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異世界の機兵技師(プラモデラー)  作者: 龍神雷
第13話 悪夢の中に芽生える希望
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13-4

「シンが…勝った……の……」

 フィルは小屋の窓から身を乗り出すように黄金の輝きを放つシルフィロードを見つめている。

「シン……」

 クレスは祈るように両手を握り締め、その光景を見つめ続ける。

 彼女達にはいったい何が起きたのか理解出来ていなかった。

 アルザイル帝国の魔動機兵の1機が突然、闇に覆われ、異形の姿と化したと思ったら、身体の芯から震えるような恐怖を味わい、いつの間にかもう1機のアルザイル帝国の魔動機兵と共闘して異形の魔動機兵と戦い始めていた。

 そしてシルフィロードまでもが闇に覆われたと思った次の瞬間には、シルフィロードから王国祭の時とは比べ物にならない程の黄金色の魔動力の輝きを放ち始めたのだ。

 そして黄金の輝きを纏ったシルフィロードは異形の魔動機兵を斬り刻んでいく。

 気が付けば異形の魔動機兵はまるで闇の中に溶けるように消え去り、決闘場で立っているのはシルフィロードのみ。

「いや、どうやら決着はもう少し先らしい。とはいえすぐに決まりそうだけどな」

 ユウの視線の先でイルディンギア・ラーサーが槍を支えにして立ち上がる。

 だがその胸部は貫かれており、操縦者も無事とは思えない状態だった。

 それはドゥマノ自身も良く分かっていた。

 左腕と左足は感覚が麻痺しているのかピクリともしない。いや、そもそも既にあるのかどうかさえ分からない。

 悪夢による一撃はドゥマノの左半身を貫いていた。

 鎧甲を軽々貫く一撃を受けたのだから、もしそれで肉体が残っていたら奇跡だろう。

 いや、既にこうして意識を保って立ち上がっている事だけで奇跡だった。

 周囲を見回す。

 操縦席の中は自らが出した赤で染まっている。

 幸い、大きな空洞が空いているおかげで視界は確保出来ている為、目の前に居る金色の魔動機兵の姿を見る事が出来る。

 未来ある若い希望を護って死ぬのも良いと思ったが、彼は武人だ。

 武人である以上、死ぬ時は強者に敗れて死ぬのが本望。

 幸いな事に戦いの神はいつ死んでもおかしくない彼を未だ生かしている。

 神はドゥマノに戦いの中で死ねと言っているのだ。

 だからその奇跡に便乗する。

『黄金の騎士シンよ。最後の決着をつけようぞ!』

 ゴブリと口から赤い液体が溢れるが、しっかりとした口調で宣言する。

『も、もう止めて下さい!ドゥマノさんが死んでしまいます!!』

 黄金の魔動機兵からシンでは無い声が聞こえてくる。

『英雄殿……いやシーナ殿か。よくぞ、ご無事で。しかしまさかそなたが私の事を心配してくれるとはな。どうやらそなたの心を覆っていた氷は彼によって解かされたようだな』

 子や孫を思うような穏やかな表情でドゥマノは語りかける。

『遅かれ早かれこの命は尽きる。だからこそ武人としてこの者と決着を着けなければならないのだ。そなたもアルザイルの軍人だった身。理解してくれるな?』

