第3章 星のかけら (1)
(第3章)
ムーンライトの説明によると、夢の世界には、テリトリー、フィールド、ゾーンと呼ばれる、性質の異なる三つの空間があるらしい。
テリトリーとは、感情や記憶といった人の意識によって、一人の人間が作り出す一個の空間なのだという。テリトリーには、それを作り出した者の精神が直接に反映していて、広さや景色、そこにいる人間の動きや性格、果ては時間の流れにいたるまで、テリトリーを作った者の精神が空間を支配するらしい。眠る者が、夢の中で見ている世界だ。山の夢を見れば山の風景、街にいるなら街の人ごみ、部屋でくつろいでいるならその部屋がテリトリーになる。山と部屋では、テリトリーの大きさがまったく違うようにも思えるが、それは夢を見ている者がそう感じているだけで、実際、たいした違いはないのだという。
それに対してフィールドとは、数限りない人間や動物などの、過去の記憶や感情、そして本能や夢といったさまざまな心の断片がこの世界に浮遊し、それが無秩序に積み重なってできている不安定な空間なのだという。つまりは心や夢のゴミ捨て場といったところなのだろうか。すべてが不安定で、無秩序な空間らしい。フィールドはその地形すらも不安定で変化しやすいため、あまり深く入り込むと戻れなくなる危険な場所もあって、ムーンライトにも詳しいところはわからないらしい。
そしてゾーンは〈元界〉とも呼ばれ、この世の始まり、或いはそれと同じくらい古くからから存在している世界で、生きとし生けるもの全ての心が生まれた場所なのだという。元界には、平原、森、海、空といった場所だけでなく、村や都市、地下世界から空中庭園、果てには海底都市にいたるまで、現実世界にはないありとあらゆる場所が存在しているらしい。ムーンライトによれば、現実世界よりも先に元界が存在した可能性すらあるという。
これらの空間が複雑に結びついて一つの世界が構成され、更には世界が階層のように積み重なって、たぶん無限に続いているのがこの意識の世界、つまりは夢の世界らしい。夢の世界にはもちろん人間以外の精神世界もあって、そのためフィールドとゾーンは生命全てが世界観を共有しているというのだが、ムーンライトの説明を僕は理解できなかった。
ふつうの人は、自分のテリトリーから出ることなくその生涯を終えるのだという。テリトリーは、人の精神が造りだす繭のようなもので、そこではよほどのことがない限り、人の心は安全に守られるらしい。しかしテリトリーの外は、言わば、全ての生命たちが造りだす意識の海だという。小さく弱い人間の心など、大海を漂う塵のようなもので、ただ流されてもみ消されるだけらしい。普通の人間なら、一歩でもテリトリーを出ると、意識を保つことさえ難しいという。
僕は、ムーンライトと夢の世界で旅することを約束した。安全なテリトリーから出て、この意識の世界を旅することに決めたのだ。