20-1
黄金に輝きを放つ光と全てを吸い込もうとする漆黒の闇が、お互いにせめぎ合い、覆い尽くそうとして交錯する。
やがてその2つは混じり合い、光輝く闇という現実には絶対に存在しえないものへと変化していく。
その光輝く闇を見据えながら、シンはこれで本当に全てが終わった事を確信する。
イルミティの悪夢の力は殆ど失われ、それに伴い再生力も失われて、収まり掛けていた浄化の炎が再燃する。
炎は背中を伝って手足へと巡り、やがてイルミティの全身を覆っていく。
ルシフィロードは輝きを失って元の姿に戻ったカタナをコアから引き抜き、少しだけ後ろへ下がると、炎はまるでそれを待っていたかのように光輝く闇色のコアを覆い、これでイルミティの全身は全て炎に包まれた。
気が付けば炎は赤から金に変わり、最後には輝く闇色へと変わる。
赤き炎はイルミティの全身を炭のように黒く焦がしていく。
金色の炎は炭化したイルミティの頭を腕を足を、端から灰に変えて、そして、コアをも灰に変える。
黒く輝く炎はその灰さえも燃やし尽くす。
先程まで絶望と死を振り撒いていたはずの存在は、まるで夢だったかのように、その存在を世界より消した。
遥か遠い過去の時代から存在していた魔動殲機“イルミティ・ディノーグス”と、遥か遠くの地球という異世界からの来訪者であるガイア=ギースの存在と共に。
本当にこれでガイアは幸せだったのだろうか。
死ぬ事が本当に希望だったのだろうか。
今になってシンは思う。
彼の絶望を共有したから、その方法が最善であり、彼の望みだったのは間違いないだろう。
絶望の塊である悪夢が完全に消滅した事からも、死こそがガイアの希望だったのは間違いは無いだろう。
しかしシンの胸にはやりきれない思いが溢れていた。
死以外に本当に希望は無かったのだろうか。
だが、その問いに答える者はもういない。
シン自身がその手で貫いたのだから。
「シンくん……」
シーナが心配そうな表情でシンを見つめる。
いやシーナだけでなく、クレスもアイリもフィルも同じようにシンを見つめている。
シンの瞳から一滴の涙が流れていたから。
ガイアは自らの希望の為だけに、全ての世界を絶望に満たそうとした。
そんな人間に対してもシンは死んだ事に悲しみ、涙を流す。
そしてきっと抱え込むのだろう。
人を殺したという自身の罪を。
ドゥマノの時と同様に。
「シンくん……あなたの罪は私達も背負う。だから……」
4人がシンの悲しみと罪を共有するかのように、涙を流し、シンの胸に顔を埋める。
「ありがとう。皆……」
シンも4人を抱き返し、そしてそれぞれから借りていた力を返していく。
クレスにルビーハートの指輪を、シーナにサファイアオーシャンのイヤリングを、アイリにエメラルドティアーのネックレスを、そしてフィルにはシンが持っていた名の付いていないしダイヤモンドの魔動輝石を渡す。
まるで形見分けをするかのように。
「え?シン?これって??」
困惑するフィルにシンは笑顔を向ける。
「1人だけ何も無しじゃ、不平等だろ?」
そんな言葉では納得出来るものではないが、シンの顔からは有無を言わせない迫力が感じられた。
「…悪いな、皆。これでサヨナラだ」
シンの言葉の意味を理解する間も無く、シンが虚空に描いた転移の魔動陣が黄金の輝きを放つ。
「おっと、そのままじゃヤバいな」
魔動陣が発動する瞬間、ルシフィロードを構成した時と同様に魔動力を物質化してシーツのような布を生み出し、4人の身体を覆う。
次の瞬間には、4人は魔動陣の輝きに吸い込まれ、姿を消した。
瞳を閉じ、歯を食い縛って、愛する者と別れる苦痛の想いを断ち切る。
シンにはまだやらなければなれない事がある。
そしてそれは命の危険がある。
いや、命を賭す覚悟でやらなければならない事である。
そんな事に彼女達を巻き込む訳にはいかなかった。
だが、この事を言えばきっと彼女達は一緒に付いて行くと言うだろう。
だからシンは有無も言わせずに実力行使で彼女達を飛ばした。
彼女達愛する者を守る事、そして彼女達が生きて未来を紡いでいく事。
