3-3
領主館の舞踏会場では、慎ましい晩餐会という名の食事会が開かれていた。
主賓であるアイリ王女の後ろには侍従長が控え、同じテーブルに座る来賓はたった3人。
100人は入りそうなこの部屋で使われているのはテーブルただ1つ。
王女自身が願い出たため、全員が同じテーブル、しかも手を伸ばせば届く範囲にいる。
もしこの中に暗殺者がいたら、確実に王女の息の根を止める事が出来るだろう。
だがそれは杞憂である。
シン、ユウ、クレスの3人にはそもそもそんな気が無いのは明白であった。逆に、たった一晩とはいえ普通に接していた少女が王女だったと知り、戸惑ってどういう態度を取ればいいのか判りかねていた。
当惑の元となっているアイリも、久しぶりに彼らに会えた喜びでハイテンションとなり、3人が今、どんな心境にあるのか気付いていなかった。
「あ、あの~アイリ…王女…?」
躊躇いがちにシンは尋ねようと声を掛ける。
「シンさん。私の事はアイリと呼び捨てで構いません。いえ、むしろ呼び捨てで呼んで下さい!」
アイリの顔がズズイっとシンの眼前まで迫る。
「あ、えっと…アイ…リ……」
それを聞くとアイリは満足そうな笑みを浮かべ、それと同時にアイリの背後から刺すような視線が突き刺さる。
それは「馴れ馴れしく姫様の名前を呼ぶな」という侍従長からの無言の警告のように思えたが、無視して堪えるしかなかった。
「え、え~っと、アイリがこの国の第3王女だってのは分かった。それで俺達が呼び出された理由は?」
王女が相手と考えると緊張してしまうため、アイリという少女であると自分に言い聞かせ、会話を進める。
「会いたかったという理由じゃダメですか?」
美少女に上目遣いでそんなことを言われたら何も言えなくなってしまう。
「シンさんは私に会えて嬉しくなかったですか?」
「い、いや、そんなことは無いぞ。ちょっと突然だったから驚いたけど、再会出来て俺も嬉しいよ。あの後、姿が見えなくなったから心配はしてたんだ」
アイリが王女であることを知れば色々と頷ける事が多かった。
幻想的な雰囲気。上品さが窺える所作や言葉遣い。
逃げ出す原因となったのは王女としての重責だったのだろう。
今更ながら自分と同じ境遇なんて思った自分が恥ずかしかった。ストレスやプレッシャーは比べようも無いくらいアイリの方が重く圧し掛かっていただろう。
「心配してくれたのですね。嬉しいです!」
いつの間にかシンの横まで椅子を滑らせて来たアイリが心底嬉しそうにシンの腕に抱きついてくる。
侍従長からの視線が背中から突き刺さる。
そして同時にアイリが抱きついている腕とは反対側からも視線を感じる。
恐る恐るそちらに視線を向けると笑顔のクレスがシンを見ている。
だがシンにはその目が笑っていないことに気付いていた。
「あぁ…え~っと……」
正に針のむしろ状態。額から流れ落ちる汗は、アイリが抱きついて暑くなったせいではないようだ。
助けを求めるように正面に座るユウに視線を向けるが、彼は我関せずと、出された料理に舌鼓を打っていた。
「ねぇ、シンさん、シンさん…」
アイリは尚もシンに寄り添い、シンには2人分の無言のプレッシャーが重く圧し掛かる。
(逃げてぇ…逃げ出してぇ……)
こんな事なら見も知らぬ王女だった方がどんなに楽だったろうかと思ってしまうのだった。
シンは『ぐ~』という腹の虫の音で目を覚ます。
(ああ、昨日の夜は散々だったなぁ……)
空腹と憂鬱が混ざり合ってシンのテンションは非常に低かったが、パンの焼ける匂いが漂っていた為、ベッドから起き上がる。
ここは領主館の客室の1つ。
クレスが普段より少し不機嫌そうな顔で、普段では考えられないほどバカバカとワインを飲んで、その結果、酔い潰れてしまったということもあり、晩餐会の後、工房には帰らずにここに泊まっていったのだ。アイリに勧められたというのも多分にある。
『ぐぅ~~』
再び腹の虫が鳴る。
晩餐会ではアイリの相手や視線による精神攻撃で胃が痛くなったせいもあって、食事には殆ど手を付けられなかった。
おかげでシンの腹の中にいる虫は早く獲物を寄越せと騒いでいるのだった。
