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王立魔動研究所から届いた操縦席の調整は、ユウの予想を越える速度で、しかも順調に進んでいた。
シーナの持つ知識のおかげもあるが、シルフィロードとグランダルクの魔動制御回路を比べる事で、判明した事実がある事も大きい。
この発見のおかげで、グランダルクの移動用回路を流用する事無く、シルフィロード独自の移動用回路を作り出す事にも成功していた。
「ここまでは順調だな。後は操作性の向上と回路図の簡略化さえ出来れば、本体の方に取り掛れるな」
「簡略化はなんとかなりそうですけど、操作性に関しては中々難しそうですね。元々からピーキーな機体ですから」
ユウとシーナは紙に書き込んだ回路図と睨み合いながら、あれこれと意見を出し合う。
実際はここからが本番だった。
シルフィロード、というよりその基となった『開発設計書No.9』は超高速機動機の設計書だ。
スペック上では音が伝わる速度より速く動く事が出来る。
恐らくこの世界のどんなものよりも速い速度を叩き出すだろう。
それを手足のように操る事が可能であれば、この世界で最強を名乗る事さえ出来るであろう。
そのスピードに操縦者が耐えられたならの話だが。
体を鍛えた騎士でもスペックを満たしていない現状のシルフィロードの全開機動に耐えられないし、最も耐える事が出来るシンでも30分が限度だ。
もし音速の壁を越えた場合、シンでも耐えられる保証は無い。
いや耐えるだけなら可能だろう。
シンとシーナのいた世界ではマッハ1とか2で飛ぶ戦闘飛行機が存在し、操縦も出来ている。
だがそれはあくまでも障害物の殆ど無い空中を飛んでいる場合の話であり、空気抵抗を小さくした形状をしている場合の話である。
これが人型となれば、地面には大小様々な障害物が存在し、空気は見えない壁となる。
その上、停止、加速、旋回と様々な動きをするにも、速度の分だけ負荷は増加している。
異世界を含めて考えてもそれに耐えられるような人間はいないかもしれない。
それに過去の文献や発掘された魔動機兵を見ても高速機動機は殆ど出て来ない。
それはつまり、過去においても高速機動機を操れる人物が少なかった事を意味する。
場合によっては開発書が存在するだけで、現実には作製さえされていない事も考え得る。
「機動機の特性を残しつつ、操作性を高める……そして量産を見据えた仕様……」
予想よりは半月程進んでいるとはいえ、頭を抱える問題はまだまだ多い。
アイリからの要請とはいえ、実質はフォーガン王からの命令であるので断る訳にはいかなかったので、仕方が無い。
「こうなったら出力上限を下げてみたらどうかな?」
シーナの提案はあながち間違いではない。
魔動力炉の出力自体を下げてしまえば、必然的に最高速度も下がるので、その分だけ操作しやすくなるだろう。だがその代わりに通常時の出力もその分下がる事を意味し、作業用と大差無くなる可能性が高い。
それでは意味が無い。
全開出力を出さなくても最低でもグランダルクと同等程度の動きが出来なければ、高機動機である意味が無くなってしまうだろう。
それに魔動技師としてのユウのプライドがそれを許さない。
シルフィロードの作製時点から他の魔動機兵を凌駕する魔動機兵を造り出す事を念頭に作業をしていた。
シンという操縦者がそのポテンシャルを引き出しているおかげでその念願は現時点で達成されている。
そして例え量産機であろうとシルフィロードの流れを汲む以上は、量産機として開発中のグランダルク、そしてアルザイル帝国の既存量産機であるイルディンギアを越えたものを造りたかった。
開発期間に制限が無ければ、納得のいくものが出来るまで試行錯誤を繰り返すだろう。だが時間は限られている。
予想より順調とはいえ既に1ヶ月が経過している。
適当な所で妥協するつもりは無いが、腰を据えてじっくりやっている暇も無い。
そんなジレンマを抱えながら唸っていると、シルフィロードのテストを終えたシン達が戻ってくる。
何故かシンがアイリとミランダを宥めているが、その場に居合わせていないユウとシーナには理由は分からない。
「おっ、そっちの調子はどうだ?」
