18-1
王国祭で賑わいを見せる王都フォーガン。
その至る所で異変は起きていた。
串焼きの屋台では肉を調理中、突然、チャッカから出ていた炎が消えた。
カキ氷の屋台では氷を保管していたレーゾーの冷気が途絶え、氷が解けだした。
大通りに面した食堂では食器を洗っている最中にジョースイからの給水が途切れる。
舞踏会を開いていた貴族達の屋敷では、煌びやかなシャンデリアに使用していたライトが消灯し、熱心に貴族や王立魔動研究所の職員に自分の造り上げた最高傑作の魔動具の売り込みをしていた魔動技師達の魔動具は一切動かなくなる。
その異変は魔動具に限らなかった。
門兵が乗っていた警備用魔動機兵は動かなくなり、周囲を警戒して見回っていた警備用魔動機兵もその足を止める。
街中を走っていた魔動馬車は軒並みその制御が出来なくなり、止まる事が出来ず、同じように制御を失った前方の魔動馬車にぶつかったり、店先や屋台に突っ込んでいく。
そして中庭ステージでは、ゼフィールとランドールもその異変のせいで、決着が着くと思われた直前で動きを止めていた。
ランドールは槍を突き出した状態のまま。そのすぐ前にはカタナを抜き放った状態のゼフィール。
ゼフィールのカタナはランドールの腰に僅かに触れた状態で止まっている。
「一体、何が起きたんだ?」
ソーディは動きを止めてしまったゼフィールから這い出す。
先程まで包まれていた喧騒がパッタリと止んでいる事に疑問を感じつつ周囲を見回す。
中庭を覆う壁の付近に、左腕を失いボロボロになっているグランダルクが倒れているのを発見。
その光景に目を瞠りつつ、更に視線を動かし、辿り着いた先にはこの場で唯一動いている真紅の魔動機兵の姿があった。
その左腕が手足を脱力させて動く様子を見せないシルフィロードの頭部を鷲掴みにし、高々と持ち上げていた。
「そんな……シン殿とアークスが…………」
悪夢を打ち倒したあの2機の無残な姿を目撃し、ソーディの心は絶望に支配されていった。
「くっ、やはり殲機の能力は健在だったか……」
突然、糸が切れた人形のように動かなくなったシルフィロードの姿を見て、シンイチロウは床に拳を打ち付けて、悔しさで表情を歪ませる。
「何?なんで急にシルフィロードが止まっちゃうんだよ?!ボクの整備は完璧だったんだよ!?」
「いや、シルフィロードだけじゃない。さっきまで激しい戦いをしていたゼフィールとランドールの方も動きが止まっている」
シルフィロードの方しか見ていなかったフィルに対し、ユウは全ての戦闘に注意を払っていた。
だからこの3機がほぼ同時に動きを止めた事が分かった。
「あれは整備とかそういう問題では無い。もっと根本的なものだ。一定空間の人間の体内にある魔動力そのものをこの空間から断ち切って完全に無力化する。それがオリジナルの魔動殲機の力なんだ。動力が無ければどんな魔動具も、どんな強大な力を持つ魔動機兵も動かなくなる」
シンイチロウがすぐに答えを示す。
「一時的なものだし強力な力故に頻繁に使用出来るものではないが、一度使えばただそれだけで圧倒的に有利になるのは間違いない。この効果が通用しないのは、対策を施してある同じ魔動殲機か魔動力を体内に有していない者、それと悪夢ぐらいなものだ」
第9の魔動殲機の設計書を基に造られたシルフィロードだが、所詮は模造品。
設計書通りに完璧に造られている訳ではないので、この効果に対する対策はとられていない。そもそも今の技術ではそのシステムを修復することさえ難しいものなのだから、組み込まれていなくても仕方の無い事だろう。
「暫くすれば、消されてしまった体内の魔動力は回復するだろう。だが慎太郎の場合は……」
この世界の人間ならば魔動力は体内で作り出されている為、数分もあれば血液と共に体中を巡り、再び魔動力を使えるようになるだろう。
だが異世界から来た資格者は体内で魔動力を生み出す事が出来ない。
