表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の機兵技師(プラモデラー)  作者: 龍神雷
第2話 魔動革命の訪れ
6/62

2-3

 その朗報は、シンの全身筋肉痛が解れ、生活するのに支障のなくなった頃に届いた。

 全身筋肉痛と引き換えに手に入れた、人の頭ほどあるジルグラムの原石。

 それをジルグラム製装飾品を扱う職人へ球体加工の依頼をし、そしてそれが完成したのだ。

 正直に言うと、ユウはここまでトントン拍子で事が運ぶとは思っていなかった。

 指輪やネックレスほどの大きさのものならば装飾職人はこれまで球体加工を施していた。

 そういう加工技術は魔動技術とは異なるものだったので、ユウが持つ技術の知識には無かったが、球体の宝石等が存在する以上、加工可能なのだということだけは知っていた。

 無いならばある人に頼めばいいということで、無理を承知で装飾職人に頼んだのだ。

 小指の先程度の大きさを加工出来るとはいえ、頭ほどの大きさになれば難しいかもしれない。そう思っていた。だが期待は良い方に裏切られた。

 その結果が今、目の前にあった。

 正確に測る術は無いが、それはどこからどう見ても完全な球体だった。

 原石の状態の時はゴツゴツしたただの緑がかった岩に過ぎなかったそれは、今では緑色の光沢を放ち、宝石のような硬度を持った水晶球へと変わっていた。

「一通りの準備はこれで終わった。後は本当にこれが核として使えるかどうか」

 ユウはそういいながら緑色の水晶球に触れる。

 触れた所から綺麗な波紋が波打つ。波紋は同心円状に拡がり、そして触れた箇所とは真逆で収束する。

 出力装置に取り付けていないためにエネルギーは放出せず、ただ小さくバチリという音だけが聞こえる。

 開発書の通りならば、これで魔動力炉の核の変わりになるはず。

 だが、その弱々しい音に懐疑心が首をもたげる。

 開発書を疑っているわけではない。あそこに代用出来ると書かれてあるのならば、絶対に出来るのだ。

 ユウが疑っているのは現在の世界の知識と技術の方だった。

 魔動王国時代は、今とは比べるのもバカらしいくらい高度な技術とそれに見合った知識が充満した時代だった。

 魔動王国が滅びて500年が経過した現在の知識と技術は、あの頃の一部にしか過ぎない。

 その多くは既に失われ、見つけられることなく忘れ去られている。

 当時の技術水準であれば簡単な事でも、現在の技術水準で再現する事が可能なのか。

 王立魔動研究所でさえ不可能と断定したものを一介の魔動技師、それも技術的に祖父にさえ追いついていない自分に可能なのか。

 ユウの心の中は不安で満ちていた。

(けど僕は…シンの事を信頼して手伝いを申し出たんだ。彼の期待に僕は、僕の持つ全てで応えたい)

 ユウは1つ大きく息を吐くと後ろで見守るシンとクレスに視線を向ける。

「シン、頼めるか」

「了解」

 シンは頷くと目の前にある魔動機兵用の巨大な魔動力炉に近付いていく。

 既に魔動力炉のカバーは外され、内部機構とそこに収まる核が剥き出しになっている。

 三角柱を上下逆さにあわせたような形の無色透明の既存の核を、シンは慎重に取り外し、続いて緑色の水晶球をゆっくりと嵌める。

 核自体の形状の違いから、若干装置からはみ出し気味になるが、接続は完了出来たようだった。

 新たな核をしっかりと固定し、シンは「準備完了」とユウに伝える。

「これで動かなかったら俺の苦労損だな」

 シンは緊張に堪えかねたのか苦笑して軽口を叩くが、その言葉はユウの心の内の不安を一層引き立て、爆発寸前にまで膨れ上がらせる。

(ここでもし失敗したら僕はシンにどんな顔で接すればいいんだ)

 シンはユウの事を全面的に信頼している。

 意見の食い違いで口論になる事もあるし、文句も言うが、基本的にユウが言う事を信じ、素直に従ってくれる。

 だからその信頼に応えたい。彼の落胆する顔を見たくない。彼と共に成功した喜びを分かち合いたい。

 そんな思いが初めてユウの中に芽生えていた。

 祖父やクレスと共にやっていた時には感じることの無かった思いは不安に塗り潰されていた心に光を差す。

「よ、よし。始めるよ」

 緊張と不安でカラカラに乾いた喉から声を絞り出して、ユウは魔動力炉に近付く。

 魔動力炉の誤作動防止ロックを解除し、起動スイッチに手をかざす。

 ユウの手から魔動力が伝わり、緑水晶球に白い波のような波紋が拡がりはじめる。徐々に波の間隔は狭くなり、そして遂に波の間隔が無くなり、水晶球は緑色に発光しながらもその見た目は白に染まっていた。

(頼む。動いてくれ)