 今、考えればドゥマノはずっと彼女を見守っていた。

 シーナがどんなに冷たくあしらおうと、まるで父親のように祖父のようにドゥマノは笑顔を絶やさず接してくれていた。

 事ここに至ってようやくシーナはドゥマノの優しさに気が付いた。

 記憶の刷り込みのせいだったとはいえ、彼に対して酷く冷たい態度を取っていた自分が嫌になる。

『ドゥマノさん…私は……』

『お喋りは終わりだ。椎那』

 シーナの言葉を遮ったのはシンだった。

『彼の最期の願いだ。俺達で叶えてやろう。槍聖の名を後世に残すに相応しい勝負にして』

 ドゥマノが意識を保ち立っているのは奇跡に近い。いつ息絶えてもおかしくない状態なのだ。

 時間は限られている。

 お喋りでその時間を浪費させる訳にはいかなかった。

 武人としての彼の決意と覚悟に応えなければ、男では無い。

 シンは地面に落ちていたカタナを拾い、剣先を突き出すように構える。

『槍聖のドゥマノ!』

 シルフィロードが脚に力を溜める。

『いざ、尋常に……』

 イルディンギア・ラーサーが腰溜めに突撃槍を構える。

『『勝負っ!!!』』

 同時に駆ける。

 勝負は一瞬。たったの一撃。彼らにはそれで十分だった。

 交差する2機の魔動機兵。

 金色の輝きは消え失せ、膝を着くシルフィロードの右手にはカタナの柄だけ。刀身は見事に根元から折れていた。

 対するラーサーは槍を突き出した状態で立ったまま。

 しかしその胸には折れたカタナの刃が突き立っていた。

「……これぞ、我が…本望………」

 その言葉と共に立った状態のままドゥマノは息を引き取った。

 最後の一撃の瞬間に見えたドゥマノの笑顔。

「くぅっ……」

 シンはその顔を脳裏に焼き付け、顔を伏せる。つーっとその瞳からは一滴の涙が流れ落ちる。

「ううっ…ドゥマノさん………」

 シンの胸の中ではシーナが顔を埋め、声を殺して泣いている。

 槍聖ドゥマノの最期。

 それは槍聖として、武人として、男として、立派で安らかな最期であった。



 *



「な、なんなの、あの子は!」

 どんな時でも妖艶な微笑を浮かべていた女もこの時ばかりは驚きの表情を隠せなかった。

 隣の男の顔を見ると、いつも無表情で冷静沈着なその男も驚きと表情と共に僅かに笑みを浮かべていた。

「まさか無機物しか転移させられない魔動陣を自ら作り変えて有機物まで転移させられるようにしたというのか……」

 彼らにも有機物まで転移させるような魔動陣など知らない。

 だが、現に目の前でその魔動陣は発動し、シーナを救い出していた。

「いくら資格者だからって新たな魔動陣を生み出すなんて、フェイズ5でさえ無理だったのよ!その上、悪夢に堕ちた人間を引き戻すなんて……」

「つまりあいつはフェイズ5以上の存在。魔動王国の人間並み、いやそれを超える程の力を有しているという事になる」

 この500年の間で発見された資格者は100人近く存在した。だが彼らがフェイズ5と呼ばれる状態まで覚醒を果たした資格者はいない。フェイズ4でさえ数人しかいなかった。

