第3章 星のかけら (5)
ゲートを抜けると、そこは薄暗い荒地だった。
荒地と言っても、生えているのは草や木ではない。無数の剣や槍、弦の切れた弓などが地面や岩に突き刺さり、あたかも草木が生い茂っているかのように見えるのだ。空は厚い雲に覆われていて薄暗く、そこには太陽も月も星も何も見えない。
後ろを振り返ると、今通り抜けてきたばかりのゲートが、すこしずつ閉じていく。ゲートの向こうからムーンライトの声が響いてくる。
「無理はするなよ。危険そうなら戦わずに逃げるのだ。手ごろな武器を見つけたらすぐに私の名を叫べ。ゲートを開けてやる」
ムーンライトの声が途切れ、まさにゲートが閉じようとしたその瞬間! 何かが僕の横を、ものスゴイ速さですり抜けていく。僕は反射的に、それが飛んでいったほうに目を向けた。
その何かは、もうほとんど閉じてしまったゲートの最後の隙間に突っ込んでいく。そしてゲートが今まさに消えてしまうぎりぎりのタイミングで、それはゲートの中に飛び込んだ! と思った瞬間にはゲートが消えていて、勢いあまったそれは何も無い空中を通過し、そのままその先の岩に激突した。
ボスッという、まるでボールがつぶれたかような音をたてて岩にぶつかり、それは弾むことなく下に落下した。見ると、岩の下で腹を出してぶざまにひっくり返っているのは、一匹の小さなトカゲだ。
「トカゲくん、大丈夫?」と思わず声をかける。
もちろんトカゲの返事を期待していたわけではない。トカゲはピクリとも動かず、しかもよく見ると、トカゲの首がへんな方向に曲がっているようないないような・・・。う~ん、いまの激突で死んじゃったのかな? 死体を触るのはちょっと気が進まないが、トカゲの腹を軽く指でつついてみる。ツンツン。
動かない・・・。やっぱり死んだか・・・。念のため、もう一度、ツンツン。
おっ! わずかに首がピクっと動いた気がする。生きてるのか? もう一度さらにツンツン。
するとトカゲはいきなり目を見開き、僕を見るなり脱兎のごとく逃げ出した。目にも留まらぬ速さとはこのことだ。トカゲは岩陰に隠れると、岩の向こう側で何やら叫んでいる。どうやらこのトカゲは言葉が話せるらしい。
「クッ、クソッ! もう少しだったのに! もう少しでここから出られたのに! あいつの体が邪魔さえしなければ、絶対に間に合ったはずだ。クソッ、クソッ、クソッ、もう少しだったのに! ウッ・・・ ウッ・・・ ウッグッ・・・ エ~ン エ~ン」
トカゲの声は、途中から泣き声に変わる。どうやら僕の体が彼の突進を邪魔したらしい。
「トカゲくん。大丈夫だった?」と、岩陰の向こうで泣いているトカゲに話しかけてみる。
「ウッグ。ウッグ。オマエのせいだぞ、鬼め。オマエはオレをイジメに来た新しい鬼だな! オマエの体が邪魔しなければ、オレはこの世界を出ていけたんだ。それをオマエのせいでもう出られないんだぞ。やっぱりオレは、死ぬまでここから出られないんだ。どうせ出られないんなら、さっき岩にぶつかったとき、オレなんか死んじゃえばよかったんだ!」
泣きながら語るトカゲの言葉は、ちょっと自虐的で、ちょっと過激だ。そうとうショックだったのだろう。
「あの~ なんか誤解があるようだけど、まぁ、とにかく無事で良かったよ。
ところで、キミはさっきから僕のことを鬼だと思っているようだけど、僕は鬼じゃないよ。それにキミはここを出て行きたかったみたいだけど、しばらくしたら僕もここを出て行くんだ。そんなに出たいなら、その時もう一度ゲートが開くから、キミも一緒に出て行ったらどうだい」
僕の言葉が通じたらしい。岩の陰から、小さなトカゲが顔を出し、疑わしそうな目つきでじ~っと僕をにらんでいる。