第2話
これほどの快感は戦場でも味わえなかった、とエヌラは心の中で呟いた。彼の双眸は確実に標的を捕えた。標的は2つ。1人になるまで待つべきであろう。
夜のとばりはエヌラの味方であった。闇はエヌラの姿を隠し、標的から見られることはなかった。エヌラは慎重に足音を押し殺し、それと同時に高鳴る胸の鼓動も押し殺そうとした。常に彼は胸の鼓動が収まれば、すぐに事を終えることができるのにと思っていた。
獲物が会話を終えて二手に分かれようとしていた。今がチャンスだ。エヌラが動き出そうとした瞬間、標的たちの前に黒い乗用車が現れた。車のドアが開いてトレンチコートを着た中年男が出てきた。エヌラは左足にかけていた力を抜き、目の前で起きていることを見守った。
獲物たちはトレンチコートの男を見てそわそわし始めた。エヌラは耳を澄ませて獲物たちの会話を聞こうとし、微かだが彼らの声が聞きとれた。
「君たち、何しているの?」
トレンチコートの男が言った。
「私たちは仕事の帰りです。」
エヌラの標的の一人が声に疑いの念を込めて応えた。
「そうか…疲れているだろう。乗せてってあげるよ。」
「いえ、もうすぐ家なので…」
この時、エヌラはトレンチコートの男の声に聞き覚えがあると気付いた。しかし、誰かまでは思い出せない。
「遠慮はいらない。さっさ、乗って、乗って!」
男がエヌラの獲物の手を掴んだ。
「やめてください!」
二人の女性は男の手を振り切って走り出した。
何てことだ。女性たちが自分の隠れている方に向かって走ってきた。ここでエヌラはふと名案を思いついた。獲物がこちらに向かってくるのなら、その機に乗じて俺が獲物を奪えばいいのだ。足音が次第にエヌラの方に近付いてくる。もうすぐだ。エヌラは襲撃の準備を整えた。
「待ってくれー!」
トレンチコートの男の声が聞こえ、男も走り出した。
タイミングが悪い。もしかすると男に姿を見られるかもしれない。では、いつもとは違う方法でやるしかない。冷静にエヌラは陰の中で体勢を変え、いつでも飛び出せる準備をした。
足音がエヌラのすぐ側まで迫った。今だ!エヌラは建物の陰から飛び出し、獲物たちに背を向け、ズボンを脱いで尻を突きだした。
この時、エヌラは言葉に言い表せない快感を得ていた。そして、彼はこの次に上がる甲高い悲鳴がその快感を高めること知っていた。だが、エヌラが期待していた悲鳴は上がらなかった。不思議に思ったエヌラは素早く振り返る。そこには誰もいなかった。