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異世界の機兵技師(プラモデラー)  作者: 龍神雷
第3話 謎の美少女
8/62

3-2

 この世界にも季節の移り変わりがある。

 そしてそれはシンが元居た世界の日本とほぼ変わりが無かった。

 春夏秋冬。四季があり、夏は暑く、冬は寒い。

 これがこの国だけなのか、あるいはこの世界全てがそうなのかはシンに知る術はない。

 ユウもクレスも、この国を出た事が無いのでどうなのかは知らないが、別に旅をしているわけでもないので、この国、もっと言えばこの町の天候だけ分かれば、それで十分だった。

 そして山の麓であるヴァルカノの町も冬になり寒くなれば当然、雪が降る。

 今朝は一段と冷え込むなと思いながら起きたシンが窓の外を眺めると、そこは一面の銀世界だった。

 雪が積もったからと無邪気に喜ぶほど子供ではないが、環境汚染がほとんど無いこの世界の雪は、純粋なくらいに真っ白で幻想的であった。

(そうえいばアイリは一体どうしてるかな)

 空から降る雪のような白い肌を持ち、幻想的な雰囲気を持った金髪の美少女に思いを馳せる。

 あの日以降、アイリは一度もこの工房に顔を出していない。

 いや、そもそも町で見かけることすらなかった。

 本当にそんな美少女が居たのかと思うほど彼女の痕跡は無くなっていた。

 確かに幻想的な少女ではあったが、幻ではなかったという証拠に、彼女が着ていたワンピースは綺麗に洗った後、未だにこの工房に保管されている。

 返そうとしても、当の本人の居場所が分からなかったのだ。

 あの時、送っていったはずのクレスも町に入った所で別れてしまったという。

 一目見れば忘れようの無い美貌と特徴の持ち主にも関わらず、いくら探しても見つからなかった。

 そこまできてようやく、彼女がどこかの貴族の娘かなにかで保養目的でやってきたのではないかという結論に至った。

 ワンピースもそれなりに高価な品であったし、そう思って考えれば、彼女の言動や所作もどこかしら上品さがあったように思えた。

 シン達がそう思っているだけで、本当の所は分からない。

 けれどシンは、なんとなく、あのあどけない人形のような美少女にはもう会えないだろうなと思っていた。

 去り際の言葉は今考えれば、完全な別れの言葉ではないか。

 だからこそその言葉は心に深く刻まれた。

 そしてだからこそ、彼女に思いを馳せる。

 自分と似た境遇であろう彼女は、自分が逃げ出したあの辛さを、きっと今も耐えているのだろう。

 儚そうな印象の彼女の心は、自分なんかよりずっと強くそしてずっと逞しい。

 シンの冗談に楽しそうに笑っていたあの笑顔を、頭を撫でた時の嬉しそうなあの笑顔を、今でも忘れないでいて欲しい、そう願っていた。

 そんな物思いに耽っていると、静寂を破るように朝食の支度をしていただろうクレスの声が家中に響き渡る。

「た、大変です。ふ、2人とも、すぐに来て下さい!!」

 何かクレスの嫌いな虫でも出たのかな、などと思いながらも急いで部屋を出る。

 居間から続くキッチンにはクレスの姿は無い。が何やら玄関口で誰かと喋っているような声が聞こえ、そちらに向かう。

 どうやらシンより先にユウは来ていたようで、玄関に立つ革鎧を着た兵士のような人物と喋っている。

「あっ、シン!ようやく来ました。彼がシンです」

 クレスが兵士に紹介する。

 兵士はシンの顔を見て、少しの間を置いてから頷く。

「では改めましてご確認させて頂きます。キングス工房のユウ様、クレス様、シン様でよろしいですね?」

 2人が頷くのを見て、シンは状況も分からぬまま同じように従って頷く。

「このような朝早くに大変申し訳ありません。姫様がどうしても早くに知らせるよう仰られたものですから」

(姫様って何のことだ?)