まだ日が出ていなのか、薄暗い部屋の中でシンは、なんとか制服に着替え、そして外してしまったネクタイを一瞥した後、上着のポケットに突っ込む。
変に自分で巻くよりも、いっそうの事、無い方が逆に見た目が良いかもしれないと思ったのだ。必要ならばまたクレスに頼もうと思ったのもある。昨晩のあの態度を思い出すと、締めてくれるかは甚だ疑問だったりもするが。
部屋を出ると廊下には魔動の明かりが灯っており、歩くのには不便しなかった。
そしてパンの匂いに誘われるように厨房へと向かう。
恐らくこういう所では侍従が「朝食の準備が整いました」とか呼びに来るのかもしれないが、既にシンの腹の中は暴徒化しつつある。早く鎮圧しなければテロになりかねない。
匂いを頼りに厨房へと辿り着く。
そこには10人ほどの侍女が朝食の最中であった。彼女たちの手元にパンが無い所を見ると、現在、焼いている最中なのだろう。
最初にシンの姿を見つけた眼鏡を掛けた侍従長が立ち上がる。そして一瞬遅れて侍女全員が立ち上がり、シンに向けて「おはようございます」と頭を下げる。
「シン様、このような場所に何か御用でしょうか?」
侍従長が真っ直ぐシンを見つめて尋ねる。
「え、あ、その…いい匂いがしたので、俺…あいや、私も何か頂けたらと思いまして……」
昨晩からずっと睨まれていることもあり侍従長の鋭い眼差しに萎縮してしまう。
「承知致しました。直ぐに支度をさせましょう。隣の食堂でお待ち頂けますか」
昨晩の事で何か言われるかと思ったが、意外と普通の対応だった。いや、今は客に対する仕事としての対応だったのかもしれない。
だが既に腹の中にいる悪魔の限界が近いらしい。
一先ず、考えるのは腹の悪魔の欲望を満たしてからにすることとした。
「本来、お客様にお出しするようなものではないのですが…」
そう前置きされて用意されたのは今程、使用人達が食べていたものと同じ野菜のたっぷり入ったコンソメスープだった。
おそらく昨晩の食事会で使われた野菜のくずで作ったものだろう。
よく煮込まれていて野菜は溶けるくらいに軟らかく、空っぽの胃袋に優しく染み渡る。
元々から庶民派であるシンにとって堅苦しい豪華な食事よりもこういう料理の方が好きだった。
気がつけば2杯めのおかわりも平らげた、どうやら悪魔は浄化され暴徒は鎮圧されたようだと感じる。
満腹にはまだ遠いが、朝食の準備が整うまでの間は十分もちそうだった。
「あ、その、侍従長さん」
食事の間中、ずっと控えていた侍従長の視線に耐えられなくなったシンが声を掛ける。
「ミランダとお呼び下さい」
「あ、えっと、ミランダさん。色々と申し訳ありませんでした」
「いえ、こちらこそご朝食の準備が整わず、このようなものをお出しすることになり、申し訳ありません」
「あ、いや、これに関してはとても美味しかったです。そうじゃなくて、その、アイリ…王女の事です」
鋭い目で真っ直ぐ見つめてくるミランダの視線にシンは俯く事で逃れようとする。
「それに関しましてはこちらの方からお礼を述べさせて頂きたいと思っておりました」
シンの予想に反してミランダが深々と頭を下げる。呆気にとられるシン。
「昨晩の姫様はとても楽しそうでした。余程、皆様とお会いするのを楽しみにしていたのでしょう」
ミランダの顔に笑みが浮かぶ。
その笑顔はクレスやアイリとはまた違う、大人の笑みであり、キツそうな印象のミランダからはあまり想像出来ない笑みだった。
「特にシン様には姫様が危険な所を助けて頂いたと聞いております。本当にありがとうございました」
王女に対して馴れ馴れしい自分は嫌われていると思っていただけに、シンはどう答えていいか分からず、つい思っていた事を口に出してしまう。
「昨日からずっとミランダさんに睨まれてたから嫌われてると思ってたんですけど……」
そう口に出してから、本人を目の前にして何を言っているのかと後悔するがもう手遅れだった。だが今度はミランダの方がその言葉に一瞬、言葉を失う。
「そ、それは大変失礼いたしました。まさかそのように思われていたとは。元々目が悪かったせいもあり、昔から目つきが悪いと言われていましたので、そのように見えたのでしょう。私はただ姫様がよくシン様の事をお話し下さっていたので、どのような方なのかと思って見ていただけなのですが……」
