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夢の迷宮  作者: Miyabi
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第2章 ムーンライト (13)

 そういえばリリスは?

 リリスがあまりも静かで・・・、というより白猫のことに夢中で、ほんの一時とはいえ、リリスのことをすっかり忘れていた。僕はあわててリリスのほうを振り返る。そこにはさっき見たままの姿勢で、しかもなぜか表情さえ同じの、さっきと全く変わることのないリリスがいた。

 彼女は何も言わず、動くそぶりさえ見せない。しかしその美しく可愛らしいかおとは裏腹に、瞳には怒りと憎悪の感情が感じられる。

「リリス、さっきは、失礼な言い方をしてごめん。謝るよ。

 もうそんなに黙ってないで許してくれるかな? さっきのことは、もし気に障ったとしたならごめん」

 その瞬間、いままで身動き一つしなかったリリスが突然に動き出す。

「信じられない! まさかこの私が、人間の力で呪縛されるなんて!」

 ・・・??? ???

 その言い方は、さっつまでのリリスと、明らかに感じが違う。

「不意打ちで呪縛してくるとは予想外だったわ。本当に非紳士的だし、好感度ダウンもいいとこだわ。しかもこの私を無視して、勝手に下等種族と契約だなんて。

 いい? あなたは私のものなの。その心も魂も、あなたの命ですら私のものなの。あなたは自分の価値がまったくわかってない。それなのにそんなゴミみたいな猫と契約だなんて、ずいぶんと勝手なことをしてくれたものね。私の言うとおりにさえすれば、あなたはこの私のすべてを手に入れ、永遠の悦楽と快楽、甘美な堕落の世界を手に入れることができるのよ。

 フフッ、あなたが望むなら、あなたのために、これからも可愛い小娘を演じてあげる。そしてあなたはこの世界の全てを手に入れる。今からでも遅くはないわ。あなたはこの私と契約するのよ。もし私を拒むなら、私はあなたを殺してでも、あなたを手に入れることにする。でもね、私があなたのことを好きだといったのはウソじゃないの。だから手荒なマネはしたくない。さあ、私と契約するの。私と永遠の契りを結ぶの。そしてあなたは・・・フフフッ」

 リリスの突然の変わりように、僕はショックと驚きを隠しきれない。まさかとは思っていたが、やっぱり彼女は僕をだましていたのだ。彼女に抱きつかれてドキドキしていた自分が情けない。いや、もっと情けないのは、そんな彼女を今でも信じたいと思っている自分の愚かさだった。

「リリス、さっきまでキミが言っていたことは全部ウソのか? 同じ学校の生徒っていうのも、僕のことが好きだっていうのも、キミの名前も、何もかも全部ウソだったのか?」

「あらっ、今更何を言い出すかと思えば。フフフッ・・・ もちろん全部本当のことよ。

 同じ学校っていうのは・・・ そうね、これから同じ学校になるわ。現実世界と夢は関係ないとか思ってるでしょう? でもね、それは間違い。楽しみにしていて。

 それにあなたが好きっていうのだって本当。だって、あなたは私のものなんだもの。自分のものが嫌いなはずないわ。大好きよ。名前だって本当。あなたに楽しんでほしくて、ちょっとシャレてみたの。かつて人間たちは、私のことを〈甘き夜のリリス〉と呼んだの。彼らは私の美しさに恋焦がれ、憧れ、夢中になって求めて・・・、そして恐怖した。人間とは本当に愚かな生き物。つまり彼らにとっての私は、〈まるで砂糖のように甘く切ない闇のリリス〉ってこと。〈サトウリリス〉っていうのも本当の名前・・・って言ってもいいわよね? フフフッ。

 さて、疑問は解けたかしら、私と契約する気になった? まさかここで私に殺される、っていう答えはないわよね」

 僕を殺す? 彼女は本気なのか? 彼女はそんなに危険な存在なんだろうか。今ここで死ぬと、僕はそのまま目が覚めて朝を迎えるのだろうか。それともまさか本当に死んでしまうのか。彼女の正体にしたって、僕には何だか全然わからない。

 僕が何も答えられずに黙っていると、僕の後ろにいたムーンライトが、ゆっくりとこちらに向って歩いてくる。ムーンライトは、僕たちを隔てていた教室の窓を、まるで空気のように通り抜け、静かに僕の前まで歩いてきた。

「リリスよ。私の友人を脅すのは、そのくらいにしておいてもらおうか。おまえの力がどれ程のものかは知らん。たぶんかなり危険な存在なのだろう。しかしここは、こやつのテリトリーの中だ。おまえの力がどれほどであろうと、ここでこやつを殺すというのは難しいのではないか。現に先ほど、おまえはこやつに呪縛されていたではないか。私は見ていたぞ。こやつが発した、「静かに」の言霊によって支配されていたのであろう? 

 しかもここには、こやつだけでなく、すでに私もいる。「殺す」などと言う、へたな脅しは効かぬぞ。

 そんなことよりも、私はおまえに聞きたいことがある。このウォーカーには何やら奇妙なところがあるようだ。どうやらおまえはそれを知っているようだな。すまぬが少し教えてはくれぬか? いまこの状況で不利なのは、我らではなく、むしろおぬしのほうだ。さあ、話してもらおうか。おぬしの言葉で言うのなら、まさかイヤだ、という答えはないのであろう?」

 ムーンライトの言葉に、リリスは怒りの表情を隠せない。

「イヤ。それは絶対にイヤ。教えてあげない。でも今日のところは私の負けみたい。あなたの言うとおり、ここでは私に勝ち目はないみたいね。

 でもね、白猫さん。あなたは殺すわ。下等なネコの分際で、この私を怒らせた罪は重い。だからあなたは絶対に殺す」

 そこまで言うと、リリスは僕のほうに顔を向ける。

「伊藤くん。今日のところは退散するわね。でもキミは私のもの。また会いましょう。私の大好きな伊藤くん。今度は、ちゃんと名前を覚えていてね。またね」

 リリスはそう言ってニッコリと微笑むと、まるで空気に溶けるかのようにして消えていった。最後は、なんともあっけない。僕は、事の成り行きついていけず、ただそこにボンヤリと立ち尽くしたままだった。なんだか分からないが、どうやら助かったということらしい。「またね」の言葉が気になるが、そのことは後でゆっくり考えることにしよう。

「なんともせわしいヤツだ。最後は脱兎のごとく逃げていったか。まぁ、仕方がない。我々も行くとするか。まずはこのテリトリーを出て、世界に1歩を踏み出すところからだな」

「行くって、どこに行くんだい?」

「そうだな、まずはこの窓の向こうに広がる校庭だ。そこで昼寝をするとことから始めるとしよう」

(第2章 終わり)

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