14-1
中央から発せられる淡い光のみが唯一の光源である薄暗い円卓。
そこで男と女は先の決闘の顛末を報告していた。
「悪夢を討ち滅ぼすだけでなく、悪夢に堕ちた者をも闇の中から救い出す金色の輝きか……我らの予想を遥かに上回るようじゃな、その資格者は」
老婆にしては珍しく楽しそうな感情を表に出している。
「はい。これまでの資格者とはかなり異なっております」
男は静かに肯定する。
「500年前でもあんなのは見た事が無いよ!本当に何者なんだ、あいつは?」
少年は驚きを隠せない様子だ。
「確かに。いくら資格者でもあれは異常よ。もしかしてナンバー9とも関係するのかしら?」
実際にその目で見ていた女でも、未だに信じられない様子だ。
「い、いくら幻の殲機でも、あ、あんな力は無かった…はず……」
相変わらず挙動不審なオドオドした男は口を濁す。
機体そのものが存在していなかったので、断定的な事は言えないのだ。
「もしあの金色の光が機体特性だとしても謎は残る。伝承によれば9番目の特性は“雷鳴の灯火”のはずだ。現に一度、その力が発現している事は周知の事実。その時は金色の輝きでは無かった」
男は冷静にそう分析する。
「特性が変化するとでも?」
「それは分からん。最初から2つの特性を持っていたのか、変化したのか。開発設計書が失われている以上、これ以上ここで議論を交わしても答えは出ないだろう」
彼らも万能ではない。
彼らの知識に無いものを検証する事は出来ないのだ。
そんな尤もな事を男に言われては黙るしかない。
「混沌を照らす光。乱れた調和を正し安寧をもたらす存在か。じゃが、もしあれを上手く使いこなせれば、再び世界は安寧と秩序を取り戻すやもしれぬな……」
老婆は静かに考えに耽る。
奇しくもそれは冷静な男と同じ考えだった。
強大な魔動の力と強い負の感情、そしてこの世界への嫌悪や恨みが悪夢を生み出す。
魔動文明が発達すればするほどその出現の確率は増していく。
だからここに参加する全員が、魔動の技術が急速な発展を遂げないようにある程度管理しコントロールしていた。
2度と魔動王国のような悲劇が起きないように。
悪夢が現れないように。
安寧と秩序を保つために。
しかし管理にも限界がある。
人類1人1人を管理する事は不可能であり、その感情を御する事も簡単な事では無い。
魔動革命やその後の魔動具や魔動機兵の開発に間接的に制約を与えるくらいしか出来ないのだ。
とはいえ魔動技術が高度に発展しただけで、悪夢が生まれ落ちる訳ではない。
もしこの世界の住人しか居ないのであれば、どんなに負の感情が強くなろうと、世界を恨んでいようと、魔動力は血によって薄められている為、悪夢が発現する事は滅多に無い。
けれど異世界からの来訪者である資格者は違う。
血で薄まっていない純粋な魔動力を行使出来るが故に、一度負の感情が爆発した場合は、その強大過ぎる魔動力、そして異なる世界の存在を知っている事が仇となり悪夢に堕ちやすい。
これまでの歴史上で悪夢に堕ちた者はすべからず資格者である事が如実にそれを表していた。
とはいえ悪夢と拮抗出来るのも、強大な力を持つ資格者のみ。
だからこそ資格者と判明した時点で監視を付けて見極める必要があったのだ。
悪夢に堕ちる可能性があるかを。
悪夢に打ち勝つ可能性があるかを。
「引き続きお主にはその資格者の監視を命じる。力が偶然による奇跡でないならば、この場に列席させる事も考えねばならぬからな」
「承知した」
男が頷く。
「それとアルザイルの方にも注意を向けておくのじゃ。皇帝が代替わりして、どのような事になるか分からんからな。資格者を失ったとはいえ、新皇帝の手元にはまだ4番目が存在している」
「ええ。それは当然ね。というより前皇帝の時以上に目を光らせておく必要がありそうだし」
女がようやく妖艶な笑みを浮かべる。
皇帝が変わった事で内部はまだゴタゴタしているだろうが、直ぐにもその混乱は収まるだろう。
