18-2
中盤以降、凄惨で鬱展開ですので、読まれる際はお気をつけ下さい。
「くそっ!急がないとなっ!!」
走るユウはようやく中庭まで下りて来ていた。
視界の先ではシルフィロードが黒い靄に包まれ掛けている。
決闘時にシーナの乗るイルディンギアが悪夢化した時と同じ現象が起きているとすぐに理解する。
だからこそ急いでいる。
ユウが下りて来た場所はシンとシルフィロードがいる場所は全くの逆側で、距離があり過ぎる。
走って行っても到底間に合わないだろうし、悪夢化に時間が掛かって間に合ったとしても、イルミティが近くに居る限り、生身では近付く事も難しいだろう。
だからこそユウはここに来たのだ。
魔動力を失って動きを止めているほぼ無傷のゼフィールが近くにあるから。
「ソーディさん。無事ですか?」
ゼフィールの傍で意識を失っているらしいランドールの操縦者を運んでいるソーディを見つけ、ユウは声を掛ける。
「ユウ殿……すまない。もはやあの赤い魔動機兵に太刀打ちできる者は……」
なまじ騎士としての力量がある分、ソーディにはイルミティの強さと恐ろしさがよく分かった。
戦意は喪失し、諦めの境地に至っている様にも見えた。
「ソーディさんは彼を連れて逃げて下さい。ゼフィールには僕が乗りますので」
「な?!あれと戦うつもりなのか!?シルフィロードとグランダルク…シン殿とアークスでさえ敵わなかった相手なんだぞ!」
「ええ、分かっています。性能を抑えたゼフィールでなんとか出来る相手では無い事は十分理解していますし、そもそも戦うつもりなんてありません。こいつには希望を届けて貰うだけです」
「希望?」
ソーディが希望という言葉に疑問の表情を浮かべているが、時間が無い為、ユウは説明をする事無くゼフィールに乗り込む。
一度消し去られた魔動力は既に元に戻っており、ユウはゼフィールの起動を成功させる。
立ち上がり、抜刀していたカタナを収めると、ようやくクレス達が追い付いたのが見える。
『全員腕に乗ってくれ!シンが悪夢に飲み込まれる前に一気に近付くぞ!!』
ユウに促され、ゼフィールが抱える様に4人の女性をその腕に乗せる。
その中にアイリの姿を見つけたソーディが慌てて引き止める。
「王女様!何をされているのですか!!危険ですのでお戻りください!!」
「危険は承知です。ですが、私は行かねばならないのです。王族として、そして1人の女性として!!」
アイリの元に務めて長いとは言えないが、ソーディは彼女の性格をよく知っていた。
王位継承権の低い王族にも関わらず、高飛車にも我が儘にもならず、身分に関係無く平等に接する。
寒いのが極度に苦手で、運動も苦手。時々、何も無い所で転びそうになったりするので護衛としては気が気で無い。
そんな彼女にも頑固な一面がある。
王族の使命を全うしようとする時とシンに関する時だ。
シルフィロードに目を向けると、闇色の禍々しい何かがまるでシルフィロードを浸食するかのように覆っていっている。
ソーディも決闘の際に見ているので、それが悪夢化の兆候だとすぐに理解する。
悪夢が現れれば、この王都くらいなら一夜にして滅ぼす事が出来ると言われている。
決闘の際に被害が出なかったのは、悪夢を倒した者が居たからだ。
だが、今回は悪夢を倒した唯一の存在であるシンとシルフィロードが悪夢化しようとしている。
もし悪夢となればそれを止める事も倒す事も出来る者はいないだろう。
だからこそ、アイリは王女としてこの王都とそこに住む民を守る為に、そして女性として1人の愛する男性を助ける為に、自らの危険を顧みずにシンの悪夢化を止めようとしている。
その決意に揺るぎが無い事を悟ったソーディに彼女を止める事など出来ない。
そして仕える主君が戦おうとしているのに騎士であり護衛である自分が、戦意を失って逃げ出そうとしている事に情けなさと苛立ちを感じる。
