第8話
この時、エヌラも『河馬に似た女性』も気付かなかったが、女性が探していた『エヌロ』という人物はこの女性を見るなり、気付かれぬよう忍び足で逃げていた。エヌロという男はエヌラと名前が似ているが、全くの他人である。彼は出会い系サイトで見つけた女性と会って、エヌラ同様、ホテルに連れ込もうと考えていた。この点でエヌラと似ている。
「いえ、違います。」
エヌラはできるだけ女性と目を合わせないようにして言った。
「本当に?照れてるんじゃないの?」
河馬に似ている女性はエヌラの視線に入るよう、彼の顔を覗き込んだ。
“んなぁ、わけねぇだろ!気持ち悪い女だ。早く消えろ!”
心の中でエヌラは何度も悪態をついていた。
「大丈夫。私はなんとも思ってないから…」
“もう決めた…撃とう。それしかない!”
エヌラは武器屋で奪ったショックガンの銃把を握り、いつでも抜き取れる態勢に入った。その時、彼のポケットから社員証が落ちたことにエヌラは気が付かなかった。
「私みたいな可愛くて綺麗な子と出会えてラッキーよ。さぁ、デートしましょう!」
陸水両棲可能な動物と似ている女性はエヌラの右腕を引っ張ろうとした。
“今だ!”
エヌラが銃を女性に向けようとした途端、誰かが彼の肩を叩いた。虚を突かれたエヌラは驚き、素早く銃をタキシードの下に隠して振り返った。そこにはエヌラ好みの顔をした女性が立っていた。反射的にエヌラは脚を見た。しかし、女性はジーンズ姿であり、エヌラは酷く落胆した。
“これなら、河馬女に紙袋を被せた方が…いや、俺はそこまで落ちぶれていない。この美女にスカートを履かせれば…いやいや、脱がすなら関係無い!”
「警備会社の方ですよね?」
エヌラの肩を叩いた女性が言った。
「そうです。」
エヌラは執拗に腕を掴む女の腕を振り解き、目にも止まらぬ速さで河馬に似た女性をショックガンで撃った。撃たれた河馬は悲鳴を上げることなく、地面に崩れ落ちた。
「よかった!ずっと探していたんです。」
「流石、お嬢しゃん。やっぱり、僕がイケメンのボディーガードだから見つかってすまったのかな?」
エヌラは好み女性を見つけると気障な態度を取り、また滑舌が悪くなる癖があった。
「いえ、あなたが警備会社の社員証を落としたので分かったんです。」
女性はエヌラに拾った社員証を渡した。エヌラは再び落胆したが、まだこの女性をホテルに連れ込むという、卑劣な考えは捨てていなかった。