自分の失態を恥じているのか、ミランダの顔は赤くなっている。
自分より年上の大人の女性がまさかそんな態度を取るとは思わず、シンは驚く。それと同時に自分の勝手な想像を彼女に植え付けていた事に申し訳無さを感じる。
「す、すみません。なんか勝手に誤解しちゃっていたみたいで」
「あ、いえ、こちらこそ誤解をさせるような行いをしてしまい、申し訳ありませんでした」
真っ直ぐとシンを見つめるその瞳から今度は視線を外さない。
先程まで感じていた威圧感は嘘のように消えていた。
こうして正面から真っ直ぐ相手を見つめるのはミランダの癖なのだろう。
きっとこれまでもシンと同様、この視線に勝手に勘違いして彼女から遠ざかっていった者は多いのではないだろうか。
けれどシンは知った。
おかげでアイリに長年仕えて信頼を受けているミランダの事を嫌いにならずに済んだ。
その事を嬉しく思うのだった。
そうこうしている内に隣の厨房から香ばしい匂いが立ち込めてくる。
「パンが焼けたようですね。お二方を起こしてご朝食の準備を致しますので一度失礼致します」
ミランダはシンの前に置いてあった空のスープ皿を片付け、厨房の方へと向かう。
1人残され手持ち無沙汰になったシンはふいに立ち上がり、窓へと近付く。
いつの間にか太陽が顔を出し、残雪に反射してキラキラと輝いている。
気になっていた問題が1つ解決し、気分よく空を見上げる。
雲1つない朝焼けの空はとても清々しいものだった。
気分良く空を眺めていると背後で扉が開く音が聞こえる。
振り向けば昨日と同じようにピシッと制服を着こなしたユウが侍女に伴われて姿を現す。
「おはよう、シン。昨晩はモテモテで大変だったね」
完全にからかっているのがその笑顔から見て取れる。
「おかげさまでね。そっちもたらふく高級料理を食べられて良かっただろう?」
シンは皮肉で返す。
悩みの種の1つは先程解消したが、ユウの言葉でまだ彼を悩ませる種が残っている事を思い出す。
昨晩のシンに向けられていたもう1つの刺すような視線。
1年以上付き合いのある同じ工房の仲間であるクレスからの視線。
シンには正直、彼女が何故そんな視線を自分に向けていたのか分からなかった。
そもそもそんな視線をこれまで向けられた事など記憶には無かった。
クレスの印象と言えば、いつも朗らかな笑顔を向けている印象があったが、昨晩はやけに不機嫌そうで口数も少なかった。
気が付けばジュースを飲むかのようにぶどう酒やワインを次々と飲んでいた。
本人としてはジュースのつもりで飲んでいたのかもしれない。
結果的にクレスが酔い潰れた為、そこで食事会は終わりとなったのだ。
気疲れしていたのでシンとしても良いタイミングではあったが、普段の彼女からは考えられない行動なのは確かで、少し心配だった。
そんなクレスもようやく食堂へと姿を現す。
二日酔いなのだろう。頭を押さえながら青白い顔で元気なく「う~、おはよ~ございます~」と聞こえるか聞こえないかくらいの大きさの声で挨拶をする。
着ているものは昨晩のドレスとは違い、高級感の漂う白いブラウスとロングパンツ姿だった。
流石に胸元は開いていないが、胸や腰などの体のラインが程よく出ている。
恐らく侍従長のミランダが用意させたものだろう。シンはグッジョブと心の中でミランダに親指を立てた。
「クレス、大丈夫か?」
ユウが控えていた侍女に水を持ってきて欲しいと頼む。
「う゛ぅ~、頭が痛い…です……私、昨日、途中から記憶が無いんですけど、何か変な事言ったり、したりしてませんよねぇ?」
力無く2人に尋ねる。
二日酔いを除けば、その口調もその表情もいつも通りのクレスである。それにこの分では例の視線の事は覚えてなさそうである。
そう思ったシンはこの事を自分の胸にしまう。もし再び、同じような視線を感じた時に尋ねれば良いだろうと考えて。
こうしてシンの2つ目の悩みは消化不良のまま棚上げされる事となった。
朝食を終えた3人はクレスの体調の事もあり、工房へと戻る事にした。
流石に黙って戻るわけにはいかない為、ミランダを通じてアイリとの面会を願い出る。