その後、再び侵略戦争を始める可能性もある。
新たに皇帝となったフォルテが野心家だという事は女も知っているし、侵略戦争も大半はフォルテが指示を出したものだったから、今後の動向に注視する必要はあった。
「我らが望むは世界の安寧と秩序。それをゆめゆめ忘れるでないぞ」
最後に老婆がその言葉で締め、円卓の光はその光を弱めていった。
*
決闘を終えてヴァルカノの町に戻って来た翌日にシンは領主館の別館へと呼び出されていた。
この別館はこの町に駐留しているアイリが寝泊まりしているものだ。
アイリとミランダ、そして数人の侍従と護衛役のアークスとソーディがここで過ごしている。
人が少ないのは、基本的に特別な事が無い限り、アイリがキングス工房に出向いているからだ。
アイリの身の回りの世話の殆どはミランダ1人が行っているし、食事も昼食と夕食はキングス工房で皆と食べている。
もし貴族を迎える晩餐会などを催す場合は、当然、領主も参加するので、そちらの侍従が取り仕切って準備を進めるので、基本的にアイリの身の回りはそれ程人数を必要としないのだ。
そんなわけでシンは勝手知ったるなんとやらで、1人でアイリが待つであろう応接室へ向かっている。
窓の外を見ると、中庭で剣の稽古をしているソーディの様子が見える。
怪我をして稽古が出来ないアークスが脇でそれを見ているが、その周りには暇を持て余した侍女達がいる。
遠目で見ても背筋を伸ばしてカチコチに身体を強張らせて緊張しているのが分かる。
あの若さで王女付きの護衛に選ばれ、更には国の代表として決闘で魔動機兵の操縦者にも選ばれた将来有望な騎士である。
この機会にお近付きになっておこうというのだろう。
国の代表の操縦者という意味ではシンも同じではあるが、侍女達にもシンがアイリの想い人であると知られているので、積極的に声を掛けられる事はあまり無かったりする。
ちなみにソーディの方も女性が横で見ているという事で動きがぎこちない。
彼も若くして王女付きの護衛になるくらいの実力は持っているのでアークス程ではないにしろ侍女達の注目の的にはなっているようだ。
女性が苦手なあの2人には免疫をつける意味でも丁度良いのかもしれない。
(アイリの用件が済んだら、ソーディと対戦してみようかな。今のあの状態なら勝てる気がするぞ)
魔動機兵の操縦では誰にも引けを取らないシンだが、生身での訓練では未だソーディとアークスに1本さえ取れていない。
にわか仕込みの剣術と幼い頃から鍛錬を続けている2人の剣術とではこれくらい差が出ても当然だろうが、訓練時には魔動力による身体能力上昇をしていないので、実の所、驚異的ではあったりする。
「っと、眺めてる場合じゃ無かった」
シンは止めていた足を再び動かし、アイリが待つであろう大広間へと向かった。
「アイリ、来たぞ~」
程無くして大広間に到着したシンは声を掛けながら、広間の扉を開く。
「あっ、シンさん♪お呼び立てして申し訳ありません」
薄い緑色のロングドレス姿のアイリがシンを見つけて駆け寄る。
そして案の定、スカートの裾を踏み付けて転びそうになる。
公務以外でのアイリの行動は単純だ。飛び込んでくるか、その前で躓くか。
今回は後者だったようだが、既に予想は出来ていたので、シンは慌てる事無く、その胸で優しくアイリを受け止める。
「そんなに慌てなくても何処にも行かねぇから安心しろっての」
「ほ、本当ですか?」
安心させるように優しく頭を撫でてやるが、アイリは未だ不安そうにシンの瞳を見詰める。
「ん?今日は一体どうしたん……だ…?」
いつもと雰囲気の違うアイリに戸惑いつつ、助ける様に視線をミランダへと向けると、彼女の横にいる人物も同時に視界に入る。
長い黒髪を三つ編みで纏めた黒縁眼鏡を掛けた女性が顔の前で両手を合わせてシンに向けて頭をペコペコと下げている。
流石にシンも何となく察しがついた。
今日、アイリはアルザイル帝国からの亡命者である黒髪眼鏡の女性・シーナの事情聴取を取り行っていた。