一度、完全に体内から無くなってしまった魔動力を取り戻す為には、再び魔動力を持つ者とキスをして、魔動輝石から魔動力を引き出すしかない。
しかし今のシンには魔動力を取り戻す為に必要な要素が1つ足りない。
「そ、そんな……それじゃあ、シンさんは……」
無言が辺りを包み込んでいく。
魔動力を失ったシンにはもはや抗う術は無い。
絶望がこの場の空気を支配し始める。
その間にもイルミティはシルフィロードを痛ぶっていた。
救国の魔動機兵が為す術も無くやられている光景に流石に観客達もそのおかしさに気付き始めたようだ。
それを察したのか、イルミティがこれ見よがしにシルフィロードを観客席側の壁へと投げつけて激突させる。
その衝撃と誰かが上げた悲鳴を切欠に、観客達の熱は冷え切り、顔を青褪めさせる。
1歩また1歩と観客席に近付いていくイルミティの姿に遂に恐怖の糸は切れた。
観客は昨年の悲劇を思い出してパニックとなり、観客席は逃げ惑う人々の混乱と絶望に染まっていく。
避難誘導の為に配置していた騎士の面々も突然の大パニックに完全に思考が追い付かず、混沌に更に拍車が掛かる。
そこまでの光景をずっと眺めていたクレスがゆっくりとアイリに顔を向ける。
「アイリちゃん。エメラルドティアーを貸して下さい」
強い意志をその瞳に湛えながらクレスはアイリに向けて手を差し出す。
「私が行きます!私がシンに戦う力を渡しに行きます!それがなければシンが……」
クレスがアイリを見つめる。
「いえ、これは私が持っていきます。フォーガン王家の者として、これは私がやらなくてはいけないと思いますから」
アイリもクレスに負けない程の強い意志の篭った瞳で見つめ返す。
「ダメダメ。2人とも鈍臭いもん。ここはすばしっこいボクが行くのが一番、効率が良いと思うんだよね!」
フィルも立候補する。
確かに何も無い所で転ぶようなアイリや運動が苦手なクレスよりはフィルの方が届けられる確率は高まるだろう。
「そういう事なら私が!資格者である私がここにあるもう1つの魔動輝石を使えば、運動能力的に一番です!!」
シーナまでも名乗りを上げる。
アルザイル帝国に居た頃は英雄と呼ばれ、魔動機兵も操っていた程だ。シーナがシンに比肩しうる運動能力を持っている事は明らかだった。
この4人の中で言えば、確かにシーナが一番適任だろう。
だが誰1人として譲らない。
シンに対する想いは誰にも負けないから。
「ふぅ、全くこんな時だって言うのに……」
そんな4人の姿にユウは頭を抱えたい気分になる。
だが、彼女たちの姿を見ていると不思議と先程までの絶望的な気持ちは薄れていた。
「慎太郎は本当に彼女達に好かれているのだな」
一気に4人も娘が増えるのは少し大変だな等とこんな切羽詰まった場面で考えるような事では無い不謹慎な事が頭を過ぎってしまうのも、彼女達の絶望しない心の強さに感心を覚えたからだろうか。
「ええ、そうですね。それに僕も友人としてシンには好感を持っていますからね」
ユウもまた決意の漲った瞳をシンイチロウに向けて、笑みを浮かべる。
ようやく医者を連れて戻って来たミランダにシンイチロウを任せ、ユウは4人に声を掛ける。
「そんなにシンの事が心配なら4人全員で行けっ!僕が全力でサポートしてやる。ほら、急ぐぞ!!」
それだけ言うとユウは1人で先に部屋を出て行ってしまう。
「あ、ちょっとユウ兄!待ってよ!」
フィルがユウの後を追い掛け、それに続いて4人全員が部屋を出ていく。
「待て!」
最後にクレスが部屋を出て行こうとした所でシンイチロウが引き止める。
「こいつを…私が持っている魔動輝石“ルビーハート”を持って行け。きっと役に立つはずだ。慎太郎を…息子の事を頼む」
「はい。分かりました」
シンイチロウから赤い宝石の嵌った指輪を受け取り、クレスは力強く頷くと4人の後を追って部屋を出ていく。