「それでは本日、夕刻より領主館におきまして行われる晩餐会へ、キングス工房の皆様方をご招待差し上げます」

(領主館?晩餐会??)

 シンの思考が状況に追いついていかない。

「日が暮れる頃にお迎えに上がりますのでご準備の方を宜しくお願い致します。それでは失礼致します」

 用件を伝え終え、兵士は一礼をした後、足早に退去する。

「えっと、何がどうなってこうなってるんだ?」

 兵士が帰った後、シンは2人に説明を求める。

「さて説明といってもどこから説明していいのやら。とりあえず朝食を食べながら話すとしようか」

 腹が減ってはなんとやら。

 状況の流れが速かったこともあるが、確かに脳に糖分が足りないのか、思考が全く纏まっていない気がする。

「そ、そうですね。急な事で忘れてましたけど。すぐに準備しますね」

 クレスが慌ててキッチンへ走る。

 朝食は焼き立てのパンとチーズ、そしてゆで卵入りのサラダだった。雪が降るほど冷え込んでいる上に、脳の糖分を補充する為、飲み物にはホットココアが出される。

 朝食を食べながらユウは説明を始める。

「まずさっき来た兵士はこのヴァルカノ地方を治める領主の遣いの人だ」

 フォーガン王国はそれなりに広い領土を持っている。王都周辺は王族が治めているが、その他の地域はそれぞれ区分けされ、地方領主が治めている。

 地方とはいえ、この周辺で一番大きな町はこのヴァルカノであるため、領主もこの町に住んでいる。町の西側には領主が住み、他の地方領主や王侯貴族が来訪した際には迎賓館として使われる領主館が存在している。

「なんでも昨晩、視察の為に王女様がこの町を訪れたらしい」

 ユウが話した所によれば、今晩、領主の館で開かれる晩餐会に、王女直々にキングス工房を招待したいという申し出があったそうだ。

「うちっていうか、ユウってそんなに有名人だったのか?」

 シンもこの1年半、この工房で働いているが、そんな噂など聞いたことさえない。

 確かにこの町で唯一の魔動工房であるから、領主からの修理依頼を受けた事もある。だが、王族に見初められるような働きをした覚えは……いや、1つだけ考えられる要因はあった。

「一般にはそこまで知られていないと思うけど、多分、ジルグラム核の事で研究所や王族に知られたんじゃないかな?」

 ユウの名前でジルグラム核の作製方法は王立魔動研究所に伝えられている。その後の魔動革命の切欠を作った訳であるから、その名前が知れ渡っていても不思議ではない。

「それで王女様は興味を持ったってわけか。なんか堅苦しそうだし、行かない…って訳にはいかないか」

「そうだね。遣いの人は僕だけじゃなくシンやクレスの名前も知っていたわけだから、もし行かなかったら失礼にあたるだろう。下手すると侮辱罪とか反逆罪で死罪になるかも」

「お~い、さり気なく怖い事言うなって。よし、決めた。俺はボロが出ないように向こうに行ったらほとんど喋らない事にする!」

 シンは変な決意を固める。

「あ、シンの服はどうしましょう?正装なんてありませんよね?」

 クレスの言葉にユウは直ぐに答える。

「祖父のものがあるから、それを着てもらうのが良いと思うんだけど」

 シンの持っている服といえば、この世界に飛ばされた際に着ていた物と、この世界で手に入れた下着と作業服程度しかない。基本的にそれで十分だったのだが、流石に王女に会うのに私服や作業服ではみっともない。というかそんな格好のせいで死罪になっても困る。

「少し仕立て直さないといけないでしょうね。シン、後でサイズを計らせてくださいね」

「ん、了解」

 パンの最後の一欠けらを口に放り込む。

 シンは出された朝食を全て食べ終え、腹は満たされていた。

 だが王女がどのような人物なのかというほんの少しの期待がある以外の全てを埋め尽くすような不安のせいで、その味を感じることはなかった。


 時はあっという間に過ぎ、時刻は夕刻。

 着替えを終えた3人は迎えが来るのを待っていた。

 シンとユウはほぼ同じような服を身に着けていた。

 藍色で統一された制服はどこか警官服のような見た目である。胸元や肩に金糸で編んだ飾り紐があり、ユウが言うにはこれが魔動技師の正装なのだという。

 元々、ユウの祖父が生前使用していた服をクレスによってぴったりのサイズに仕立て直してもらったはずなのだが、キリッとしたユウの姿に比べ、シンの姿は何故かだらしない感じがする。

