第2章 ムーンライト (12)
これで僕と彼女に絆が結ばれたのだろうか。
僕に分かることといえば、これまでは〈白猫〉として意識していた目の前の猫が、今は〈ムーンライト〉という愛称の猫に変わったということだろう。そしてなぜか僕は、この猫に女性的なものを感じているということだ。たぶん現実世界でのムーンライトは、もともとメス猫だったのだろう。いま僕が心の中に感じている彼女の存在感こそが、絆というものなのだろうか。
しかしただの約束にしては、ずいぶんと演出が大げさだった気もする。難しい言葉や、突然の輝きも、いかにも契約っぽい演出だった。僕としては、ただ、「友達になろう!」の一言だけで十分だった気もする。とにかく、これで僕らは無事、友達になれたということなのだろうか。
「今のは何だ?」
友達になった彼女の第一声は、予想外にも怪訝に満ちた、非友好的な言葉だった。
「おまえは今なにをした?」
「えっ? 何って、キミの言葉を真似て、それっぽく詠唱してみたんだけど・・・。
キミが仮名を授ける権利のことを言ってたから、僕も、ああ言ってみたんだけど、なにかダメだったのかい?」
「そのようなことではない! まぁ、それはそれで問題なのだが、とりあえずの問題はそこではない。
わたしが仮名を授ける権利をおまえに託したのは、いまの私が真名を喪失した名無しだからだ。この無限なる意識の世界で、互いの存在を認識するのに名は絶対に必要なのだ。わかりやすく言うと、おまえが夢から醒め、次に再びこの世界にきたとき、もうわたしに会う術がないとすれば、約束など何の意味もなかろう? 名が無ければ絆を結ぶことはできん。だから絆を結ぶための便宜として仮名を憑代に使うたにすぎぬ。
わたしが聞いているのは、あの光だ。あの輝きはなんだったのだ。あの瞬間、わたしの中の何かが変わった気がするのだ。あの契約で、わたしはおまえと絆を結んだ。しかしそれはなんの制約もない、ただ形だけのかりそめな契約。つまり約束だった。あの契約で何かが起こるはずなど無かったのだ。だからおまえに聞いている。おまえはさっき何をしたのか?」
「何って、キミが仮名を授ける権利を与えるっていうから、キミに〈ムーンライト〉っていう名前、まぁ、ただ突然に心に思い浮かんだんだけど、キミにぴったりの名前を付けただけだよ。
あっ、これがキミの仮名なんだけど、この〈ムーンライト〉って名前、気に入らない? もしキミが嫌なら別の名にするけど・・・ 僕はけっこうクールでイイ感じかなって思ってるんだ。でも、もっと古い感じの名前が良かった? 〈ユキ〉とかもイイかなって・・・ やっぱり白いってところはポイントだよね。白っていうなら、〈サクラ〉とかも、」
「名前などどうでもいい!!! ネコでもイヌでもシロでもクロでも、好きに呼ぶがいい。どうせ仮初の便宜的な名だ!
もうよい! おまえが何も知らないことだけは十分に分かった。おまえに聞くくらいなら、そこで静かに黙っているその女にでも聞いたほうが、まだましな答えが返ってきそうだ」
ムーンライトの視線の先には、さっきから妙に黙り込んでいるリリスの姿がある。