「彼らは強いな。こんな状況でも絶望しない5つの希望…という所か」
5人の背中を見送りつつ、シンイチロウは彼らがこの絶望を打ち破る希望になる事を祈った。
*
「絶望が広がっていくのが手に取るように分かるな」
ガイアは薄く笑みを浮かべながら逃げ惑う観客を見つめる。
『あいつらを逃がしちゃってもいいのかい?』
楽しそうなガイアに少年は頭の中で語り掛ける。
「ああ、問題は無いさ。王都の人間はお前さんが起こした1年前のあの恐怖を覚えている。そして1年前に希望の光を差した存在は既に地に伏している。これだけ刺激してやれば、絶望の種は十分根付く。そしてここから逃げ出せば、その絶望は更に周囲に広がっていく」
『ああ、そっか。確かにここに閉じ込めておいたら、この状況は外部に漏れないもんね。ちゃ~んと考えてるんだね』
だが広まるのは絶望の種に過ぎない。
だからその絶望の花を咲かせ、新たな種を生み出させなければいけない。
「さて、それじゃあ最後の仕上げに入ろうか」
『仕上げ?』
「そうさ。種は花を開き実ってこそ価値があるんだ。その為の栄養であり促進剤がこいつさ」
足元に力無く倒れる白銀の魔動機兵の頭部を掴み上げる。
「こいつを絶望させて悪夢という花を咲かせてやれば、いい栄養になるだろう。それにお前さんもこいつには色々と含む所があるんだろ?」
『うん、そうだね。こいつのせいで1年前に僕が立てた計画は失敗し、煮え湯を飲まされたし、こいつの父親であるあの男の事も昔から気に入らなかったんだよね。息子が絶望して悪夢になった姿を見たら、あいつがどうなるか。それは確かに見物だね』
少年が楽しそうに無邪気に笑う。
既に少年は世界の平定者としての役目を忘れていた。
自らの欲望のままに、ただの私怨で動く1人の人間に成り下がっていた。
その事実に少年自身は未だ気付いていない。
それがガイアの思惑通りだという事も知らずに。
『それでどうやって絶望させるんだい?』
「さっきの騎士と一緒さ。あいつは既に今の状況に恐怖と絶望を感じ始めている。そこに俺の持つ絶望をお前を通して注いでやればいいのさ」
『そっかそっか。ならさっさと終わらせよう』
少年は新しい玩具を受け取る様に、ワクワクした気分でガイアから絶望の塊を受け取り、シンへと流し始める。
「ああ、そうだ。言い忘れていた事が1つあった」
わざとらしい口調でガイアは少年へと語り掛ける。
「俺の絶望は、隔離しているおかげで制御出来ているが、実は完全に悪夢化してんだよ。それを流し込まれたらどうなるかは分かるよな?」
『あはははっ、な~んだ!それなら感嘆に悪夢化しちゃうね!!』
「ああ、そ、そうだな…………そう…くくくっ……ああ、流し込まれたらその絶望に飲まれて悪夢化するんだよ。そう…意志だけの存在のお前も含めてなぁ!!ぎゃ~っはっはっはっ!!!」
それまで務めて冷静を装っていたガイアは、まさかここまで思い通りに少年が動いてくれるとは思わず、とうとう堪え切れずに大声を上げて笑い出す。
『へっ?あ?ああっ!!な、なんだこれ!?まさかお前!この僕を裏切ったのか~!!』
ガイアの中にあった全ての絶望が深い闇となって少年の意識を覆い尽くしていく。
『ぼ、僕は…僕は……僕は~~!!!』
少年の意識が完全に闇の中に沈む。そしてそのまま、シンへと注ぎ込まれていく。
「裏切る?そもそも俺は利用してただけだ。それに言っただろ?この世界の異分子は根絶やしにするってな。肉体を捨てて意志だけの存在になったテメェらもこの世界では異分子なんだよぉっ!!!」
ガイアの言葉は既に意識を飲み込まれた少年には届く事はない。
「さて、どんな悪夢が生まれるか。希望が強かった分、楽しみだな~、おい」
ガイアは目の前で徐々に闇に覆われていくシルフィロードの姿を鑑賞しながら、その時が訪れるのを待った。
次回、11/15(日)に更新。




