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異世界の機兵技師(プラモデラー)  作者: 龍神雷
最終話 未来を紡ぐために
62/62

20-2

 白一面の世界。

 重い瞼を無理矢理こじ開けて、ようやくぼんやりと見えたのはそれだった。

(これが死後の世界ってやつなのかな?)

 なんとなくそんな事を考えている内に徐々に意識が明確になっていく。

 次第にそこが現実の世界だという事に気付き始める。

 白く見えた世界は清潔感漂う白い天井。

 鼻孔にはこの場所独特の消毒用アルコールの匂い。

 耳に聞こえてくるのはピッピッピッという定期的な電子音とカチカチカチという時を刻む音。

「……びょ…う……いん……」

 まるで自分の口から発せられたとは思えない程掠れた声。

「…し、慎太郎?!」

 ベットの側に居たのだろう女性が、発した声に反応して自分の顔を覗き込んでくる。

 そこには懐かしい女性の顔があった。

 いつも澄ましたクールで整った顔が今は、目元を歪めて今にも泣き出しそうな表情をしている。

「……ねぇ……さ…ん………」

「喋らないで!今、先生を呼ぶから!!」

 普段から冷静で大人な姿しか見た事が無かったのに、今の彼女はみっともないくらいに慌てふためいている。

 そんな姿を見るのは初めてだった。

 そして朦朧としていた意識がはっきりとして来た時にようやく理解する。

(そっか…こっちの世界に戻って来ちまったのか………)

 シンは…竜胆慎太郎は元の世界に戻って来たのだと。


 