戦士でも騎士でも無い一介の魔動技師でしか無いユウでさえ、ゼフィールに乗ってこの絶望的な状況に抗おうとしている。
「このままで良い訳が無い。騎士になったのは何の為だ……絶望的だからと言って諦めるのが騎士なのか………」
絶望に染まり掛けたソーディの心の内に自分への怒りが込み上げてくる。
「……騎士とはなんだ…王女様達が希望だと言うなら騎士として何をすべきか……」
ソーディが顔を上げる。
その瞳に絶望の色は既に見当たらなかった。
「申し訳ありません、先輩。避難させる時間がありませんので……」
ソーディは気絶した為に担いでいた先輩騎士を地面に降ろし、一言謝罪の言葉を口にしてから、ランドールに向けて走り出す。
『ユウ殿、あの赤い魔動機兵はこちらで注意を引きます。あなたは王女様達を運ぶ事に専念して下さい』
駆け出そうとしたゼフィールの背に、ランドールを起動させたソーディが声を掛ける。
「ソーディさん!無茶はしないで下さいね!!」
アイリの言葉にソーディはつい苦笑してしまう。
自分の方がこれから無茶な事をしようとしているのに、人には無茶をするなと言う。
だが、そんな彼女だからこそ、命を懸ける価値がある。
『王女様。シン殿をお願い致します!!ユウ殿、行きますっ!!』
シルフィロードとグランダルクを子供のようにあしらう相手に対し、無茶をしなければ足止めさえ出来ないだろう。
だから例え、アイリの命であってもそれに頷く事は出来ない。
死ぬかもしれない。
だがソーディには迷いも恐怖も無いし、絶望もしない。
ユウ、クレス、フィル、シーナ、そしてアイリ。
この5人が居る限り、希望は繋がっていくと信じたから。
*
上も下も分からない闇が支配する世界でシンはある光景を見ていた。
それはシーナを悪夢から救い出す際に見たシーナの記憶。
この世界に来たばかりのシーナが野盗に襲われている光景だった。
シーナがどんなに泣き叫び、許しを請うても野盗は止まらず、乱暴を続ける。
シンがどんなに手を伸ばしても届かず、声を張り上げても届かない。
それも当然だ。
これは既に過ぎ去ってしまった過去の記憶なのだから。
その場に居なかったシンには助ける事など不可能だった。
いくらシーナの過去を受け入れたといってもその光景が目の前で再現されるのは心が張り裂けそうな気分になる。
しかし愛する者の絶望的な光景を見てもシンが絶望する事は無い。
シンはこの事実を受け入れて彼女の心と身体を癒すと決めたから。
周囲の闇はその事に気付いたのか、その光景の一部が変化していく。
シーナだった顔がフィルのものに変化し、更にはアイリ、クレスと次々と変わっていった。
シンは声を上げる事も出来ずに呻く。
シ-ナ以外の3人がこのような仕打ちを受けた事は無いはずだ。
だから並列思考で、これは幻だと思い続け、心が壊れないように保ち続ける。
しかしその並列思考が災いし、4人に分割された光景がシンの意識を苛んでいく。
「これは俺を絶望させようとしているガイアが見せている幻だ……こんなものに屈してたまるか……」
延々と繰り返される絶望的な光景にシンは耐える。
だがそんな抵抗を嘲笑うかのように新たな光景が浮かび上がる。
イルミティによって破壊されていくシルフィロードとグランダルク。続いてゼフィールとランドールも圧倒的なイルミティの力の前に為す術も無く、破壊されていく。
そしてソーディがアークスがユウがミランダがアドモントがシンイチロウが、抵抗をする事も出来ずにガイアの手によって殺されていく。
血の涙を流しながら「助けて」とシンに手を伸ばしてくるユウ達の姿が脳裏に焼き付き、シンの心を蝕んでいく。
「やめろやめろやめろーーーー!!!!!!」
相手がガイアという事で今正にその光景が行われている可能性があるという事が頭を過ぎり、考えてしまった思いは並列思考の1つに常に留まり、不安を煽る。
全ての光景が分割され、卑劣思考の1つ1つに染み込み、ゆっくりと、だが確実にシンの心を擦り減らしていく。
