「我がここでおぬしと語り合う時間は限られている。ゆえに問いかけには心して臨むことを忠告する。だがまずおぬしの問いに答えるならば、神により鍛えられし時の我が銘は〈真実〉。我はその問いかけに真実で応え、真実を求める者に、無限の祝福と加護を与える物として造られた。ゆえにおぬしの問いかけに答えれば、我は真実のみを語る物にして、常に正直なる物である」
「じゃあ、やっぱりあなたは正直者なんですね。ステラが聞いたという星の話だって、あれも本当のことでしたよね。なのにどうしてあなたは、〈ウソつき〉とか〈偽り〉の剣って呼ばれるんですか。あなたは本当のことしか言わないのに、どうしてウソつきになってしまうの? それって、おかしくないですか?」
「人の心は弱い。人間はみな、自分の信じたいことを信じ、自分が信じたくないことを〈偽り〉として拒絶する。自分を傷つける〈真実〉には向き合いたくないし、信じたくもない。自分を慰める甘い言葉は心地よく、それを信じるほうが楽だ。自分に不都合な〈真実〉には目を伏せ、それを否定して〈ウソ〉にしてしまうのだ。自分にとって都合良く、心地よい言葉を〈真実〉と信じてしまう。それが人間の弱さなのだ。それゆえに真実のみを語る我は、いつしか〈偽りの剣〉と呼ばれ、否定されるようになった」
「そんなこと信じられないよ。いや、信じたくない。人間はもっと強いし、真実に向き合う心をもっていると思う」
「それはおぬしの希望であり、おぬしは我の言葉を拒絶して、自分が信じたいことを信じようとしているだけだ。とは言え、人間の心に真実をもとめる誠実さがあるのもまた事実であろう。己の弱さに向き合おうとする強さが人間にはある。それこそが、神が我を造った最大にして唯一の理由であった。我は真実を求める者に、無限の祝福と加護を与えるべく造られた。しかし真実を求め、己の弱さと向き合おうとする者は少ない。我が刀身に宿る神の力を開放し得た者は、悠久の時の中でさえ僅かに三人のみであった。以来、我が力は封じられしまま、やがて我が刀身もここで朽ち果てようとしている。夢の子よ。我は古き神との契約により、おぬしに助言と真実を与えるべく、その最後の時をここで待ち続けていたのだ。今おぬしに出合ったことで、契約という呪から開放され、間もなく我が刀身は朽ち果てるであろう。それまでの限られた時間の中で、おぬしは我から必要な真実を引き出すのだ」
その瞬間、半分ほど朽ちかけながらかろうじて残っていた柄の部分が、ボロリと崩れ落ちた。そして心なしか刀身の錆びも徐々に広がり始めたように見えた。