 *



 今から半年前。

 駅前で路線バスが横転するという事故が起きた。

 歩道に乗り上げたバスは休日で賑わっていた駅前の歩行者を次々と轢き、横転した。

 原因は運転手の急性心筋梗塞による事故。

 重傷者14名、軽傷者24名。重傷者の内、2名が意識不明。

 バスの運営会社の発表では運転手は数ヶ月前に会社側で行った健康診断でも異常は見つからず、通院も服薬もしていなかったという。

 運営会社が被害者に対して、謝罪し、いくらかの賠償金が支払われた時点で、この事故のニュースは他の報道の中に埋もれていった。

 だから半年も経った今、事故の影響で目を覚ます事が無かった2人の意識が戻った所で、それを喜び、その感情を共有する者はその親族だけだった。


 慎太郎は病院の屋上から暮れる夕日を眺めていた。

 意識を取り戻してから約1ヶ月。

 彼は1日の大半をこの病院で過ごしていた。

 半年も寝ていた為、全身の筋肉が衰えて歩く事もままならず、リハビリをしていたからだ。

 ようやく松葉杖をついてだが歩けるようになった為、来週からは退院して通院療養となる予定だった。

「やっぱり夢だったんだろうな……」

 夕日の更に向こうを遠く見つめながら慎太郎は自分に言い聞かせるように呟く。

 異世界に飛ばされて巨大なロボットを造り、それに乗って戦う。

 ライトノベルのようなありふれたテンプレートみたいな内容の出来事が実際に自分の身に起きたなど、ありえないとここ最近では思うようになってきていた。

 記憶は鮮明に残っている。

 目が覚めてから暫くは、あれが実際に起きた出来事だと疑う事は無かった。

 だが姉や母から話を聞けば、事故当時からずっとこの病院で眠り続けていたという。

 それに向こうの世界では2年以上の月日が過ぎていたが、こちらでは半年という時間のズレもある。

 それに向こうの世界では意識せずとも使えていた並列思考も機能していない。

 そして何より物的な証拠が全く存在しない。

 それらの事があの世界の全ての出来事が自分が作り出した都合の良い夢だったのではないかと思えてくるのだった。

「そりゃ、そうだよな……こんな地味で冴えない俺が4人の女の子とハーレム状態な上に、最強のロボットに乗って命を懸けて世界を救うだなんてさ……」

 しかしクレス、アイリ、フィル、ユウ、ミランダ、ソーディ、アークス、アドモント……そしてガイア。

 彼ら彼女らとの2年間の思い出を思い返すと、例えそれが夢で、無意識に自分が作り出した幻想だったとしても自然と涙が流れてくる。

 それほどまで濃密な時間だったのだと実感する。

「…シン……くん…………」

 突然、背後から掛けられた声に慎太郎の胸がドキリと跳ね上がる。

 その声に。

 その呼び方に。

 振り返るとそこには同じバス事故に遭遇し、自分と同じように半年間、目を覚まさなかった同級生の姿があった。

「シー……委員長か……」

 慎太郎はシーナと呼びそうになって思い留まる。

 夢の中で彼女とも良い仲になっていたが、それは慎太郎の夢の中の話であって現実では無い。

「リハビリは順調?」

 慎太郎は高鳴る心音を抑えながら、かつて同級生として接していた時と同様の態度で接する。

 男女の元々の筋量の差なのだろうか、同級生の水上椎那は未だ車椅子だった。

 同じ病院だという事は知っていたが、リハビリの時間が異なっていたのか、今の今まで会う事は無かった。

「うん。でも後2週間くらいは退院出来ないって。シ…竜胆くんはもうすぐ退院なんでしょ?」

「ああ、うん。来週の月曜に……」

 その言葉を最後に2人の間に沈黙が訪れる。

 慎太郎はその沈黙に耐え切れず、視線を再び夕日に向ける。

 太陽はもう半分以上が沈んでいる。

 後数分もしないうちに完全に日は暮れるだろう。

「それじゃ、俺。もう行くから……」

 慎太郎は椎那に背を向けて歩き始める。

「……夢なんかじゃないから………」

 その背中に椎那の声が突き刺さり、慎太郎は足を止める。

「あの世界は夢なんかじゃない!!ううん、もし夢だったとしても私の気持ちは変わらない!!竜胆く…シンくん!!あなたは私の希望なんだからっ!!」

 椎那の…いやシーナの心の叫びに慎太郎は…シンは溢れる涙を堪え切れなくなる。

 車椅子のタイヤが軋む音が聞こえ、直後にシンの背中に温かく柔らかいシーナの手が触れる。

「この世界には私しか居ないかもしれない!けどクレスさんもアイリさんもフィルさんも…ずっとここに居るよ。彼女達の想いはずっとシンくんの中にあるんだよ!」

 シンの瞳からは止めどなく涙が溢れている。

 あれほどリアルで苦しくて切なくて…でも楽しくて嬉しくて愛しかった世界と存在が夢なんかであるはずが無かった。

 あんな事は現実ではありえないただの妄想だと言い切られるのが怖かった。

 だから誰にも言えず、誰にも明かさず、夢だと思い込もうとした。

 けど、シーナの言葉で夢だと思い込まなくても良いのだと、あれが現実の事だったと信じていいのだと、そう思う事が出来た。