居た堪れ無くなって話題を変えたかったのか、2人の姿を目敏く見つけたシンが近付いてくる。
「順調と言えば順調よ」
「といってもそれはここまでの話。今はこれからどうするか悩んでいたんだ」
ユウは現状をシンに話す。
実際に操縦している者の目線から見たら、また違う可能性が生まれるかもしれないからだ。
「スピードと操作性か……乗ったことがあれば分かるけど、一番負担が掛かるのって高速で動きまわってる時なんだ」
普通なら急加速や急停止の方が負担が掛かりそうなものだが、実の所、魔動筋による衝撃吸収は瞬間的な衝撃の方がより吸収力を発揮する。
だが最高速で動いている時は常に同じ方向に力が掛かっているので全てを吸収し切れない。
「確かに最高速が出せれば戦略の幅は広がるけど、高速機動機だからってそれに拘らなくても良いと思うんだ」
「そうなると負担軽減の為には瞬発力を重視した方が良いって訳か……あ、シーナさん!確か移動関連の回路って分かってたよね?」
「え、ええ。若干の差異は見受けられるけど、私が知っているのと同じであれば、継続行動と瞬間行動の2つが組み合わさっています」
シンの言葉に何か閃くものを感じたのか、ユウは回路図を凝視する。
「…これとあれを組み合わせて…こっちを省略。そうすれば出力は変える必要が無いし、負担も減る……いや、いっそのこと……うん、そうだな。中途半端よりこっちの方が……」
魔動技師特有と言えばいいのか、独り言のようにブツブツと言いながらユウは頭の中で回路図を組み替えていく。
そして暫くの後に結論に至り、笑みを浮かべて顔を上げる。
「よし!高速継続移動はばっさりと切り捨てよう!!瞬発機動に特化すれば回路図の方にも余裕が出来る筈だから、操作性を向上させる方に回せるはずだ」
そこからのユウの動きは速い。
新しい紙を広げると頭の中に組み上がった回路図を書き込んでいく。
既に周りの事など見えていない状態へと移行している。
「この状態になったら作業が終わるまでは何を言っても無駄になるな。シーナ。ついでだし一緒に休憩しようか」
「そ、そうね。フィルちゃんもそうだったけど、魔動技師って皆、こんな感じなのかしら」
「どうなんだろ。俺もこの2人しか詳しく知らないから何とも言えないけど……」
一心不乱に回路図を書き込むユウを見つめながら、シンとシーナは顔を見合わせて苦笑いを浮かべるのであった。
*
あれから3日が過ぎ、シルフィロードは調整とそれに伴う魔動筋の強化が繰り返されていた。
だが、何度稼動試験を行っても、ズレているような違和感が直ることは無かった。それ所か繰り返す度にどんどん違和感は大きくなっているような気さえする。
「う~ん、各部に異常は無いし、バランスも調整したから問題無い筈なんだけど、それでも違和感は感じるんだよね?」
「そうだな。というか日毎にどんどんズレが大きくなってる気がするんだよなぁ……」
今日の稼動試験を終えて、シンとフィルはキングス工房へと戻って来た所だった。
「2人ともお疲れ様。その様子だと今日も上手くいかなかったみたいね」
クレスが2人を出迎えてくれる。
「うん、そうなんだよねぇ。我が儘だからさぁ~」
「誰が我が儘だって~!」
フィルの言葉にシンはそのこめかみを拳でグリグリする。
「痛い痛い!シンの事じゃなくてシルフィロードの事だよ~」
涙目でフィルが答えるが、それ程力は入れていないはずなのでそこまで痛くは無いはずだ。その証拠に目の前のクレスにも慌てた様子は無く、温かい眼差しを向けるだけだ。
フィルが我が儘と表現するだけあってシルフィロードの調整は、その機体性能と同様にピーキーだ。
ほんの僅かに調整しただけでも、動きに大きな違いが出てしまい、シンとフィルを悩ませる。
そして一ヶ所の調整が上手くいったかと思えば、今度は別の個所に不具合が起きる。
その繰り返しであり、調整が進むに連れて不具合箇所の違和感はどんどん大きくなっていくのだ。
ユウとシーナの進めている魔動制御回路の方は順調に進んでいるので、このままではそれが完成するまでに、シルフィロードの調整が終了するか不明だ。
さてどうしたものかと悩んでいると、背後から声を掛けられる。
「フィルは各部を初期バランスになるように調整。多分、それが一番、違和感が少なく感じる調整のはずだ」
