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異世界の機兵技師(プラモデラー)  作者: 龍神雷
第19話 希望と絶望の本当の意味
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19-3

 勝負は決した。

 防御の要の回転盾は両肩とも失われ、攻撃の要である大剣は右腕ごと背後の地面に突き刺さっている。

 目の前には膝と残った左手を地面につき、力無く項垂れているイルミティの姿がある。

 絶望に固執していたガイアに対し、シンは絶望の真の意味を突き付けた。

 絶望という名前の希望だった。死が希望だった。

 普通そんな事を言われてもすぐには納得は出来ない。

 だが心の奥底でそれを感じていたのだろう。

 だから今、ガイアは強く反論する事も出来ず、無防備な状態でルシフィロードの前に居る。

「終わった…んですね」

 隣で寄り添うアイリがホッと息を吐く。

 目立ったピンチも無く、衝撃も殆ど感じなかったルシフィロードの操縦席に居たのだが、戦闘という独特な緊張感と雰囲気は、戦い慣れしていないアイリには、極度な緊張を与えていたのだろう。

「ああ。後はこいつ次第だと思うけどな」

 アイリの吐息で戦いの緊張が解れ、シンも大きく息を吐く。

「さぁ、終わった事だしシン!早速子作りしようよ!!」

 緊張感の欠片も持っていないフィルがその小さな胸を押し付けるように抱きついてくる。

 もう彼女の頭の中はピンク色に染まっているようだ。

「ちょ、ちょっと、はしたないですよ!」

 クレスが口ではそう窘めるが、言動と行動は一致しておらず、フィル同様に胸を押し付けて抱きついてきている。

「シンくん!」

「え、あ、うん。そうだね。ほら、こういうのは戻ってから……」

 シーナに怒られそうな雰囲気だと思い、シンはなんとか自制心を働かせる。

「違う!そうじゃなくて…いえ、それはそうなんだけど……って、そうじゃなくて!まだ終わった訳じゃないって!!」

 シーナの言葉にシンは緊張感を取り戻し、改めて目の前に跪くイルミティに視線を向ける。

「避けて!!」

 シーナがそう言うより早く、シンはルシフィロードを大きく飛び上がらせる。

 その足元を掠めるように黒い錐状のものが貫く。

「くそっ、あの馬鹿野郎が!!」

 シンは舌打ちして眼下のイルミティを見下ろす。

 失われたはずの右腕の先から伸びる闇色の槍。そしてその闇色はイルミティの全身を覆い尽くす。

 イルミティは元々の真紅と合わさって、禍々しい赤黒い姿へと変貌している。

「そんな…悪夢化……なの………」

 クレスが呟くが、それはこれまでの悪夢化とは様相が違っていた。

 原型は元々の機体の姿を模してはいるが、これまでの枯木のような手足とは違い、闇色に蠢く触手が螺旋状に絡み合ったような手足であり、まるで人間の筋肉のように見える。

 その頭部は悪夢化したシルフィロードと同様、禍々しい髑髏に変わるが、その髑髏も赤黒い。

 そして極め付けが胸部にあるコアだった。

 シーナの時もシンの時も、胸部のコアは血が詰まったような真っ赤な球体であったが、今目の前にあるコアは、全てを飲み込む虚無の様な漆黒。

 一目見ただけで発狂してもおかしくない絶望のオーラを放っていた。

 ルシフィロードから発する希望の輝きが絶望を中和しているおかげで、発狂者は出ていないようだが、禍々しい絶望はどんどん強まっている。

 その内、中和し切れなくなる可能性はあるだろう。

 魔動殲機が悪夢化したからなのか、ガイアが長い間、心の底に絶望を溜め続けた結果なのかは分からない。

 だがその力がルシフィロードと同等かそれ以上である事をシンは肌で感じていた。

 イルミティの背中側から伸びた闇色の触手が背後に突き立っていた大剣を掴み、引き寄せる。

 手元に引き寄せた時にはそれまでよりも更に長大になった漆黒の大剣へと姿を変えていた。

「もう後には引けない…か」

 シーナはシンという希望によって悪夢からの生還を果たした。

 シンは愛する者への希望、そして愛する者からの希望により、絶望の底から救い出され、悪夢から生還しただけでなく、絶望と悪夢の真の意味を知り、覚醒を果たした。

 だがガイアはといえば、その希望は死だ。

 希望によって悪夢からこの世界に生還するという事は、つまりは死を意味する。

 死という希望を見出したが故に、ガイアは生きて絶望を乗り越える事も受け入れる事も出来ない。

 彼にとって生きている事自体が絶望だったのだ。

 だからその希望を求めて無意識の内に死に場所、そして殺してくれる相手を探し求めたのだ。

 アルザイル現皇帝のフォルテに近付いたのも、平定者の少年を受け入れたのも、わざわざシンを挑発したのも、全ては自身の希望を満たしてくれるのではないかと、自分でも知らぬ内に思っていたからだ。

