第1章 夢のはじまり (2)
「このようなさびれた店におこしくださり、誠にありがとうございます。私がこの骨董品屋の主でございます。もし何か物をお探しでしたら、何なりとお声をおかけください。可能な限り、お客様のご要望に添えるものをお探しいたします」
突然の声に、少年は少し驚いた。まだ少しぼんやりとしていた少年の前に現れた男性は、年齢70歳くらいの中肉中背の老紳士であった。
「もし何か気になるものがあればお尋ねください。その品物に関する、〈いわれ〉などもご説明できるかもしれません。
ごらんのとおり整理がゆき届いておらず、申し訳ございません。どうにも品物が多くて整理しきれないのです。もう少しお客様がたくさん来られて、品物がもっと捌けてくれれば良いのですが・・・。今ではここを訪れるお方もめっきり減りました。品物が増えていくばかりで、まったく減る気配がありません。ですがここにある物はどれも貴重なものばかりですので、処分するということもできずに困っております。もしお客様が何かをお探しのようでしたら、是非ともおっしゃってください」
「あっ、いや、とくに何かを探しているわけじゃないんだけど・・・」
少年は、考えるより先に声を出していた。
そして声を出すことで、徐々に目ざめかけていた少年の意識は、更に理性を取り戻していく。つい先ほどまで自分がどこかの道を歩いていたらしいこと、暗い道を彷徨いながらこの店にたどり着いたこと、そしてここが骨董品屋であることなど、ここへきてようやく彼は自分の置かれておる状況を理解し始めていた。
「あっ、いや、特別に探している物とかないんだけど、何か面白いものとか、おすすめのものってありますか。骨董品の価値はあんまり・・・、いや、全然わからないんだけど・・・」
まだ少年といっても良いようなこの突然の来客に対しても、骨董品屋の老主人の応対はどこまでも丁寧で、どこまでも親切だ。
「はい、もちろんでございます。ここにある品物は、どれもみな、人の思い出や、夢の名残を残した物ばかりでございます。物の価値というのであれば、どれもみな使い古されたものばかりですから、価値などは全く無いと言えるのかもしれません。しかし骨董品の価値とは、その品物にどのような過去、つまり〈いわれ〉をもっているかによって決まるものです。品物の1つ1つにはそれぞれのストーリーがあって、収集家の方々などはそのストーリーに価値や、面白さを見つけ出すようです。
まぁ見方によっては、役に立つ物、立たない物、いろいろとあるかもしれませんが、その価値を決めるのはお客さん自身であると言えるのかもしれません」
店主はそう言うと、近くの棚からおもむろに1つの品物を取り出した。それは手のひらに乗るくらいの、小さな鐘であった。
「たとえば、これをごらんください。これは一部の収集家からは、『幸せの鐘』と呼ばれている品物です。この鐘の音を聴くと、それがたとえどんなに不幸な人間であったとしても、たちどころにして幸せな気分になるといわれている不思議な鐘です。
人間の幸せとは、実はその人自身の「感じ方」でしかありません。たとえ裕福に暮らしている人でも、自分を不幸だと思っている人はたくさんいるでしょう。逆に運に恵まれなくとも、人生を謳歌し、幸せに暮らしている人もたくさんいます。結局のところ、自分のことを幸せだと思っている人こそが幸せなのであり、自分を不幸だと思っている人は不幸なのだと言えるでしょう。
この鐘の前の持ち主は、他人から見ればたいへん不幸な生活をしている方でした。とても可哀想な人だと、周りの誰もが言いました。しかしこの鐘の持ち主は、この鐘のおかげで自分自身を不幸だと思うことは、ついにその生涯で一度もなかったということです。その方は、自分が世界一の幸せ者であることを疑わないまま、ある国の貧民街の路地裏で人生を終えたと言うことです。
物の価値というのは、このように人の感じ方や考え方と、どこか似ているような気がしませんか? 人それぞれ、考え方次第ということでしょうか。コレクターの方々が欲しがるような物ということであれば、この『幸せの鐘』などもまさに〈おすすめの物〉ではございます」