 どうやらその原因に気付いたのはクレスだった。

「ほら、シン。ネクタイが変ですよ」

 シンはこれまでネクタイなど締めた経験が無かった。

 中学も高校も学校指定の制服は詰襟の黒い学生服であり、冠婚葬祭も学生は学生服で良かったからだ。

 その為、分からないまま適当に巻いて結んだだけのネクタイのせいでユウとの差が出ていたようだ。

 クレスはシンの首に手を回し、一度それを解く。そしてその細い指で締め直してくれる。

 目の前にいるクレスから香水のような良い香りが鼻腔をくすぐり、惚っとした表情でクレスを眺める。

 最近では見慣れたとはいえ、クレスは美人である。

 性格も良いし、食事も美味い。家事全般も一通りこなせる。実家であるパン屋で手伝いをしていても、何人もの男に言い寄られるという。

 そんな彼女が今、自分の直ぐ胸の前にいる。

 普段着ないような胸元の開いた薄緑色のワンピースドレスを身に纏い、首に巻いたストールといつでも出かけられるように長めのコートを羽織っている。

 その為、その胸元が見えないのが少し残念だと思ってしまう。

 髪は結い上げて後頭部で団子状態に纏め、口紅をつけているのだろう、その唇は艶やかで扇情的な赤で彩られている。

 普段と違うクレスの姿に今更ながらドキリとして、自分の頬が赤くなっていないか気になってしまう。

 そんな事を考えているうちにキュッと首が絞まる感覚。

「これで良し!」

 どうやら綺麗に締め直されたようで、芳しい香りが離れていく。シンは残念な気持ちと安堵の気持ちが混じった息を1つ吐いた後、両手で自身の頬を叩く。

 これから王女に会いに行くのだ。

 浮かれた気持ちではいけない。

 死罪とまではいかなくても失礼が無いようにしなければいけない。

 シンは自分にそう言い聞かせ、気を引き締める。

「まだ領主館にも着いていないのに、今からそんなに気負い過ぎてると逆に失敗するぞ」

 そう言うユウも机の上を指でこつこつと叩いて落ち着かない様子だし、クレスはさっきから立ったり座ったり、時にはシンの世話を焼いたりと落ち着きが無い。表情や言葉には出さないが、2人もそれなりに緊張しているようだった。

