第2章 ムーンライト (9)
白猫とリリス。僕の夢に現われた初めての訪問者。僕は二人のうち、どちらの言葉を信じればいいのだろう。
リリスが言うように、白猫は悪霊とか夢魔とかいう存在なのかもしれない。でもこの白猫がそんな悪い存在にはどうしても思えない。だからと言って、白猫が言うように、リリスのような可愛い女の子が、僕を騙そうとしているのも信じたくない・・・ こんな可愛い子が・・・ できるなら僕は彼女の言葉を信じたい・・・
「白猫さんは彼と契約する気がないんでしょう。これまでも、そしてこれからもず~っと何の関係もないあなたが、横から口を挟まないで。これは私と彼との問題なの」
教室の窓ガラスをはさんで、リリスと白猫は互いに向かい合っている。
一瞬の緊張の後、白猫はゆっくりと話し出す。
「うむ。確かにおまえの言うとおりかもしれんな、女よ。わたしは何の関係もないただの通りすがりの猫だ。悪霊呼ばわりは少々心外だが、ここでおまえと争うのも確かに筋違いであろう。その少年があまりにも無知で頼りなく、そして純粋に見えたので、つい黙って見ていられなかったのだ。しかし老婆心が過ぎたようだな。わたしはそろそろ去ることにしよう」
そう言うと、白猫は僕のほうへと顔を向ける。
「若きウォーカーよ。いつかこの無限世界のどこかで再び会う機会があるやもしれぬ。それまで達者でな。何事もしっかりと考えてから行動することだ。この世界はおまえが想像もできないような危険であふれていることを忘れるな」
そう言うなり、白猫はくるりと向きを変え、木の枝を伝って元来たほうへと帰っていく。日の光を浴びて白く煌くその姿は、やはり優雅で上品だ。猫というより、光を身にまとった天使や妖精のイメージがぴったりくる。そしてその美しい後ろ姿からは、なぜか寂しさのようなものが感じられた。
「ちょっと待って。キミはどうしても僕とは契約してくれないの? 白猫さん」
僕の言葉に猫は静かに立ち止まる。猫はゆっくりと振り返ると、とても優しく、それでいてどこか寂しげな声で話し始めた。
「それは無理だな。若きウォーカーよ。
たとえ何を差し出されても、わたしは誰とも契約する気はないし、まして使い魔になどなる気もない。
わたしはこれまで何にも縛られない自由な存在であった。そしてこれからもそれは変わらないだろう。何より、わたしは、わたしだけの理由でもって行かねばならない場所があるのだ。その場所を求めて既に1000年以上の時を費やしてきた。そしてこの先もまた1000年の時を費やさねばならぬであろう。だからおまえを導いてやることはできん。
おもえの期待に添えなくて済まんな。ここでおまえに声を掛けたのも、ほんのひと時の休息、ほんの一瞬のきまぐれであった。おまえとの出会いは、おまえ達の言葉でいうところの、まさに一期一会というやつなのだろう。短い出会いであったが、なかなかに楽しく興味深いひと時ではあった。
我は、我が名を失ってから既に千余年。名を持たぬ我は、誰とも契約はできぬ。
若きウォーカーよ。おまえはおまえのふさわしい相手と契約を交わし、おまえの行くべき道を求めて、この無限世界を探求すればいい。その道の途中で、もし再び出会うことがあれば重畳。そのときはおまえの旅の成果を語ってくれるか」