周囲の闇はどんどん濃くなっていき、シンの姿を覆っていく。
「お、俺は………」
遂に耐え切れなくなったシンの意識が絶望に押し潰されていく。
そして絶望の底にあった最後の光景を見た時、それはシンの心を深く抉る止めの一撃となった。
幼い姉弟が肩を寄せ合って震えていた。
幼い頃に父親を亡くし、その後に事故で母親も失った幼い姉弟が引き取られたのは、ある資産家の未亡人の若い女だった。
期せずして資産家の養子になれたのだから、幸運と捉える者もいるだろう。
だが幼い2人にとっては不幸でしかなかった。
母親となった未亡人は死んでしまった夫と子供の恨みを晴らさんとばかりに幼い2人を虐待していたのだ。
後で知った事だが、彼女の夫である資産家が起こした事故が原因で、資産家本人とその子供、そして姉弟の母親が亡くなっている。
なのでこの姉弟を恨むのは筋違いであるのだが、未亡人にとっては姉弟は家族の仇にしか思えなかったのだ。
いつ頃からか姉は弟を守る為に未亡人からの虐待を1人で引き受けるようになった。
体面を気にしているのか、顔などの隠せない部分に傷跡を残す事は無かったが、服で隠れた身体中の至る所に姉は青痣をはじめとした多くの傷を負っていた。
それでも姉は弟を安心させる為か、いつも笑顔で「大丈夫」と答える。
姉が高校に上がると忙しくなったのか弟が姉の姿を見かける事は殆ど無くなった。
だが弟に対する虐待は無かったので、姿を見せなくても未亡人の虐待から守っていてくれているのだろうと弟は思っていた。
だから弟は身体も大きく成長し、筋力も付いて来た中学生になった頃、今度は自分が姉を守る番だと強く思うようになった。
しかし、彼がそう思った時には既に手遅れだった。
ある日、弟は見てしまった。
屋敷の地下室で変わり果てた姿の姉の姿を。
手足は根元から切り取られ、腹部はまるで抉り取られた様にぽっかりと穴が開いており、乳房すら削り取られていた。
耳も鼻も削られ、優しく力強かったその瞳の中も空洞になっている。
綺麗な長い髪も全て抜け落ち、頬はこけ、面影すら残っていない。
点滴のようなチューブが繋がれ、その脇にある心電図が規則正しい電子音を響かせる。
それはこんな状態でも生きている、いや生かされている証拠に他ならない。
このような変わり果てた姿にも関わらず、直感的にそれが姉だと理解出来たのは、恐らく血の繋がりのおかげだろう。
そして同時に理解する。
姉はこんな姿にまでなっても自分を守ってくれていたという事を。
あの女が人の皮を被った化物だという事を。
そして守られているだけで何もしようとしなかった情けない自分の事を。
世界で唯一の希望が姉であったという事を。
弟はその事実に打ちのめされ、絶望し、全てを呪って泣き叫んだ。
瞳から流れる涙はいつしか血へと変わり、そしてどす黒いものへと変わっていく。
彼は黒い涙を流しながら、姉の命を繋ぎとめている点滴を叩き折る。
心電図から流れる音が、姉の命の鼓動がゆっくりとなっていき、そして完全に途絶える。
唯一の希望であった姉をこの世界から消し去った弟の表情に既に悲しみの感情さえ消え去っていた。
そして無表情のまま未亡人の元へと向かい、なんの感情も無く、その胸をナイフで貫いた。
悲しみも怒りも無く、ただ機械的に何度も何度もナイフを突き刺し、気が付けば彼の足元は白い骨と赤い肉片の浮かんだ赤い海へと変わっていた。
その海の中、彼は最後に自らの胸にナイフを突き付けた。
血の海の中に倒れ込む際に最後に目にしたのは、血の海に反射する金色の髪と色素の薄い白い肌を真っ赤に染めた自身の笑い顔だった。
前書きでも書きましたが、今回はかなりダークな展開になっています。
こんな内容を延々と読ませられるのは苦痛だと思ったので、大分表現は抑え、文量も半分近く削ってあったりします。
次回更新は11/22(日)0:00になります。