暫くすると侍女の1人が姿を現す。
「王女様がお会いになられます。こちらへどうぞ」
案内された部屋は昨晩のような広いダンスホールではなく、普通の執務室のような部屋だった。普通といってもあくまでこの領主館の中では普通という意味で、キングス工房の居間より広いかもしれない。
部屋の中で待っているとアイリより先にミランダが姿を現す。
「王女様がお越しになられます。お控え下さい」
アイリの事を「姫様」と呼んでいたはずのミランダが「王女様」と呼んだ事に3人の緊張が高まる。
礼節の分からないシンはユウがしているのと同じように片膝立ちになり、軽く拳を握った右手を自身の左胸へと持っていく。そして頭を下げてアイリが現れるのを待つ。
コツ、コツとゆったりとした歩調で靴音が響く。
「皆さん、顔を上げて下さい」
可愛らしくもよく通る声が部屋に響く。
顔を上げるとそこにはアイリであってアイリでない人物がいた。
フワフワの金髪は複雑に編み上げられ後ろで結い上げられている。
頭頂部には銀色の輝く宝石が多数埋め込まれたティアラが乗っている。
ドレスは所々に金糸で刺繍のされた昨日着ていたものよりも遥かに豪華な純白のドレスであり、その首からは昨日と同じ大きな緑色の宝石の付いた首飾りを提げている。
大きな金色の瞳とそれに反して小さな鼻と口が昨日までと同じアイリであることを示していたが、その表情は王族に相応しい凛々しさと神々しさを放っていた。
公私を弁えず、昨日のようにいきなり抱きついてくるかと心配したシンだったが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。彼女は王族としての自分の立場はしっかりと分かっているようだ。
これでシンの3つ目にして最大の悩みは解消された。
「此度は突然のお招きにお応え頂き、また至福の一時を共に過ごして頂いた事に感謝の言葉もありません」
「恐悦至極にございます」
代表してユウが言葉を発する。
「ですがお礼を言う為にこのような場を設けた訳ではありません」
確かに礼を言うだけなら、公式の謁見のような形を取る必要は無い。つまり個人的にではなく王女として彼らに言うべき事があるということだ。
「キングス工房の皆さんは個人的に魔動機兵を造っていらっしゃるとお聞きしましたが、間違いはございませんか?」
魔動機兵造りに関しては、喧伝してるわけではないが、特段、隠し立てもしていない為、誰かの耳に入っていてもおかしくはない。
「はい、仰せの通りです。ですが裏心があるわけではございません。1人の魔動技師としてどこまで出来るのか試してみたいと思っているだけです」
「そのような事を考えていらっしゃらない事は私も存じ上げています。ですが貴族や王立魔動研究所の者にはそう思わない者もいるでしょう」
特にユウは1年近く前に王立魔動研究所からの誘いを断っている。そう思う者がいたとしても不思議では無い。そしてアイリがそう言っているという事は、既にそういう噂が立っているという事なのだろう。
「ですが私が関わっているとなれば、そう思う者の人数はかなり減るでしょう」
「つまりアイリッシュ王女が我々の後ろ盾になる、と考えても宜しいのでしょうか?」
「はい、そう捉えて貰って問題はありません。ですが心配しないで下さい。皆様はこれまで通りの生活を送って頂いて構いませんし、特別、作業に関して私達が口を出す事もしません。もし必要とあれば人手の確保や資金の援助をさせて頂く用意もあります」
そして最後に「皆さんを応援したいんです」と王女としてではなく、アイリ個人としての思いを呟く。
他の誰かに同じように言われたら、この申し出はあまりに怪し過ぎて受けないだろう。だが王女ではないアイリという1人の少女の事を知るユウ達は、その言葉が信じるに足るものだと理解出来る。
「ただお受けする前にこちらから1つ条件を出させて頂きます」
「その条件とは何でしょうか」
「毎年、夏に行われます王国祭は当然、ご存知ですよね」
フォーガン王国祭。
それは1年に1度、王都で3日間、開かれる建国を祝う祭りである。
