第2章 ムーンライト (5)
「ありがとう、佐藤さん。あっ、いえ、り・・・、りりすさん・・・。
僕はここのこと何もわかってないし、いろいろと教えてくれるならもちろん嬉しいよ」
たとえ夢の中でも、こんな可愛い女の子をファーストネームで呼ぶのはドキドキする。しかも彼女はいつのまにか僕のすぐ目の前にいて、腕を伸ばせばそのまま抱きしめてしまえる距離にいる。そんな僕の舞い上がった思いをよそに、彼女はこぼれんばかりの笑顔で僕に話しかけてくる。
「え~~~ わざわざ〈さん〉なんて付けなくてもいいですよ~ 〈りりす〉って名前のままで呼んでくれるとウレシイんだけどな~
あっ そうだ! 私はあなたのことを何て呼んだらいいかしら?」
「え、ぼくのこと? ぼくのことは普通に〈伊藤くん〉とか呼んでくれればいいけど。」
すると彼女は、にっこりと微笑んで
「え~~ 私も伊藤くんのことを、ファーストネームで呼んでもいいかな?
そういえば伊藤君の下の名前って、何だっけ?」
「えっ、僕の名前は、」
そのとき、それまで黙り込んでいた白猫が、いきなり会話に割り込んできた。
「あ~ なんでも良いのだが、そろそろ話しを進めてくれないか。
わたしは、きまぐれでここに来ただけだから、もし二人で話がしたいのなら、このまま帰っても良いのだが。
ところで若きウォーカーよ。これは老婆心で忠告するのだがな。この世界では、自分の名前は特に重要な意味をもつことがある。もしそれが本当の名前なら、あまりうかつにペラペラしゃべらないほうが良いと思うのだがな。
まぁ、通りすがりのネコの忠告だ。忘れてしまっても、もちろん構わないぞ。
あっ、それとそこの女。おまえは当然そのことを知っていて、さっきから名前を聞き出そうとしていたのだろ?」
すると、リリスはちょっとすねた顔をしながら、
「ネコさん、ひど~い。私は本当に伊藤くんのファーストネームが知りたかっただけなのに~~
伊藤くん、じゃぁ、名前のこととかは、また今度ね。とりあえず、契約のこととか、この夢の世界のことについて聞きたいんだったよね」