それがシンが求めた本当の希望だから。
「これで見納め…かな……」
最後に彼女達を飛ばした観客席の一角に視線を送り、その姿を目に焼き付ける。
この世界で初めて出会った、年上のようであり、年下のようでもあるクレスの姿を。
年下なのに王族としての威厳があり、けど少し我侭でドジな妹みたいなアイリの姿を。
少年のように純粋に魔動機兵を愛し、悪戯好きで子供っぽく、でも純真なフィルの姿を。
そして4人目に目を向けようとした所で、その人物が居ない事に気付く。
だがすぐに何処に居るのかが分かった。
なぜなら……
「全く……シンくんの行動なんて手に取るように分かるんだからね」
背中に覆い被さるように軟らかさが包み込み、その耳元に声が囁かれる。
「え?シーナ?!なんで、ここに!?」
転移魔動陣は発動した。それは確実だ。
現に3人はシンが指定した場所へと転移している。
「忘れて貰ったら困るんだけど、私も資格者なのよ?それにシンくんが悪夢化した時に皆をここに転移させたのは私なんだから」
シーナはどこか得意そうな表情で説明を始める。
「この空間は魔動力で満たされている。だから本来資格者では無いあの3人にも魔動陣を発動させる事が出来たし、今のシンくんのように魔動輝石を身に付けなくても魔動力が使える。だから出来ると思ったんだよね。転移魔動陣を打ち消す事が。まぁ、結局は完全には打ち消せなくて、私を対象に外し事しか出来なかった訳だけど」
「全く……俺の想いを無駄にしやがって……」
シーナがそんな方法を使えるとしたら何度やっても同じ事だろう。だからシンは彼女に関してだけは安全な場所へ逃がすという方法を諦めるしかなかった。
「これは男女の考え方の相違ね。ドラマとか映画でも男って、よくヒロインを置いて何も言わずに最後の決戦とかに向かうけど、あれってやっぱり男の願望って奴なのかな?」
愛する者が待っているから必ず生きて帰る、というシチュエーションは日本のアニメとかでは完全な死亡フラグだが、海外の映画などでは意外と生存フラグであり、よく使われるシチュエーションだ。
男としては確かに一度くらいはやってみたいと思った事があるだろう。
「あれって女の立場から見たら微妙なのよね。首尾一貫、最初から最後まで完全に守られる弱いヒロインならそれも許せるんだけど、その場面に至るまでに結構、一緒に戦ったり、大変な目を乗り越えて来てる場合だと、なんで最後だけ?って思っちゃうのよね」
そこまで言われればシンとしてもシーナが何を言いたいかは分かる。
彼女達は既に命の危険を顧みず、悪夢化したシンを助け出しに来た。
そして共に悪夢に立ち向かい、それを撃ち滅ぼした。
彼女達の気持ちを考えれば、シンの取った行動は裏切りに等しい。憤りを感じるのは当然だろう。
「俺がこれから何をするか分かってて残るって決めたのか?」
これからシンがしようとしている事に彼女が気付いているだろう。
だが敢えて尋ねる。
「うん。分かってる。多分、生きて帰れないだろうって事も。だからこそ私は一緒に行きたい。連れて行って欲しいの!シンくんの存在が私の希望なの。もしシンくんが居なくなったらきっと私は生きていけないから……」
シーナはこれまで口に出して言えなかった想いをぶつけるかのように言葉を続ける。
「クレスさんにはシンとの子供という希望がある。アイリさんは王女としての使命がある。フィルさんには魔動技師としての道がある。けどこの世界の人間じゃない私にはシンくんの存在以外、何にも無いの……ううん、元の世界でも私にはやりたい事とか将来の夢なんて何も無かった。ただ優等生を演じて良い成績を取って、体面ばかり気にして、周りから悪く見られないようにしていただけ。けどシンくんは私の醜い部分や汚れた部分さえも全て受け入れてくれた。こんな事を言うのは自分でも重いって分かってるし、依存し過ぎてるって分かってる!けど今の私にはもうシンくんしか…シンくんしか居ないの……」
シーナがシンの存在そのものに希望を見出したのは、彼女だけの責任とは言えない。