王立魔動研究所をはじめとした各地より選りすぐられた魔動技師工房が、この1年の間に修復した物や造り出した物、これまでに知られていなかった技術などを発表し、国内外に自国の力をアピールする場でもある。
国王はもとより同盟国の国賓なども訪れるので、王立魔動研究所に属さない魔動技師はここで自身の技術力を示し、あわよくば引き抜いて貰おうという人材発掘の側面もあった。
「皆さんの魔動機兵が完成したら、そこで発表して欲しいのです」
ユウ達の造る魔動機兵は、作業用のような用途を限定した魔動機兵では無い。目指しているものは何でも出来るいわば汎用型であり、開発書に書かれてある原型のスペックを実現出来るとすれば、それは作業用の能力を遥かに超えた戦闘用の魔動機兵と言える。
魔動革命が起こり、魔動技術が飛躍的に向上した今でも、戦闘用魔動機兵は未だ完全な修復さえされていない。
もし完成すれば世界初の新規作製の戦闘用魔動機兵となるだろう。
「つまりフォーガン王国は個人工房でも戦闘用の魔動機兵を作り出せると各国に知らしめる事が出来るのです」
この世界の国力は有益な魔動具の保有数で決まると言っても過言ではない。
その最上位に位置する魔動機兵はそれ1つで魔動具10個以上の価値がある。戦闘用となればその価値は更に跳ね上がるだろう。
それが王立魔動研究所以外で造れるとなれば、周辺諸国にとって脅威となり、フォーガン王国も大国としての地位を安定的なものに出来るだろう。
「機会があれば王国祭で発表が出来ればと考えてはおりましたが、王女、いえ王族が関わらなければならない程のことなのでしょうか?」
アイリは口出ししないと言っているが、王族が絡む以上、何かしらのしがらみが生まれる可能性はある。
アイリよりも権力が上、例えば国王が絡んできた場合、アイリにはそれを止められる力は無いだろう。
ユウはその懸念をアイリにぶつける。
「これはまだ一部の者しか知らない事なのですが……」
そこでアイリは一度、口篭る。そして意を決して続く言葉を発する。
「この事を口外しないと信じてお話致します。ここ数年、北方のアルザイル帝国が、我が国の領土に度々侵攻してきています。直接的な被害はまだ出ていませんので、表面上は何事も無いようこの話は伏せられています。ですが、いつ大規模な侵攻が起きてもおかしくない状況です」
平和と思っていた世界が実は危ういバランスに立たされている事実に、この場にいる皆が絶句する。
だがユウだけはある程度内容を予想していたのか、納得したような表情を浮かべている。
フォーガン王国の北西に位置するアルザイル帝国は山岳地帯の谷間に作られた小国である。
大陸の北側、山岳地帯という事もあり、領土の半分近くは、半年以上、雪に閉ざされている。鉱物資源は豊富な地域だが、土地柄、作物の実りは少なく、周辺諸国からの輸入に頼っているのが現状である。
だが魔動王国跡地に隣接している事と豊富な鉱物資源のおかげで、魔動技術は他国より一歩抜きん出ている。
公表はされていないが、魔動機兵の保有数はフォーガン王国を越えているという噂もある。
そんな国が、同盟国では無い、豊富な耕作地のあるフォーガン王国に攻め入ろうと考えるのは自然の理だろう。
逆にこれまで侵略戦争が起こらなかった方が不思議なほどである。
「先程も申し上げた通り、個人で魔動機兵を造り出す事が出来ると公表すれば、アルザイル帝国も手を引いてくれるのではないかと考えています」
戦力の優位性が無くなれば、本当に切羽詰まった状況で無い限り、無用な争いは避けられるだろう。
「これは父王のお考えです。少々遠回り致しましたが、これが王女である私が皆さんの後ろ盾になる理由であり、フォーガン国王の意であるとお考え下さい」
現国王の考えであれば、妨害や突然の路線変更というのは無いと考えて良いだろう。状況を聞く限り、なるべく早く完成させる必要はありそうだが、ユウ達にデメリットは無い。
ユウは居住まいを正し、
「王女殿下。キングス工房魔動技師、ユウ・キングスロウ。そのお話、謹んでお受け致します」
そう告げるのだった。
前回も書きましたが、この第3話は完全にロボットタグ詐欺でした。
次回以降はちゃんとロボット物に路線を戻さなければ…
次回は2/15(日)0:00更新予定です。