といっても体面的なもので尋問のようなものでは無く、単なる世間話程度である。
シンが呼ばれたのも恐らくは彼が居た方が話がしやすいと思っての事だろう。
シーナはシンと同じくこの世界とは異なる世界からの来訪者であるが、その事はまだ誰にも話していない。
だが今の現状から考えて、話の流れでつい口を滑らせてその事を喋ってしまったのだろう。
シーナ自身だけでなく、シンも同じく異世界人だという事を。
シン自身も特別口止めしていた訳ではないが、知られた以上、無理に隠し立てする必要は無い。
「悪いな。隠すつもりじゃなかったんだ。けど証拠も無しに信じられるような内容じゃ無かったからさ」
「確かにそうですよね。私ももし悪夢の存在を見る前にそんな話をされたら、冗談だって思って笑ってしまいますよ」
悪夢はそこに存在するだけで、この世界とは全くの異質なものであると直感的に理解した。
あれを見たからこそ、この世界とは別の世界が存在するのではないかと直感的に理解した。
そしてこの世界の住人ではありえない魔動力の全くない資格者という存在がいる事で、そういう異世界があるのだと直感的に理解した。
だからアイリは理解した。理解してしまった。
異世界がある事を前提にこれまでの事を考えれば、頷ける事はたくさんある。
難解な魔動王国語をスラスラと読み解けていた事。
初見で魔動機兵を苦も無く操り、他の誰よりも上手に操った事。
この世界では見た事の無いカタナと呼ばれる剣や銃と呼ばれる飛び道具を生み出した事。
竜胆慎太郎という、この世界にしては珍しい名前である事。
見掛ける事が少ない黒髪である事。
その全てがシンがこことは全く別の世界から来たのだという事の証。
どういう理由でこの世界に来たのかは分からない。
けれどこの世界の人間では無い彼は、いつの日かここから居なくなるのではないか。
そんな不安でアイリの心は押し潰されそうだった。
だから必死にその身体を抱き締め、温もりを感じる事でシンが今ここにいるという現実を実感する。
そしてずっとここに居て欲しいと切に願う。
「大丈夫。俺はずっとここにいるから……」
シンもギュッとアイリを抱き締める。
「俺はこの世界に来て良かったって思ってる。俺の事をこんなにも愛してくれる人達がいるから。お前達を愛しているから。だからもし神様が俺に元の世界に帰れって言っても無視して突っぱねてやる。もしもの時は神様を殺してでもこの世界に残ってやるさ」
「むぅ~、こんな時くらい私だけを愛してるって言って欲しいのですけど~」
アイリが顔を上げてむくれた顔を見せる。
その瞳には先程までの不安は無い。シンの言葉に安心したのだろう。
「アイリ……」
「シンさん……」
2人は見つめ合い、徐々にその顔が近付いていく。
「え~、オホン!私達が居る事を忘れて、2人だけの世界に浸らないで貰えるかしら~?」
シーナのあからさまな咳払いにハッと我に返る2人。
ギギギッとぎこちなくシンが首を横に向けると、呆れて額に手を当てているミランダと、笑顔のはずなのにどうやっても笑顔に見えない表情をしたシーナが見える。
「いや~、ほら。そういう流れってあるじゃん?あはははは……」
「私が言いたいのは場をわきまえてって事よ!シンくんが…その…複数の女性と同時に付き合っているってのは聞いてたけど、目の前でいきなりそれをされるのは……あの…その……」
シンが惚れた弱みに付け込んでハーレムを作っている訳ではないという事はシーナも分かっている。
シンはアイリもクレスもフィルも、そしてシーナも同じだけ真剣に愛していた。
好きという気持ちを100%返してくれるからシーナもこの現状を受け入れたのだが、流石に目の前で見せつけられたら、恥ずかしいというか羨ましいというか。
「べ、別に羨ましいとかそういう訳じゃないからね!」
シーナは言ってから気付く。どう考えても今の台詞は羨ましいとしか取れない発言だった。
顔が恥ずかしさで火照ってくるのが分かる。
