祭りの宵の音
封鎖されて歩行者天国になった道路。
宵を飾る色とりどりの提灯。
空気を踊る和の音楽。
その周りの人、人、人。
駅のホームから出てきた瞬間、私はその光景にげっそりとした。
「こんな中を通っていかなきゃいけないの……?」
私の家は、ちょうど祭りをやっている道路を超えた先。
まず自転車を取りに行かないと……。
和太鼓の音が、遠くから聞こえる。鉦鼓の音が甲高く響き渡る。
押し合う浮かれ気分の人々に、香ばしく香る屋台の食べ物。
正直、疲れている私にとっては、何の魅力のないんだよね。早く帰りたい。
ともかく、自転車を取りに行こう!
私は疲れた体にはっぱをかけて、駐輪場の方へ向かった。
……向かったはずだった。
路地を曲がった瞬間、私の体がどっしりと重くなってしまった。
それこそ誰かが上に乗っている様な、石が背中に縛り付けられている様な。
「おっも……」
待って、これはおかしくない? 立ってられないほどに重いって。
私は思わずしゃがみこんだ。じゃないと膝の関節が馬鹿になりそうだったから。
しゃがんでも治らない。思わず俯いてしまう。ヨーヨーを持った人や焼きそばを持った人に不審がられてるけど、それでもどうしようもない。
だってこれ、立てない……。
膝に力を入れるけれど、全く立てそうにない。というよりも重さで肺が痛くなってきた。
「ちょっと、誰か……」
息をするのも辛い。このまま潰れて死んでしまいそうっ。
なんで、こんなことになってんの……?
疑問とか不安とかが頭の中をぐるぐる回る。こんなんで私死んでいくの? それはやだよ。でも、そんな考え否定できないくらいに重くて辛い。
明るいお囃子と、楽しい話し声が周りを無意味に踊る。
「誰か……」
思わずもう一回そう呟いた時。
「おい嬢ちゃん! どうしたんだい?」
肩に手を置かれた。どうにか顔を上げると、涙で歪む視界に、ぼんやりと人が見えた。
でもこの人、人……? 顔がやけに白い。
目をぱちくりさせて、視界をはっきりさせる。すると、その人が狐の仮面を被っていることがようやく分かった。
その人が言う。
「どうした、座り込んで。怪我でもしたか?」
私はふるふると首を振った。
「なんでか分かんないけど、体が重くて。立てないの」
「それはいきなりかい?」
「路地曲がった瞬間」
その人がちょっと黙り込んだ。狐の面の細い目が、無表情に私を見ている。
と、そうかそうかと、その人は手を叩いた。
「それは災難だったなぁ、嬢ちゃん。君の背中には、今霊が乗ってんだよ」
「レイ?」
「そう。今はお盆だからね。ちょっと憑りついちゃったんだな」
「え?」
何言ってるの?
ぽかんとする私を置いて、その人は立ち上がった。
「ちょっとそこで座ってな。すぐよくしてやるから」
「え、え?」
「じゃあまた」
いや、
行っちゃったよ。
体が重いのも忘れて、私はただただ馬鹿みたいに、その人が去っていった大通りの方を見ていた。
それでもなんでも、体が動かない。
また肺が痛くなってきて、背骨が軋みそうになってきた時、
それは唐突にやってきた。
遠くから近づいてくる、祭囃子。
重たい和太鼓の音に、響き渡る鉦鼓の高さ。
そして、私の目の前の大通りを、それが通る。
その十数名の集団は、皆して狐のお面を被っていた。
そして各自が持つ楽器を、これでもかというくらい大きく鳴らす。
お腹の中にまで響き渡る和太鼓の衝撃。
耳につんざく鉦鼓の音。
楽器が鳴り響くその周りだけ、異様なくらい熱気を帯びていて。
狐の面の集団が、音を連れて通りを歩く。
真っ直ぐな、力強い、忘れられない音を響かせる。
その時、急に体が軽くなった。
「え……?」
急に軽くなったから、勢い余って思いっきり前を向く。
その途端目に映ったのは、狐の面の集団の上を飛んでいる、たくさんの人々だった。
人と言っても、その体全てが夕焼けに透けている。もうオカルトを信じるとか信じない以前に、本能的に霊だと分かるような見え方だった。
浴衣を着たおばあちゃん、甚兵衛姿のおじさん。ヨーヨーを抱えた小さい子供。
みんなみんな、狐の面の集団の音につられるように、ついていく。
空に大きく響く和太鼓の強さ。
空につんざく鉦鼓の鋭さ。
狐の面の集団は、半ば狂人のようにして楽器をかき鳴らす。その音で空気すら揺らいでいるようだ。
一定の耳に残るリズム。
それを大げさなほど奏でる楽器。
その音の上を飛んでいる、楽しそうな霊たち。
周りの人たちは霊が見えていないのか、狐の面の集団に歓声を送るばかり。それに答えるかのように、彼らの囃子はもっと大きく響いていく。
どこまでも真っ直ぐに、空をつんざいて。
その時、ふっ――と。
霊が一人、夕焼けに溶けるようにして消えた。
そしてまた一人。
また一人。
消えていく。
遠ざかる、狂ったようなお囃子の音。
次々に消えていく夕焼け空の中の霊たち。
それを知らずに笑いながら手を叩いている人たち。
私は狐の面の集団が大通りを曲がるまで、それをずっと見つめていた。
後日、噂で聞いた。
「盆に重なっている祭りの時に、狐の面の集団がお囃子を鳴らすんだって」
「そのお囃子が、どこにも負けないくらい大きな音なんだって」
「その時彼らの頭上には、なんか不思議なモノが見えたりするんだって」
彼らは、霊を導く人たちなのかもしれない。
読んでくださりありがとうございます。雉野青です。
今回は地元でやっていたお祭りを見ていて、あのお囃子の熱狂さを書きたくなり、急遽書きました。
あれを聞いて心躍るとき、いつも、自分は江戸っ子みたいだな、と思います。あの和太鼓と鉦鼓の合唱が大好きです。
是非評価をお願いします! 他の短編も少しあるので、読んでいただけると幸いです。