 その上、悪夢となった人間を解放するなど、これまで聞いた事も無い。

 悪夢は人が完全に希望を失い絶望に堕ち、この世界から隔絶した時に生み出される。

 悪夢を生み出した人間は肉体も精神もこの世界の理から外れ、悪夢と同化する。

 当然、人としての意識も記憶も悪夢に取り込まれ、魔動力が尽きるその日まで世界に恐怖と絶望を振り撒き続ける。

 その状態から人として現世に戻ってくるのは死んだ人間を生き返らせるのと同じくらいに奇跡的な事だった。

 だがそれすらもあの青年はやってのけた。

 それはまるで神の御業。神の奇跡。

 それ程までに目の前の光景は異常なものだった。

「奇跡を起こす黄金の機士か……あいつらしいと言えばあいつらしいな」

 最後の方の言葉は隣の女にすら聞こえない程、ほんの小さな小さな呟き。

「さて早急な報告が必要だな。あの力を上手く扱えば再び世界の秩序と安寧を取り戻せるかもしれん」

「そうね。それにどうやら決闘の方も決着がついたみたい。今回の事でアルザイルも暫くは大人しくなるでしょうし、ここで見た事はきっと今後の事に多大な影響を与えるわ」

 シルフィロードのラーサーの一騎討ちを見届けて、2人の意識は空気に溶け込むように消えていった。




 *



 決闘の翌日。

 朝早くに目が覚めてしまったシンは、気の向くまま外を歩いていた。

 気が付けば、昨日、激闘が繰り広げられた決闘場まで来ていた。

 まるで昨日の事が嘘だったかのように、決闘場だった場所は夜中の間に降った雪で白く覆われ、静寂が支配していた。

「槍聖のドゥマノ……」

 シンは目を瞑り、両手を合わせる。

 彼の遺体はラーサーと共に回収され、既にアルザイル帝国の人間と共に本国へと運ばれていった為にもうここには無い。

 だがこれは気持ちの問題だった。

 シンは目を開けて今一度、決闘場に視線を向ける。

 アルザイル帝国の魔動機兵操縦者2人の死亡によりフォーガン王国の勝利。

 サイヴァラス聖教国の高司祭であるミルスラが下した決闘の結果はそれだった。

 だが実際に亡くなったのはドゥマノ1人だけ。

 シーナは生存しているが、生きていると分かれば、帝国軍人という立場にある彼女はアルザイル帝国に戻らなければならない。

 しかし彼女にはもうアルザイル帝国に忠義は感じておらず、フォーガン王国への亡命を希望した。

 アルザイル帝国の代表であるはずの副大臣がいつの間にか姿を消していた為に、アイリとミルスラが協議した末、シーナに関しては死亡した事として処理をされたのだ。帝国軍人であり英雄であったシーナは死んだのだ。

 シーナの身柄は当然、フォーガン王国、いやアイリの保護下に置かれる事になる。

 とはいえ、すぐにでもキングス工房、いやシンの元へ引き渡されるだろう。

「彼女の事は俺に任せてくれ。だから安心して眠ってくれ」

 虚空に向けてシンは宣言する。ドゥマノに伝える様に、そして自分に言い聞かせる様に。

 どれくらいその場に佇んでいただろうか。

 冷え切った身体を震わせて戻ろうとした所で声を掛けられる。

「竜胆くん」

 そう呼ぶのはこの世界でただ一人。シンはゆっくりと声の下方向へ顔を向ける。

 そこには艶やかな黒髪を後ろで三つ編みに編み上げた黒縁眼鏡を掛けた元の世界のクラスメートが居た。

「委員ち……シーナか……」

 名前を呼んで貰えた事が嬉しかったのか、シーナは微笑を浮かべながらシンの隣へ来る。

 そして視線を決闘場に向けながら尋ねる様に呟く。

「ドゥマノさんはあれで満足だったんだよね?」

 シンと共に最期の瞬間、最期のあの笑顔を見たシーナ。

 悲しさは未だ溢れている。ちょっとした切欠で涙は溢れ出すだろう。

 けれどシーナは笑顔を浮かべる。

 彼に見せる事が出来なかった笑顔を浮かべる事こそが、彼の望みであり、供養になると信じて。

「あの人こそ真の騎士。真の武人だった。俺は騎士でも武人でも無い。けど全力で応えた。それで満足させられたかどうかは分からないけど、あの笑顔がきっと答えなんだと思う」

 シンにも本当の事は分からない。

 死んでしまった以上、もう尋ねる事も出来ない。後は残された者がどう捉えるかなのだ。

 だからシンは“満足だった”などとは口が裂けても言わない。

 彼女の中の想いがどう捉えているかは彼女自身の問題であり、シンが決定付けて良いものではないから。

「うん。ありがとう、竜胆くん」

 それがどういう意味の“ありがとう”なのかは分からないが、彼女の表情を見る限り、悪い方に傾いてはいないようだ。

「あのさ…俺も名前で呼んでいるんだし、その“竜胆くん”っていうのやめないか?こっちの世界に来てからずっと“シン”って呼ばれてたから、そっちで呼んで貰う方が違和感が無くて良いんだけど」