「…あ…ありがと……シーナ………」

 シンは震える声でそう呟くのが精一杯だった。


 あの世界が、彼女達がその後どうなったのか、今のシンが知る事は出来ない。

 ただ無慈悲に絶望を振り撒く死神は爆発し、絶望の象徴たる悪夢の存在は全て消滅した。

 だからシン達、資格者は役目を終え、元の世界に戻って来たのだろう。

 絶望も人の望みの1つである以上、完全に絶望というものが無くなる事はないだろう。

 けれど絶望の中には必ず希望が宿る。

 それはきっとあの世界を希望に満ちた未来に導くと信じている。

 人には絶望に屈しない強さがあるはずだから。



 *



 10年後。

 とある研究所に白衣を来た男女が目の前にそびえる巨大なものを見上げていた。

「もうそろそろ完成ね」

 女性は嬉しそうに隣の男性の顔を見つめる。

「ああ。しかしこうやって自分の手で1から造ってみると、本当にユウって凄かったんだなぁ」

 女性――シーナの肩に手を掛けて抱き寄せながら、男性――シンは呟く。

 2人が見つめる前には金属の鎧で覆われた白銀の巨人がそびえ立っている。

「そうね。プラモデルを作るのとは全然違うもんね。それにしても、もし今日の起動実験に成功したら、シンくんは2足歩行ロボットの権威とかって呼ばれちゃうのかしら?」

「ははははっ。さぁ、それはどうだろうなぁ。随分前から人型ロボットは造られてるし、ヨーロッパの方では近々、災害救助用ロボットの試験運用が始まるって噂もあるし、アメリカじゃ秘密裏に軍用ロボットが造られているって言われてるからな~」

 事故のせいで高校を1年留年したシンは高校卒業後、アメリカの有名工科大学に進学し、そこでロボット工学を学んだ。

 あの世界程ではないが、意識して行う事で並列思考も使えるようになり、あっと言う間に学んだ事を吸収していった。

 大学卒業後、気が付けば国際的にも有名な電子会社にスカウトされ、今では人型ロボット研究の主任という立場にまでなっていた。

 この世界で得たロボット工学の知識とあの世界で得た魔動機兵の知識を融合させ、遂にここまで辿り着いたのだ。

「竜胆主任!そろそろ起動実験を開始します!モニタールームまでお越し下さい」

 シンはスタッフの1人に手を上げる事で応える。

「あっ、そうだ、シンくん。この機体の名前って……」

 モニタールームへ向かう最中、シーナは分かり切っていると知りつつもつい尋ねてしまう。

 そしてシンも当然とばかりに、絶望を乗り越え、希望ある未来への扉が開かれる事を願って、その機体の名前を告げる。

「当然!こいつの名前は――」

 白銀に輝く巨人が見下ろす中、2人の姿は扉の向こうへと消えるのだった。


 

 異世界の機兵技師  完











































































あら?あなた。まだいたの?

クソ生意気なガキも偉そうなババアもブタみたいに煩い男も皆、元の世界、元の時代に戻ったわ。

後は私達の中で唯一のただの傍観者だったあなただけ。

え?私?

私は元々この世界の人間だもの。消えていなくなったりなんてしないわよ?

ああ、そうそう。

折角だし、向こうの世界に戻る前に少しだけ話をしてあげましょう。

私は転移者じゃなく転生者。

前世が向こうの世界でその頃の記憶も持ってる。だけど生まれたのはこの世界。

だから悪夢が全て消滅しても私だけはこの世界に居続けられるの。

それにしてもあの子はよくやってくれたわ。

こんなに早く悪夢がこの世界から消えるなんてね。

おかげでこの世界は新たなステージに昇る事が出来るの…ってあら?身体が薄くなってきてるわよ?そろそろ時間切れのようね。

それじゃあ、最後にもう1つだけ。

この世界に悪夢も資格者も居なくなったわ。

だけどあの子と共に死神が爆発した事で世界には希望と絶望が降り注ぐ事となった。

その結果、世界は希望と絶望に満たされて新しく生まれ変わるの。

と言ってもそんな大きく変わる訳じゃないわ。

まぁ、この世界から居なくなるあなたに、この変化がどういうものか教えても意味は無いから説明はしないけどね。

さて、そろそろ本当にお別れのようね。

うふふ、最後にあなたとお話出来て良かったわ。

もう会う事は無いでしょうけど、もし何かの偶然で再会する事があったら、その時は仲よくしてね。

それじゃあ、さようなら。

あなたに良き悪夢が訪れますように…………

これにて異世界の機兵技師は最後となります。

勢いだけで書いて約1年。

ここまで駄文に付き合って下さった皆様、本当にありがとうございました。

こちらは完結となりますが、一応、同じ世界を舞台にした次回作も構想中ですし、未だ連載中の別作品もございますので、今後とも宜しくお付き合い頂ければ幸いです。

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