第2章 ムーンライト (7)
「ところで伊藤くん。キミは今、だったら僕はこの白猫さんと契約できないかな~、とか考えていませんか?」
「えっ、う、うん、まぁ、ちょっと・・・・、よくわかったね」
「あ~ やっぱり~~」
いきなりのこの会話に、
「わたしは、おまえと契約する気は一切ないぞ」
とそっけない白猫。
すると彼女は僕の手をギュっとつかんで、顔を真っ赤にしながら、とんでもないことを言い出した。
「そこで突然の提案なんですけど・・・ お願いです、この私と契約してくれませんか?
あっ、もちろん使い魔とか、そういう関係じゃなくて、お互い対等な関係で。
つまり・・・ 友達とか・・・ もっと言えば恋人とか・・・ 夢の中でもずっと一緒にいられる関係で・・・
ねっ、伊藤君、私と契約しようよ」
「え~~ 僕が佐藤さんと契約~~?」
「りりす! って呼んでね」
「リリスと契約~~?」
「そう。私なら、この夢の世界のこととか、けっこう詳しいから、伊藤くんがこの世界でやりたいことを何でも助けてあげられると思うの。そうすれば、私いつでも伊藤くんのそばにいられるし」
そう言うと、彼女は僕の手を更に強く握りしめ、上目づかいに僕をじっと見つめてくる。ううっ、とても可愛い・・・
「私、伊藤くんが行きたいところなら、どこでも案内してあげる。夢の世界のこと、とっても良く知っているの。ケーキがとってもおいしいところとか、すっごくきれいな景色の夢とか、テーマパークなんかよりももっと楽しいところとか、ほかにもね、いろんなところに伊藤くんを案内してあげるわ。だから使い魔なんて必要ないと思うの。
ねっ、ねっ、絶対、伊藤くんは私と契約すべきだと思うわ」
この突然の提案に、僕はなんて答えれば良いのかわからない。彼女と夢の世界を歩き回るのは確かに楽しそうだ。しかしいきなり契約だなんて言われても、まだ契約の意味だってよくわからない。さっき彼女は「呪縛」という言葉を使っていたような気がするけど、なにか束縛されるとか、危険なこととかあるのだろうか。そもそも、僕はこの夢の世界で何をしたいのだろう。実はそのことだって考えたこともない。つまり何もかもよくわからないということだ。でも、どうせ夢の中のことだし、彼女はとっても可愛いし、すごい美人だ。思い切って契約しちゃうのもいいかもしれない。
「契約って、何かを交換し合うんだったよね。この場合、僕はリリスと何を交換すればいいのかな?」
「う~ん。何でもいいんだけど、あんまり価値のないものだと、絆が弱すぎて、契約の意味をなさないの。かといって夢の中の契約に金銭はあまり意味がないの。だから、そう、たとえば私とあなたの「愛情」なんかを契約の証にしてみたらどうかしら。伊藤くんは、私のことをほんのちょっとでも、ほんの形だけでもいいから愛してくれればいいわ。私はもちろん伊藤くんのことを大好きだから、ふたりの愛情を双方の代価にして契約を成立させるの。これなら伊藤くんは何も失うものはないし、私も伊藤くんに好きになってもらえるから嬉しいし。お願い!!」
そう言うと、彼女はいきなり僕に抱きついてきた。突然こんな可愛い女の子に抱きつかれて、僕の意識はクラクラして、もう何も考えられない。これはもう契約するしかないだろう。
「お願い。私、この夢の世界で、ず~っと一人ぼっちで寂しかったの。この世界で、偶然、伊藤くんのことを見かけたときは、とっても嬉しかった。きっとこれは運命だと思うの。二人は、運命のパートナーなの。
それに、私と伊藤くんが手を組めば、この夢の世界で、もっといろんなことができるに違いないわ。たとえば、昔の王侯貴族でもできなかったような贅沢な暮らしを楽しんでみるとか、この世界に二人の新しい世界を創造(想像)してみるとか、それこそ二人なら、この世界の神にだってなれると思うわ。
二人でなら、何でもできると思うの。だから私と契約して!」
「ずいぶんと楽しそうな会話で盛り上がっているじゃないか。ところで抱き合っている二人の間に、水を差すようで気が引けるのだが、今の話、ちょっとおかしくはないか?」
またもや白猫が二人の会話に割り込んでくる。驚いた僕は、無意識のうちにリリスの腕を振りほどき、すかさず彼女との間に距離をとる。リリスはほんの一瞬だがとても怖い顔で白猫をにらみつけた・・・ような気がした。