「え、え~っと、その、今のは……」
いつの間にか彼女の頭の中では先程のアイリの姿が自分に置き換わっていた。
完全にシーナの頭は茹で上がってしまい、まともに考えを纏める事が出来ない。
「全く。今日はシン様のラブラブっぷりを拝む為に呼んだ訳ではないのですよ!。姫様もシーナ様も少々、頭を冷やして下さいませ!!」
この場で一番冷静な判断を下せるミランダがやれやれとその場を諫める。
「え、あ、ああ。そ、そうだったな。そ、それで俺は何をすれば?」
シンは抱きついているアイリを引き剥がしながら、用件を尋ねる。
どうも、シーナの事情聴取は終わっているようなので、それに付き合うという訳ではなさそうだ。
少々残念そうな表情のアイリだが、仕方無く用件を伝える。
「まず最初にお聞きしたいんですが、お2人はどうやってこの世界へ来られたんですか?」
「正直言って良く分かっていない」
シンの答えにシーナも頷く。
悪夢からシーナを救う際に垣間見えた彼女の記憶では、駅前で大型のバスがシンの背後から突っ込んできたという映像があった。
そこから推論するにバスの運転手の居眠りとか心臓発作とかでハンドル操作を誤り、歩道へ突っ込んできた事故に巻き込まれたのだろう。
だがもしそれが原因ならば2人以外にもこの世界に飛ばされて来た人が居る可能性もある。
そしてもう1つ。
だがシンとしてはあまり考えたくない推論の1つだったので頭を振り、その推論を頭の奥底へと沈める。
「どうやって来たか分からないという事は帰る事も分からないという事ですね」
「まぁ、そうだな。まぁ、もし仮に元の世界に帰る方法が分かったとしても、こっちに来る方法が分からなかったら、さっきも言った通り俺は帰らないけどな」
シンの決意は固い。元の世界の16年より、こちらに来た2年半の方が充実していたというのも大きい。
「私はもし帰れるなら帰りたい。けどシンくんが残るなら……べ、別にシンくんが居ないと寂しいとかそういう訳じゃ……無い訳じゃないけど……」
シーナは勝手に墓穴を掘り、1人で真っ赤になって俯く。
「自分の意志でこちらに来た訳では無いのは分かりました。ではあなた達が異世界から来たというのを知っているのはどのくらい居ますか?」
「俺は誰にも話してない。アイリも知る通りずっと記憶喪失で過ごしてたから」
「私はアルザイルの前皇帝に。そこからどれだけ広まっているかは分かりません」
シンとシーナがそれぞれ答える。
「アルザイル帝国の事は正直分かりませんが、この国ではここに居る者以外は誰も知らないという事ですね。では申し訳ありませんが、この事はこれまで通りに内密に願います」
それも当然だろう。
シンを完全に信頼しているアイリでさえ動揺してしまったのだ。
恐らくクレスやフィルに言っても同じように不安を煽るだけだ。
口に出してはいないが、行き来の仕方が分からず、それが意志とは関係なく引き起こされるなら、この世界に来た時同様、突然、元の世界に戻される可能性もあるのだ。
シンは無視するとか神を殺してでも残る等とは言ったが、それが気休めでしかない事が分からない程、アイリも子供では無い。
他の人に同じような不安は与えたくないという思いからの言葉であった。
「ああ、わかった」
「はい、分かりました」
シンとシーナが頷くのを見て、アイリも頷く。その顔に不安は浮かばせない。
既に先程、取り乱してしまっている。
その際にシンの決意と温もりを感じているから、アイリは不安をおくびにも出さず笑顔を湛える。
「ありがとうございます。お聞きしたい事は以上です。それとシーナさんも今より王国民です。シンさん、彼女の事はお願い致しますね」
「りょ~かい」
アイリの内心に気付きもせず、シンは明るい口調で返事をするのだった。
1ヶ月の間、お待たせいたしました。
新章開始です。
ようやく当初から予定していた量産機ネタの開始です。
次回は9/13(日)0:00に更新予定。




