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祭りの宵の音

作者: キジノメ
掲載日:2015/07/26

 封鎖されて歩行者天国になった道路。

 宵を飾る色とりどりの提灯。

 空気を踊る和の音楽。

 その周りの人、人、人。

 駅のホームから出てきた瞬間、私はその光景にげっそりとした。

「こんな中を通っていかなきゃいけないの……?」

私の家は、ちょうど祭りをやっている道路を超えた先。

 まず自転車を取りに行かないと……。

 和太鼓の音が、遠くから聞こえる。鉦鼓(しょうこ)の音が甲高く響き渡る。

 押し合う浮かれ気分の人々に、香ばしく香る屋台の食べ物。

 正直、疲れている私にとっては、何の魅力のないんだよね。早く帰りたい。

 ともかく、自転車を取りに行こう!

 私は疲れた体にはっぱをかけて、駐輪場の方へ向かった。


 ……向かったはずだった。

 路地を曲がった瞬間、私の体がどっしりと重くなってしまった。

 それこそ誰かが上に乗っている様な、石が背中に縛り付けられている様な。

「おっも……」

待って、これはおかしくない? 立ってられないほどに重いって。

 私は思わずしゃがみこんだ。じゃないと膝の関節が馬鹿になりそうだったから。

 しゃがんでも治らない。思わず俯いてしまう。ヨーヨーを持った人や焼きそばを持った人に不審がられてるけど、それでもどうしようもない。

 だってこれ、立てない……。

 膝に力を入れるけれど、全く立てそうにない。というよりも重さで肺が痛くなってきた。

「ちょっと、誰か……」

息をするのも辛い。このまま潰れて死んでしまいそうっ。

 なんで、こんなことになってんの……?

 疑問とか不安とかが頭の中をぐるぐる回る。こんなんで私死んでいくの? それはやだよ。でも、そんな考え否定できないくらいに重くて辛い。

 明るいお囃子と、楽しい話し声が周りを無意味に踊る。

「誰か……」

思わずもう一回そう呟いた時。


「おい嬢ちゃん! どうしたんだい?」


肩に手を置かれた。どうにか顔を上げると、涙で歪む視界に、ぼんやりと人が見えた。

 でもこの人、人……? 顔がやけに白い。

 目をぱちくりさせて、視界をはっきりさせる。すると、その人が狐の仮面を被っていることがようやく分かった。

 その人が言う。

「どうした、座り込んで。怪我でもしたか?」

私はふるふると首を振った。

「なんでか分かんないけど、体が重くて。立てないの」

「それはいきなりかい?」

「路地曲がった瞬間」

その人がちょっと黙り込んだ。狐の面の細い目が、無表情に私を見ている。

 と、そうかそうかと、その人は手を叩いた。

「それは災難だったなぁ、嬢ちゃん。君の背中には、今霊が乗ってんだよ」

「レイ?」

「そう。今はお盆だからね。ちょっと憑りついちゃったんだな」

「え?」

何言ってるの?

 ぽかんとする私を置いて、その人は立ち上がった。

「ちょっとそこで座ってな。すぐよくしてやるから」

「え、え?」

「じゃあまた」

いや、

 行っちゃったよ。

 体が重いのも忘れて、私はただただ馬鹿みたいに、その人が去っていった大通りの方を見ていた。



 それでもなんでも、体が動かない。

 また肺が痛くなってきて、背骨が軋みそうになってきた時、


 それは唐突にやってきた。


 遠くから近づいてくる、祭囃子。

 重たい和太鼓の音に、響き渡る鉦鼓の高さ。


 そして、私の目の前の大通りを、それが通る。


 その十数名の集団は、皆して狐のお面を被っていた。

 そして各自が持つ楽器を、これでもかというくらい大きく鳴らす。


 お腹の中にまで響き渡る和太鼓の衝撃。

 耳につんざく鉦鼓の音。

 楽器が鳴り響くその周りだけ、異様なくらい熱気を帯びていて。


 狐の面の集団が、音を連れて通りを歩く。

 真っ直ぐな、力強い、忘れられない音を響かせる。


 その時、急に体が軽くなった。

「え……?」

急に軽くなったから、勢い余って思いっきり前を向く。


 その途端目に映ったのは、狐の面の集団の上を飛んでいる、たくさんの人々だった。


 人と言っても、その体全てが夕焼けに透けている。もうオカルトを信じるとか信じない以前に、本能的に霊だと分かるような見え方だった。

 浴衣を着たおばあちゃん、甚兵衛姿のおじさん。ヨーヨーを抱えた小さい子供。


 みんなみんな、狐の面の集団の音につられるように、ついていく。


 空に大きく響く和太鼓の強さ。

 空につんざく鉦鼓の鋭さ。


 狐の面の集団は、半ば狂人のようにして楽器をかき鳴らす。その音で空気すら揺らいでいるようだ。


 一定の耳に残るリズム。

 それを大げさなほど奏でる楽器。


 その音の上を飛んでいる、楽しそうな霊たち。


 周りの人たちは霊が見えていないのか、狐の面の集団に歓声を送るばかり。それに答えるかのように、彼らの囃子はもっと大きく響いていく。

 どこまでも真っ直ぐに、空をつんざいて。


 その時、ふっ――と。

 霊が一人、夕焼けに溶けるようにして消えた。


 そしてまた一人。


 また一人。


 消えていく。


 遠ざかる、狂ったようなお囃子の音。

 次々に消えていく夕焼け空の中の霊たち。

 それを知らずに笑いながら手を叩いている人たち。


 私は狐の面の集団が大通りを曲がるまで、それをずっと見つめていた。



 後日、噂で聞いた。

「盆に重なっている祭りの時に、狐の面の集団がお囃子を鳴らすんだって」

「そのお囃子が、どこにも負けないくらい大きな音なんだって」

「その時彼らの頭上には、なんか不思議なモノが見えたりするんだって」

彼らは、霊を導く人たちなのかもしれない。

読んでくださりありがとうございます。雉野青です。

今回は地元でやっていたお祭りを見ていて、あのお囃子の熱狂さを書きたくなり、急遽書きました。

あれを聞いて心躍るとき、いつも、自分は江戸っ子みたいだな、と思います。あの和太鼓と鉦鼓の合唱が大好きです。

是非評価をお願いします! 他の短編も少しあるので、読んでいただけると幸いです。

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