 恐らく世界を絶望に満たすというのも、その過程の何処かで誰かに殺して止めてもらうか、絶望によって生まれた悪夢に殺される事を望んでいたからなのかもしれない。

 この世に希望が無いというガイアの言葉は間違いではなかったのだ。

 彼にとってこの世に生きている限り、希望は存在しないのだから。

 生きていれば希望はあるなんて言葉は詭弁でしか無い。

 その事を理解しているのは、きっとこの世界にはシンしかいないだろう。

 この世界で唯一、ガイアの絶望を共有した者だから。

 ならばシンがやる事は1つしか無い。

 そしてシンにしかそれは出来ない。

「ガイア!お前の希望は俺が叶えてやる!!」

 ルシフィロードが大きく翼を広げ、カタナを構える。

「俺がお前を絶望の底から救い出してやる!!!」

 ルシフィロードが空を駆ける。

 ガイアの希望を叶える為に。

 ガイアに希望()を与える為に。



 *



 世界の理を越えた存在である2機が交錯し、衝突する毎に大気が震え、大地が揺れる。

 カタナと大剣が火花を散らしてせめぎ合う。

 元の機体性能に影響を受けているのか、力ではイルミティが、速さではルシフィロードがそれぞれ勝っている。

 まともに打ち合えば力負けするルシフィロードは、速さを生かして手数で勝負する。

 イルミティが大剣を振るう。

 ルシフィロードは地面スレスレまで身を低くして、その一撃を掻い潜り、目に見えぬ程の速度で斬撃を繰り出す。

 傍から見ればカタナを1度振っただけに見える。

 だがイルミティの赤黒い鎧甲には無数の斬り傷が刻まれる。

 しかしこの程度では掠り傷にもならない。

 ルシフィロードが態勢を立て直して、カタナを構え直した時には、傷の付いた鎧甲は闇に覆われ、瞬く間に修復されている。

 もっと強力な一撃を与えなければいけないというのは理解している。

 しかしイルミティの背中と肩から伸びた闇の触手が、致命打となりえる攻撃を的確に受け止め、逸らし、跳ね返す。

 手数で攻めるルシフィロードに対し、イルミティは正しく手の数を増やして対応しているのだ。

 そして触手は徐々にその数を増やしていく。

 ルシフィロードが唯一勝っていた手数が互角になり、劣勢へと追い込まれていく。

「くっ、押される……」

 攻撃ししていたはずのルシフィロードはいつの間にか防御に回り、じりじりと後退を余儀なくされる。

「そうだ、シン!あれを!!」

 フィルが指さす方に一瞬だけ視線を向けると、そこには壮絶な戦いを見守る事しか出来ずに立ち尽くしているユウの乗るゼフィールが居た。

「そうか!あれならっ!」

 ゼフィールには今、ルシフィロードが振るっているものと同等のカタナを備えている。

 それを手に入れて二刀流になれば、手数は単純に倍になる。

 だが、イルミティの猛攻はその隙を与えてくれない。

「私に任せて!!」

 シーナはそう言うと流れるように指を動かし、空に青い光で物質転移の魔動陣を描く。

 人を転移させるものと違い、こちらは難無く発動する。

「シンくん、いくよ!!」

 シーナの合図と共にカタナの収まったゼフィールの水平翼が青い光で包まれる。

 次の瞬間、もう一刀のカタナはルシフィロードの左手に収まっていた。

『うおぉぉぉぉっっっ!!!!』

 触手と斬撃の応酬。

 劣勢だったルシフィロードが盛り返し、ほぼ互角の展開となる。

『動け!もっと…もっと早く!!もっともっと速く!!!もっともっともっと疾く!!!!』

 シンの想いに応え、ルシフィロードの動きが速くなる。

 だがまだイルミティを押し込むまでには至らない。

「シンさん。私も力添えします!」

 アイリがシンの右手に重ねるように左手で握る。

 重ねた手から緑の輝きが溢れ、アイリの脳裏に1つの魔動陣の映像が浮かぶ。

 アイリは何の疑念も抱く事無く、右手で緑色の光を走らせて、頭に浮かんだ魔動陣を描く。

 魔動陣は資格者にしか発動出来ないと思われていた。実際に発動を成功させていたのはシンとシーナだけだったというのもある。

 だがこの空間なら、5人の魔動力が満ちたこの場所なら、自分にも発動出来るという確信がアイリにはあった。

 そして確信していた通り、緑色の魔動陣は彼女の前で完成。

 発動した力はルシフィロードの全身を包み込み、直後、周囲に映っていた外の光景が、迫り来る大量の触手の闇が、酷くゆっくりと流れる。

 まるでルシフィロード以外の全ての時間の流れが遅くなったような感覚。