「え?えぇっ??い、いきなりそんな……」

 最初に名前で呼んで欲しいといきなり言ったのはシーナの方なんだが、と思いつつ、もじもじするシーナの言葉を待つ。

「その……シ、シン…くん………」

 流石に優等生だったシーナには呼び捨てはまだハードルが高いようだった。

「ま、及第点ってとこだな。今後の優等生ぶりに期待しますかね」

「もう~、意地悪!優等生をやるのも色々大変なんだからねっ」

 頬を膨らませるシーナがおかしくて笑い声を上げる。

 そんなシンに釣られてシーナもクスクスと笑い始める。

 些細な事だが空気が和む。

 この世界に来てシーナは辛い目に遭っている。そのせいで悪夢は出現し、ドゥマノも亡くなっている。

 きっとこの事を忘れる事は出来ないだろう。

 だからシンは少しでも彼女の辛さを忘れさせようとする。

 シンは彼女にとっての希望だから。

 ひとしきり笑い合った後、シーナが口を開く。

「ねぇ、シンくんは大丈……」

「お~い、シ~ン!!」

 シーナが言い掛けている最中に遠くから呼ぶ声があり、シンは振り向く。

 そこには手を振ってこちらに駆け寄ってくるクレスの姿があった。

「あはははっ、早速、逢引なんて隅に置けないなぁ。ボクも混ぜろ~!!」

 その後ろからはクレスを追い抜かんばかりのスピードでフィルが走ってくる。

「ふ、2人とも待って下さい~」

 更にその後ろからは防寒着の着込み過ぎで関取のように膨れているアイリがミランダに手を引かれてヨタヨタとやってくる。

「お~い、アイリ~!あんまり急ぐと転ぶぞ~!!」

 とシンが忠告した途端、雪に足を取られずべっと転ぶ。雪の上なので怪我は無いだろう。

 最後に彼女達の姿を楽しそうに見ながらユウが歩いてやってくる。

「え、えっと、あの……」

 彼女達の乱入にシーナは先程言おうとしていた言葉を飲み込む。

 だがシンには彼女が何を言いたいかは分かっていた。

 今のシンは彼女の希望として強がってわざと明るく振る舞おうとしていた。

 その原因はドゥマノの死。

 間接的とはいえ、ドゥマノに止めを刺したのはシンだ。

 彼が望んだからだとか、最後の一撃を放った時には半ば事切れていたかもしれないとか、直接手を下した訳ではないとか、そんな事は関係無い。

 シンが自らの意志で、自らの手でドゥマノと決着を着けたのだ。

 多分、彼が瀕死の状態じゃなかったとしてもどちらかの命が尽きるまで戦っただろうと思う。

 シンは自ら、決意と覚悟を持ってその手を血に染めたのだ。

 人生で初めて、その手で1人の人間の命を終わらせたのだ。

 その事はシーナの心の内にある絶望と同様に、一生忘れる事は出来ないだろう。

 そしてこれがいつかシンにとって絶望に変わる時が来るかもしれない。

 シーナはそれを危惧しているのだろう。

 シンはそんな心配をしてくれるシーナの頭を撫でる。

 彼女は照れて頬を若干染めながらも撫でられた理由が分からず、シンの顔を仰ぎ見る。

 直後、見つめていた顔に白い塊が直撃。

「ぶほっ」

「やっり~♪命中~!!」

 雪玉をお手玉のように弄びながらフィルが得意そうな笑みを浮かべる。

「…まさかの不意打ち……フッフッフッ、良いだろう。その挑戦、受けて立ってやる!!」

 シンは顔に残った雪を払うと、すぐに雪玉を作って投げ返す。

 しかし狙いも付けず適当に投げただけなので、あっさりとフィルにかわされてしまう。

「へへ~ん!そんな攻撃、シルフィロードの如きボクの動きの前では当たらないよ~ん」

「くそっ、舐めるなよ~!よしっ、シーナ。一緒に行くぞ!」

「え、あ、うん」

「ちょっ、2人掛かりはズルイって~」

 フィルの悲鳴がこだまする。

 その光景をやれやれと見つめながら、助けに入るクレス。

 寒さに震えながらも楽しそうに笑いながら雪の中から立ち上がるアイリ。

 それを支えるミランダ。

 一番後ろから全員を暖かく見守るユウ。

 そして戸惑いながらもシンの隣で雪玉を作り始めるシーナ。


 これだけの愛すべき仲間がいる。

 護りたい人達がいる。

 だからきっと絶望になんて飲まれたりなんかしない。

 彼女達の希望であり、そして彼女達が希望であり続ける限り。

ドゥマノの最期なのに、前回までで全力を出し過ぎたせいで、淡白になってしまいました。

とはいえ、なんとか満足出来る形で終える事が出来ました。


折角の冬の辺境地って事で次回は番外編で温泉回を予定。

8/9(日)0:00に更新の予定です。



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