声を掛けたユウが早速、フィルに指示を出す。
「ん?ユウか。そっちは一段落したのか?」
「ああ。おおよそはね。今はシーナさんに不具合箇所や簡略化可能な箇所の確認をして貰っている最中だ。それが済めば本体の作製に取り掛かれる」
どうやらシンが思っていた以上に魔動制御回路を含む操縦席は速く完成しそうだ。
「それはそうとユウ兄。さっき言ったバランスにしたら一番最初と同じになっちゃうんじゃない??」
フィルがそう尋ねるのも無理は無い。
そのバランスで違和感があると言われたから調整を始めたのだ。戻してしまっては最初と同様の違和感が出てしまうはずだ。
「いや、それで良いんだよ。今回の原因はシルフィロードにある訳じゃなくてシンの方にあるんだから」
「どういう事??」
ユウの言葉に3人は首を傾げる。
フィルはボソリと「やっぱりシンが我が儘なだけだったんだ」とか言っているので、後で覚えていろと心の中で思いつつ、シンはユウの次の言葉を待った。
「単純な話さ。シンの思考速度にシルフィロードの反応速度が追い付かないだけなんだよ」
魔動機兵は操縦者の魔動力を一度、魔動力炉で増幅させてから各部へと送る。
それはほぼ一瞬で行われる為に、普通なら考えた通りの動作を魔動機兵は行う。
だがここ最近、殆ど常に平行思考をしていたおかげで、シンの思考速度は爆発的に速くなっていた。
同時に5つくらいなら、それぞれ別の事を考える事も出来るだろう。
そんなシンが数手先を考えながら魔動機兵を動かせば、どんなに魔動力の伝達効率を高めても考えに動きが付いて来ないのは自明の理だ。
「今のシルフィロードのスペックじゃ、限界を越えない限り、シンの思考速度や反応速度を生かし切れなくなっているってのが実状なんだよ」
その言葉に一番驚いたのはシンだ。
この世界に来たおかげで身体は鍛えられたし、魔動力を得る事で身体能力が上がるのは分かっていたが、思考力まで上昇していたとは。
確かに最近は頭の回転もやけに速く感じるし、身体のキレも良い。
しかしまさかそのせいで操縦に不具合を感じるようになるとは思いもよらなかった。
「つまり俺はどうすればいいんだ?」
「多分、この調整は決闘の時にシンの癖に合わせた設定バランスにしてある訳だから、違和感は最小限に抑えられるはずだ。後はシン自身がそれと折り合いをつけるしかないな。それでも駄目だと感じた場合は、今以上に魔動力の伝達効率が上がる技術を新しく編み出すか、開発書通りの素材を集めて開発書通りのスペックが出せるシルフィロードを造るかしかない」
選択肢は1つしか無かった。
まず開発書通りに造る事など不可能。
そもそも開発書に書かれてある多くの材料が現存しない。
ウテソ鉱石やらニーテル合金なんて名前すら聞いた事のない素材ばかりだから、今のシルフィロードは既存する材料を代替品として使用して造り上げたのだ。
次に魔動力伝達効率の向上だが、もし今よりも効率の良い方法があるならば、既に今回の修理の際に採用しているはずだ。
それをしていないという事は本職のユウやフィルでさえ、その方法を思い付いていないという事だ。
かといってこれから開発するにしてもどのくらいかかるか分からない。
他の魔動技師や王立魔動研究所が開発する事も考えられるが、この時期に発表するような所など無いだろう。発表するならば多くの人の目に留まる王国祭で発表する方が衆目を集めるからだ。
つまり現時点ではシン自身がなんとか折り合いをつけなければいけないのだ。
ふとシルフィロードの名前の由来となったシンの最も好きなロボットアニメ『爆走機鋼ガンフォーミュラ』の事を思い出す。
確かあの主人公も自身の能力に機体が追い付かずに苦悩する場面があり、そのせいでライバル達に次々に負けていった。
アニメの場合はご都合主義が基本なので、その後に高性能の新型機が投入されて主人公は華々しく復活する。
だが現実にはそんな都合良くはいかない。
新型どころかマイナーダウンさせた量産機の試作機を作るだけでもギリギリなのだから。
シンは深い溜息と共に性能の限界に達してしまったシルフィロードを見上げるのだった。
シルバーウィーク更新強化週間。
ってな訳で明後日9/24(木)0:00に更新します。