 実際には加速の魔動陣の効果でルシフィロードの動きが更に加速したに過ぎないのだが、その中心に居る者にとっては、時間の流れが変わったように思えるのだ。

 ゆっくりと迫り来る触手の群れを回避し、弾き、斬り払いながら、イルミティ本体へと迫る。

 しかし触手の壁を抜ける事は出来ない。

 どんなに動きが見えて、触手を斬ってもすぐに再生してしまう。

 1本を斬る内に2本が再生しているのだから、面倒この上無い。

「「シン!!」」

 2つの声が左右同時に聞こえる。

「私の」

「ボクの」

「「力を使って!!」」

 フィルの前に白き魔動陣が、クレスの前に赤き魔動陣が展開される。

 白い輝きは触手に流れる力を感じ取り、流れを断ち切るポイントを輝かせる。

 赤き輝きはカタナの刀身を覆い、燃え盛る炎のように赤く染める。

『いっけぇぇぇぇぇ~~~~!!!!!!』

 白い輝き目掛けて炎の刃を振るう。

 力の流れを断ち斬られた触手の再生速度が極端に鈍り、切断面に燃え移った炎が再生する以上の速度で触手を燃やし尽くしていく。

 イルミティは全ての触手を失う前にと、更に触手を細く鋭くまるで針か糸のように細分化し、ルシフィロードの全周囲を囲う。

 そして一斉に貫く。

 どれだけ速く動けようと、どれだけ多くの触手を斬り払えようと、全ての方向から大量の攻撃をされれば、その全てを防ぎ切ることは不可能。

 だが今のルシフィロードに不可能な事は無かった。

 無数の触手の針がルシフィロードを貫く。

 だがまるで手応えは無い。

 次の瞬間、衝撃が貫いたのはイルミティの方だった。

 触手の発生源である背中を貫いたのはルシフィロードのカタナ。

 同時に触手に貫かれたはずのルシフィロードの姿が幻のように消える。

 それが残像だったという事に気付く知識が悪夢にあるのかどうか。

 ギギギッと背後を向くイルミティの髑髏の瞳の中には、信じられないという感情が浮かんでいるようにも見える。

『人も物も全てを転移させる完全な転移魔動陣だ!!』

 シンはイルミティに巣食う悪夢に理由を教えるかのように叫ぶ。

 根元から炎に包まれた触手が勢い良く燃えて塵となって消えていく。

 本体の方にも炎が残っているが、触手のようには燃え広がらない。

 炎の周りに再生力を集中させ、炎の延焼力と拮抗させているのだろう。

 だがそれはその他の箇所の再生力が減衰した事を意味し、攻撃を当てれば当てる程、再生力が失われていく事を意味していた。

 更に突き込もうと力を入れた瞬間、イルミティの腕が伸び、ありえない角度から大剣が振るわれる。

 しかし先程までの触手程の速さの無い一撃をかわす事は容易だ。

 ルシフィロードはイルミティの背中を蹴って、カタナを抜きつつ、上空へと飛び上がる。

 雄々しく翼を拡げ、両のカタナを重ね、顔の右横に持っていき、切っ先を前方に向けた突きの構えを取る。

 翼を羽ばたかせ、イルミティに向けて降下を開始する。

『ガイアーーーー!!』

「シン!」

 シンの叫びに応えるようにフィルがシンの左手に手を重ね、純粋な力の全てを注ぎ込む。

 刃はフィルの力を受けて、白き輝きを放つ。

『こいつがぁぁーーー!!!』

「シンさん!」

 アイリがシンの右手を取り、全てを包み込むような想いを託す。

 アイリの緑色の輝きが刀身を包み込む。

『お前をーーー!!!!』

「シンくん!」

 シーナがアイリの手の上に更に手を添えて、身体に流れる力の奔流を流し込む。

 清流のような青き力の流れがカタナに注ぎ込まれる。

『救い出すっ!!!!!』

「シーン!!」

 クレスがフィルの手毎、しっかりと握り締め、シンに熱き強い想いを委ねる。

 揺らめく炎の如き赤い光が日本刀を染める。

『希望だぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!!!』 

 想いと力が融合し、2振りの刀が眩い黄金の輝きに包まれる。

 更に光を強め、それは輝く巨大な1つの刃となる。

 純白と漆黒の翼を羽ばたかせ、光る風となったルシフィロードがイルミティに迫る。

 そして、突き出した黄金の刃は、まるで吸い込まれるようにイルミティの胸元にある漆黒のコアを貫いた。

次回、最終話その1となります。

12/13(日)0:00に更新します。

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