狼さんが食べ損なったのは赤ずきんじゃない
今映画でやっている童話ものに当てられました。赤ずきんの食い意地設定はそこからきてたりします。あまり突っ込まず読んでいただけると幸いです。
森に住む変わり者のおばあさんのところにはおばあさんの若い頃にそっくりな孫がよく遊びに来ていた。
その日も娘から事前に手紙で遊びに行くと知らされていて、おばあさんは昔より曲がった腰でゆっくりと孫の好物を作ってはお茶を合間に飲んで休憩していた。
あの孫のことだ。いろいろなところで寄り道していることだろう。おばあさんは孫がどこで寄り道しているかを考えるのが日課の一つとなっていた。
コン、コン
孫のノックにしてはとても柔らかく、小さい音が家の戸を叩いていた。おばあさんの孫はとても元気で慌ただしく扉もノックしないことのが多く、したと思えばゴン、ゴン、と強い音がするのだ。よく孫の母、おばあさんの娘は注意していた。
「おやおや、赤ずきんかい? 今日はいつになく静かな音だねえ」
「そ、そうかしら。おばあさん、入っていい?」
声も低く、娘に言われてもなかなか直らなかった言葉遣いも今日に限って丁寧だった。それも入っていい、と聞かずにズカズカと入る孫が聞いたのだ。どこもかしこもおかしかったが、おばあさんは気づいていないフリをして頷いて答えるのだ。
「構わないよ。……それにしても久しぶりだねえ、狼さんがくるのは」
家の戸越しに何故か二本足で器用に立っていた狼さんはその言葉に凍りついたように動かなかった。
「な、何言ってるの? わたしはおばあさんの大好きな赤ずきんよ。い、やあねえ」
おばあさんが笑ってしまうぐらいに戸の前に立つ狼さんの動揺は凄かった。それでも女の子とは思えない低い声で赤ずきんを演じるのだ。
「そうかい。赤ずきんがそういうなら赤ずきんなんだろうねえ。あたしにはどっちでも嬉しいんだけどねえ」
「……な、なんでなのかしら?」
「昔にも一度あったんだよ。娘に化けて家の戸を叩いた狼さんが」
おばあさんは狼さんを赤ずきんとは全然思ってなかった。それどころかどこか懐かしむように昔を語り出した。
「あの頃は娘が出ていってねえ、毎日寂しくて、狼さんが来たときは嬉しかったねえ。食べられると分かってても話をしたかったんだ。あのときの狼さんは空腹にも関わらずこの婆の話に付き合ってくれたよ。もちろん、その代わり、娘のために作っていたご馳走をあげたものさ。良かったよ、赤ずきんが肉を好きで」
おばあさんの娘のその孫も肉好きだった。こんがりといい匂いを漂わせるオーブンの中に入っているのは豚の丸焼きだった。
孫は家族の誰よりも食い意地が張っていて、大食いだったのだ。
「狼さんさえ良かったら、このご馳走を食べながら婆の話に付き合ってくれるかい? ちょうど焼けたようだからねえ。ああ、狼さんじゃなくて赤ずきんだったねえ」
狼さんの頭にも確かにその時の記憶があった。自分がまだ子供だった頃同じように空腹に耐えきれず、この戸を叩き、人間の代わりにたくさんのお肉を食べさせてもらった。あの時のお肉はとても美味しくて、食べきるのが勿体なかったものだ。
あのときのおばあさんはまだまだ若かった。狩人の夫を亡くしたばかりだったらしく、その夫が原因で森に引きこもった、そんなことは狼さんの知るところではなかったのだが。
しわがれたゆったりとした声。声からでも分かる。彼女は老いておばあさんになり、狼さんも子供から年を取った狼さんとなっていた。
震える手で狼さんはもう一度戸を叩いた。
コン、コン
「はいはい。どうかしたかい」
「……アキ、入っていいだろうか」
それは昔、おばあさんに教えてもらったおばあさんの名前だった。
「……そうして、おばあさんに絆された狼さんはおばあさんの代わりにたくさんのご馳走を食べて、満足すると帰っていきましたとさ。はい、めでたしめでたし」
紙芝居の最後の紙をまくり、終わりという文字をみた子供たちは口々に不満を言いまくった。
「えー、なんでそこでおわるの。ぜんぜんわかんない」
「わたしは分からないことが分からないかな」
「だって赤ずきんでてこなかったよ、赤ずきんは?」
「この主役は赤ずきんではなく、そのおばあさんだからね」
「おおかみさんがことばしゃべってる!」
「え、絵本の赤ずきんも狼が言葉しゃべってるからいいじゃない」
「赤ずきんはなにたべたの? ごちそうはおおかみさんがたべたんでしょ」
「そう、だからそのかわりに赤ずきんには赤いずきんの替えをもう一枚作ってあげたんだ。それに赤ずきんはおばあさんの家に着くまでにおばあさん宛に作ってもらったパンをたらふく食べて満足してたからね」
「おばあさんとおおかみさんはそのあとどうしたの?」
「そうだなあ。君達はどうしたと思う?」
その言葉に元気よく子供たちは口を揃えて答えた。
『分かんない!』
いろいろと手直しは必要かな、と思うんですが、今はこれが良いと思ってます。