悪夢から救い出す際にシン自身が彼女の希望になると決めたのだ。
「ああ、そうだったな…」
背中を流れ落ちる温かな水滴を感じながら、シンは自分の愚かさにうんざりする。
全て分かっているつもりで、その実、何も分かっていなかった。
シーナにとってシンの存在がどれだけ重要か。
ガイアが死ぬ事を希望にし、生きている事を絶望だと感じていたのと根本は同じなのだ。
ただ生と死が逆転しているだけ。
シーナにはシンの生きる世界が希望であり、シンの居ない世界は絶望でしか無いのだ。
シンと共に生き、シンと共に死ぬ。
それがシーナが真に望むもの。
「よし!そんじゃ最初で最後の婚前旅行に行きますか!」
重たくなった空気を振り払うようにシンは努めて明るい口調で言い放つ。
それに呼応してルシフィロードは翼を広げ、一気に空高く舞い上がる。
「こここ婚前旅行って……もう……もうちょっと言い方があるでしょうに……」
背後から抱き付かれている為、シーナがどんな表情をしているかは分からないが、背中に感じる温もりだけでシンには十分だった。
「シンくん。あの光ってやっぱり……」
雲の上まで上がったルシフィロードがゆっくりとこちらに向けて飛んでくる光を捉える。
それは最も凶悪で最も残酷で最も無慈悲に死を振り撒く絶望の根源。
「ああ。あれが死神――核ミサイルだ。そして父さんが感知していた悪夢の最後の1つだ」
悪夢化したイルミティと戦っている最中から、シンはその存在に気が付いていた。
自分達のいるこの王都フォーガンに向けて近付いていた事を。
「シーナ。爆弾の処理方法なんて……」
「わ、分かる訳無いでしょ!」
「だよな~。ってことはやっぱ、影響の無い場所で破壊して爆破するしかないって事か……」
そしてそれを実行すれば、いかにルシフィロードでもその爆発には耐えられないだろう。
「ここではダメ!いくら周りに何も無くても、放射能に汚染された大気が街に降り掛ってしまう!」
「それに魔動王国を一瞬にして跡形も無く滅ぼすくらいだから、その威力や範囲もかなりのもの……あっ、そうか!魔動王国なら…シーナ!魔動王国跡地は分かるな!」
「え?うん。帝国に居た時に地理は習ったから」
「ならナビを頼む!魔動王国を滅ぼしたのは死神だ。なら同じ所に落としてやればいい!!あそこは今でも誰も近寄らない不毛の地らしいからな。フォーガンの上空で爆発させるよりは被害は少なくて済むだろう!」
魔動王国跡地はフォーガン王国より更に西にある。
都合の良い事に死神は東から飛んで来ている為、軌道を少しずらしてやるだけで、魔動王国跡地の方へ向かうだろう。
間近まで迫って来た死神との相対速度を合わせ、ルシフィロードが慎重に抱える。
黄金の輝きを放ち、白と黒の翼が羽ばたく。
下降に向かっていた角度が僅かずつ浅くなっていく。
この高さであれば角度が1度ずれるだけでも、目標は大きく逸れる。王都への直撃はこれで避けられたと考えられるだろう。
だが今のままではまだ影響は王都に出るだろうし、下手をすれば近隣諸国に落ちてしまう。
気を抜かず、更に水平方向へと傾ける。
「シンくん!魔動王国跡地が見えて来た!!けどもっとずらさないと!!」
シーナが叫ぶと同時にシーナが脳裏に描いていた地図が壁面に映し出され、爆心地と思われる場所にバツ印が表示される。
その間にも見る見るうちに地面が迫ってくる。
「まだだ!この世界の絶望はここで全て終わらせる!!クレス達の!俺の子供が生きる未来を!!希望ある世界にする為に!!!」
シンが全ての力を振り絞って黄金の魔動力を放つ。
直後、音も色彩も失った白い世界にルシフィロードは包まれる。
シンとシーナは互いに抱き締め合いながら、白い世界に包み込まれていった。
最終話その1。
本当は19話の4回目にしようかと思ったのですが、思ってた以上に長文&最終話が微妙な文量になりそうだったので、こうなりました。
次回は本当に本当の最終回。
12/20(日)0:00に更新します。