 3人は祈るように魔動力炉を見つめる。

 そして、遂に、魔動力炉は低い音を響かせる。

 内部機構のポンプが上下し始める。

 その動きは既存のものに比べればゆっくりしたものだが、確実に、継続的に動いていた。

「いやったぁぁぁぁぁ!!!」

 シンの声が工房内に響き渡る。

 両腕を上げて盛大に喜びを表すシンの隣ではクレスが手で口元を覆って今にも泣き出しそうな表情をしている。

 普段冷静を装っているユウもこの時ばかりは拳を握り締めて成功の喜びを噛み締める。

「やったな、ユウ!」

 笑顔でシンが近付いてくる。

「ああ。まぁ、これも第1歩でしかないけどな」

 既存に比べてこの程度の出力では代替品になり得ない。今後はその原因と出力を上げる方法を探さなければならない。

 だから成功してもこれは1歩目にしか過ぎない。例え大きな1歩であろうと1歩には変わりは無いのだ。

 ここから2歩3歩と進んでいかなければ、大きな1歩も1歩にすらならないのだから。

「相変わらずだな。けど今は素直に喜ぼうぜ!」

「確かにそうだな」

 眩しいほどの屈託の無い笑みを浮かべるシンにユウも笑顔で返す。

 そしてどちらともなくハイタッチを交わす。

 それはユウが生まれて初めて、親友を得た瞬間だった。


 ジルグラムによる魔動力炉の核の代替。

 それは瞬く間に国中、いや世界中に広まった。いや正確には広めたのだ。

 その後の調査の結果、加工の精度により出力にバラつきが出る事が判明。

 人の目で歪んでいないと思えるような歪み1つで出力はかなり変わり、魔動機兵の魔動力炉として使う出力を出せるものは中々作り上げる事が出来なかった。

 そもそも個人で作り上げるにはヴァルカノのような田舎町では人手も設備も不十分で、理想のものを1つ作り上げるのに、どれくらいの労力と時間が掛かるか見当も付かない。

 そこでユウは王立魔動研究所を頼る事にした。

 代替核の作成方法を伝え、その見返りとして、それに見合った額の資金援助と高性能な代替核の優先的提供。そしてこの方法の国内外への周知を求めた。

 世界的に普及すれば、今より1段も2段も技術は発展し、王侯貴族だけでなく平民の生活も向上すると考えたからだ。

 その結果、ものの数ヶ月で世界の魔動具の数は飛躍的に増加し、これまでに無かった新たな魔動具の開発も進んでいる。

 王立魔動研究所で作製されたジルグラム核がどのようにして作られているかは分からないが、魔動機兵を動かすほどの高出力の核を相当数作り上げている。他国の研究機関を含めれば、世界中でかなりの数が生み出されているだろう。

 おかげで魔動機兵の数も増加傾向にあり、王都をはじめ、大きな街では数十体の作業用魔動機兵がある事も珍しくなくなっていた。

 更に魔動王国時代に戦争の主力であった戦闘用魔動機兵の修復も進んでいるという噂もある。

 魔動具、魔動機兵、そして魔動技術。

 世界は誰もが予想しなかった速度で発展を遂げていく。

 後に魔動革命と呼ばれるようになるこの技術革新は世界に多くのものを与えた。

 しかし同時に1つの火種を生み出す事となるのだが、この時は誰もそれを気に掛ける者は居なかった。


  *


 どこかの会議室のような少し広めの部屋。

 直径5m程の円形テーブルには数人の男女が等間隔に距離を離して席についている。

 テーブルの中央に弱々しい輝きを放つ『ライト』が1つあるだけの薄暗い一室。

 その為、彼らの顔は薄い闇によって判別出来ない。僅かに見え隠れする手や声で性別や年齢を見分けるしかない。

 だが彼らはお互いの素性に興味は無かった。この場では身分や性別など意味が無いのを知っているから。

 皺枯れた老婆が声を出す。

「よもやジルグラムに気が付く者が現れるとは……」

 それに答えるのは低い声の男。

「既にその噂はフォーガン王の耳にも届いている。隠蔽する事は不可能だろう」

「まぁ、僕は遅かれ早かれ気付かれるのは時間の問題だったと思ってたよ。20年も隠し続けられただけで十分じゃない?」

 少年のような甲高い声に皆、一様に押し黙る。

 その沈黙を破ったのは老婆だった。

「じゃがこれで古より続く魔動具の管理統制は我らの手から外れる事となろう」

「ならば各国の研究機関で出力の統制を図ったらいかがでしょう?現に今回のジルグラム核の存在を見つけた工房も自らの手では完全な物は造れていないと報告にあります」

 女の声が提案する。

「現状ではそれが得策かと。ジルグラムは所詮は代替品。出力上限は高くありません。各研究機関で最大出力のものの量産を行えば、自ずと自主作製するものはいなくなるでしょう。暫くすれば数量統制も可能となるでしょう」

 低い声の男が女の意見に同意する。

「それが妥当な所じゃろうな」

 老婆を1つ頷く。

「してその工房に対しての処遇は?」

「は、そ、それが魔動研究所への勧誘は断られました。町を離れる気は無いと言っておりまして……」

 どこかオドオドした口調の男が報告する。

「へ~、最高研究機関の誘いを断る奴なんているんだね~」

 楽しそうに少年が笑う。

「あい、分かった。興味が無いなら捨て置けばいい。じゃがくれぐれも監視だけは忘れぬ事じゃ。今後の動向次第では手を下す必要が出てくるやも知れぬ」

「は、はい。か、かしこまりました」

 オドオドした男は老婆に向けて頭を垂れる。

「我らが望むは世界の安寧と秩序。それをゆめゆめ忘れるでないぞ」

 老婆はその声を最後にその場から気配を消す。

 それを皮切りに一人一人とその部屋から人の気配が消えていく。

 最後の1人の気配が消えると同時に部屋を灯していた弱々しい光りも消え、静寂と闇だけがその空間を支配していた。

こんな拙いものに評価、ブクマして下さっている皆様ありがとうございます。

もっと精進していきたいと思います。


前回より文章量が少ないですが、丁度キリが良いので今回はここまでで。

次回は2/1(日)0:00に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