 実際の時間は数分だが、彼らの体感時間では数十分にも数時間にも感じられた時間が過ぎた頃、ドアをノックする音が聞こえる。

 クレスが玄関の扉を開けると、そこには朝、報せを伝えに来た兵士が姿を現す。

「お迎えに上がりました。ご準備の方は宜しいでしょうか?」

 3人は揃って頷く。

「それでは馬車を待たせてありますので、そちらにどうぞ」

 兵士に促され外へ出ると、そこに待っていたのは豪華な馬車だった。それも外気を遮断し、内部の温度を一定に保つ密閉型の豪華な馬車である。

 更にそれを引く馬は、馬の姿を模してはいるが、普通の馬の2倍くらいの大きさがあり、胴体も頭も金属で出来ている。4つの足の代わりに車輪が付いた魔動機馬であった。

「なんかスゴイ厚遇っぷりだな」

 騙されているのではと思うくらいの待遇の良さに3人の緊張度が増す。

 そして時間が経つに連れ、彼らの緊張度はどんどんと高まり、領主館に到着した頃には誰も声すら出せなくなっていた。

 領主館はヴァルカノの町の西側、主に貴族や豪商などの一部の富裕層が住む一角にある。

 周囲と同じようなレンガ造りの高い塀で囲まれ、工房が2つ近く入りそうな庭を越えた先に、本館がある。

 兵士はそこまで案内し、本館にいるメイド服姿の侍女に後の案内を任せると、3人が本館に入り、その姿が見えなくなるまで頭を下げたまま見送る。

「こちらでお召し物をお預かりいたします」

 本館入口で侍女にそう言われ、シン達はコートを脱ぎ、手渡す。クレスは緊張のあまり、うっかりストールまで渡してしまい、隠すものの無い胸の谷間が自己主張をしている。

 だがシンやユウ、そして当の本人のクレスでさえ、そんなことも目に入らないくらい緊張していた。

 侍女の先導で高価そうな壷や調度品が等間隔で並ぶ毛の長い絨毯で覆われた通路を進むと豪華な扉が見えてくる。

 扉の前に控えていた侍女がゆっくりと扉を開ける。

 そこは工房ほどもある広さの部屋だった。

 天井には大量の『ライト』が使用されたシャンデリアが下がり、左奥の角には2段ほどの階段状の台があり、様々な楽器が並べられている。

 持ち上げるのも大変そうな木造りのテーブルがいくつも周囲に設置されており、その代わりに中央部はガランとした空間となっていた。そこは絨毯ではなく床張りになっている事から恐らく舞踏会が開かれる場所なのだろうと推測出来る。

 だがそれだけの広い空間にはシン達3人以外は誰もいなかった。

 晩餐会と聞いていたし、迎えも来たのだから間違いは無いはずなのだが。

 3人はこれまでの緊張はどこへやら。目の前の光景に逆に意味で唖然としてしまう。

 まるで狐にでも化かされたような気分でいると背後から誰かが駆け寄ってくるような足音が聞こえる。

 シンがそちらへ顔を向けようとした瞬間、

「シンさん、お久しぶりです!」

 そんな少女の声と共にシンの胸に何かが衝突する。

 突然の襲撃に身体を支える事が出来ず、思わず尻餅をつくシンの身体の上には小柄な少女が乗っていた。

「「「あっ」」」

 身体を起こした少女の顔を見た瞬間、3人は同時に声を上げる。

 白い肌に透き通るようなふわっとした金髪。大きな瞳に小さな小さな鼻と口。

「ア、アイリ……なのか?」

 突然の再会にシンは言葉を失う。

 そこへ入口から眼鏡を掛けた1人の侍女が現れ

「姫様。殿方にいきなり抱きつくというのは、はしたないですよ」

 呆れた様な口調でそう口にする。

「ひ、ひめ…さ……ま?」

 誰の事を言っているのか。

 いや、既にシンには分かっている。

 この場で姫と呼ばれそうな人物は1人しかいない。

 頭では分かっているつもりだが、その言葉と彼女と過ごした記憶が結びつかない。

「今は公務外……と言ってもあなたは聞き分けてはくれませんよねぇ。仕方ありません」

 金髪の美少女はシンの上から降りる。

 フワリとフリルを何層も重ねたような白いドレスが舞い上がる。

 首には拳ほどの大きさの半透明の緑色の宝石が嵌った首飾りをしているが、肌とドレスの白に映え、下品さが感じられない。

 カツカツとダンスホールの床を鳴らしながら部屋の中央へ進む。

 腰まである緩くウェーブのかかった透き通るような金髪が揺れ、3人へ大きな金色の瞳を向ける。

 そして人形のような小さな口から、最大限の威厳を込めて告げる。

「私はフォーガン王国第3王女、アイリッシュ・ミレイユ・ラ・フォーガン。皆さん、改めて宜しくお願い致します。あ、呼び方は今まで通りでお願いしますね。そうじゃないと死罪にしちゃいますよ♪」

 その表情は、彼らの知っているアイリの笑顔そのものであった。

なんかそろそろロボットタグ詐欺と言われそうな程、ロボットが出てきませんね。


さてストックが溜まって来たので暫くの間、更新速度を週2に上げたいと思います。

そんなわけで次回は2/11(水)0:00に更新予定。

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