第1章 夢のはじまり (1)
(第1章)
まるで星を散りばめたかのように輝くビルディングの群れ。
それを静かに包み込んでいる漆黒の闇。
巨大な都市の中央を貫いて伸びていくメインストリートは、道幅が150フィートにも及び、都市を世界とつなぐ動脈になっている。しかし真夜中のこの時間、なぜか道を走る車は一台もなく、道路わきの歩道にも人の気配はない。
静寂が支配する、光と影の世界・・・。
ビルディングの群れは、漆黒の闇の中、ダイヤを身にまとう貴婦人のように光り輝き、摩天楼に浮かぶ真円の月は氷のように冷たく世界を照らしている。
「人」の存在を完全に拒絶するこの街は、現実世界から切り離された一つの異界。
この世界は、非現実が現実を拒絶する世界であった。
しかし時間すら凍りついているかのようなこの都市の中を、1人の少年が歩いている。年の頃は、15、6歳といったところか。頬のラインに引き締まったたくましさがわずかに感じられる。彼の少年期も間もなく終わりにさしかかっているようだ。
そんな彼は、ただひたすらに都市の中心に向って、メインストリートわきの歩道を歩き続けている。
ただひたすらに・・・
ひたすらに・・・
そしてどれほどの時が過ぎた頃であろうか。それまでただ路に沿って歩いていただけの少年は、突然向きを変えるとメインストリートから外れ、暗くて細い脇道へと入り込んでいく。よく見れば彼の顔つきはどこかぼんやりしていて、まるで夢遊病者か幽霊のようですらある。彼が都市のメインストリートを外れ、わき道の奥へ奥へと入り込んでいくにつれ、大通りを照らしていた街灯の光は薄れ、道は徐々に暗く、そして狭くなっていった。それでも少年は、ためらうことなく道の奥へ、更に奥へと歩いて行く。
彼が道の曲がり角を何回か左に曲がり、そしてまた何回か右へと曲がって、もはやメインストリートの街灯の光も完全に届かなくなったとき、道は更に大きく右へと折れ曲がってそこで突然行き止まりになった。
そこに、1軒の骨董品屋があった。
もはや街灯の光も届かない路地裏の奥で、その店はやわらかい光を灯しながら、少年を優しく出迎えていた。店の看板には、
「骨董専門の店 迷い屋」
と書かれてある。
少年はほんの一瞬だけ立ち止まったものの、まるで光に導かれるかのようにして店の中へと入っていった。
店の中に入ると、そこにはどこの国のものとも分からない、ありとあらゆる時代のものが、足の踏み場もないほどに無造作に置かれていた。その雑多な光景に圧倒され、それまでどこか虚ろであった少年の瞳は、じょじょに精彩さを取り戻していく。
彼は改めて店の中を眺めてみた。そこには、古くて大きな地球儀や、妙に古めかしい時計、おしゃれなカバンや宝石、豪華な装丁の絵本、はてには古びたマッチ箱など、さまざまな物が所狭しと置かれている。店の中はあまり整理されておらず、中にはどう見てもガラクタにしかみえない物も混ざっていた。足元に置かれた青いタヌキの石像には耳がなく、透明なガラスでできた靴の置物は片方しか見当たらない。店の奥のガラスケースに入った古い鉄製のランプは、錆びていてフタが開きそうにない。ランプの脇に置かれている食べかけの林檎は、きっと店員の食べ残しだろう。
少年は、ふと好奇心のおもむくまま、手元に置かれていた大きな地球儀へと手を伸ばした。すると意外なことにその地球儀はぐっしょりと水で濡れており、驚いた少年はすぐに地球儀から手を離す。地球儀の表面は、これ以上ないほど精巧なジオラマになっていて、細かすぎてあまりよくは見えないが、山や河、そして樹木や砂地など、地球の質感がどこまでも精密に再現されていた。もしこのとき彼の意識がもう少し目覚めていて、彼がその地表部分にもっと注意を向けていたなら、その表面には小さな虱のようなものが、ごく僅かながらにも動いていることに気づいたかもしれない。またその海面部分には本物の水が張り付いていて、なぜか下にこぼれ落ちることなく、地球儀にしっかりと張り付いていることに大きな疑問を抱いたかもしれない。
「お客さま、その地球儀にお触りになるときは、十分にご注意ください。もしうっかり山や島などを壊してしまうと、その世界では幾十、幾百万もの命が消えてしまうかもしれません。もしかしたら、1つの種が進化をやり直すことだってあるかもしれません」
いつの間に現われたのだろう。店の主人らしい初老の男性が、少年に声をかけてきた。