2-1
「二人ともー。お茶が入りましたから一休みして下さい」
トレイに人数分の冷たいお茶とお菓子を乗せたクレスが工房に顔を覗かせる。
しかしクレスの明るい声とは裏腹に工房内は険悪なムードが漂っていた。
「現段階では僕は反対だ」
「なんでだよ!この段階で研磨した方が効率がいいだろ!!」
「確かに効率はいいかもしれないが、こいつは試作機だ。まずは完全に組み上げてちゃんと動くかを確認するのが先だ」
ユウとシンは激しい言い争いを続けている。
「不具合が出て、後でその部分を交換しなければならなかった場合、もし研磨して形を整えていたら、他の場所に再転用するのが難しくなるし、研磨した時間も無駄になる」
ユウの判断の方が正しい。
確かに魔動機兵は人の数倍の大きさであるため、1つ1つの部品は大きくなる。形を整え、加工するにはシンの言う通り、組み立てる前に行うのが効率はいいだろう。
だがそれは完全に完成する事を前提とした理屈だった。
販売されているプラモデルならば、既にメーカー側で試作を繰り返し、完成できる事が確約されているから、それでいいかもしれない。
だが、動く保証もない初めて作る試作品にそこまで時間を割く理由はない。
手間は掛かるかもしれないが完成後に分解して加工調整する方が合理的なのだ。
「こらっ、ユウ!シンを苛めない!」
トレイを置き、口論する2人に近づくとおもむろにシンの頭を抱きかかえる。
「シンは素人みたいなものなんですから」
「いや、僕は別に苛めてたわけではないんだけど……っていうか、離してやった方がいいんじゃないか?シンが茹で上がりそうだぞ」
クレスの胸に頭を押し付けられたシンは耳まで真っ赤になって硬直している。
「えっ、わっ、きゃあっ!」
バシィーンと良い音が工房に響き渡る。
「あっ、ご、ごめんなさい」
(人のことを自分で胸に沈めておいて平手打ちとは、なんて理不尽な……)
頬に感じていた柔らかな温もりと、その後の熱のような痛みと衝撃の両方の火照りを感じながらシンは思う。
2人の年齢差を感じさせない振る舞いのおかげで、最近では敬語を使わない事も2人を呼び捨てで呼ぶ事も苦では無くなっていた。
当初あった遠慮も無くなった為、今のように意見の食い違いで口論になる事もしばしばあった。
シンの頬に冷たい濡れタオルをあてながら今回の口論の理由を聞いたクレスは一つ頷くと
「ユウの言い分は良く分かります。魔動技師のユウが言うんだから、その方が最終的に効率は良いのでしょうね」
追い打ちをかけられる結果となったシンだが、彼自身もユウの言う事の方が正しいと気付いていた。見た目を重視したかったのは単純にシンの我が儘だから。
「でもシンの言う事も私は分かります。だってどうせ作るなら綺麗な方、格好良い方が素敵じゃないですか」
クレスはいつも両者を立ててくれる。それはシンへの同情でも気遣いでもない。クレスは本当に素直にそう思っているのだ。
だがシンはというと、そんな自分の我が侭をいつも肯定的に見てくれるクレスに心苦しくなり、彼の方が先に折れるのだった。
「まぁ、今回は専門家の意見に従うよ」
「今回も、だろ?」
「へっ、言ってろ。次こそは俺の意見の方が正しいって言わせてやるよ」
いつもと同じ嫌みの無い軽口の応酬。
これで口論も険悪なムードも終わる。仲直りの合言葉のようなものだった。
けれどこれもクレスが仲裁しているからこそだろうといつも思っている。
シンがユウの手伝いを始めてから既に3ヶ月が過ぎようとしていた。
その間、ずっと魔動機兵の作製を行っていたわけではない。
魔動工房である以上、魔動具の修理の依頼も来る。
町に1つしかない工房である為、依頼があれば断るわけにはいかない。一目見て完全に修復不可能と分かれば断る事も出来るだろうが、そういうものはそう多くない。例え修復不可能なものでも一度は中身を見なければ分からないので受けざるを得ないのだ。
それに依頼を受けなければ収入がない。
生活するだけなら、蓄えは十分あるが、趣味とはいえ魔動機兵を作ろうとすれば、素材や工具の調達にいくら掛かるか分からない。
特に魔動機兵の骨格とも言うべき魔晶フレームは、魔晶石と呼ばれる、魔動力を通しやすい石を削って作られる。
魔晶石自体は安価で手に入れやすいものだが、8mを越える魔動機兵の多くの場所に使われるため、その量は膨大となる。
その為、金はいくらあっても足りないくらいなのだ。
そういうわけで、収入を得る為に修理依頼をこなし、その合間合間で作業を進めているため、その作業速度は決して速いものではなかった。
それでもユウの祖父が独力で作業していた頃に比べれば、格段に速くなってはいる。
その要因はシンと何故か日本語で書かれた500年以上前の古文書『魔動機兵開発計画ファイル』の存在だった。
シンには専門的知識も技術も無い。だが日本語で書かれてあったおかげで、書かれている内容の意味が分からなくても読む事が出来る。
シンが読み解いた内容を魔動技師であるユウが己が持つ知識と技術で再現する。
それまでの手探り状態の時に比べれば、はるかに効率が良くなったのは言うまでも無い。
「それで次はどうする?」
シンはお茶を片手に尋ねる。
「そうだな。流石にシンに調整を頼む事は出来ないから、この間手に入れた魔晶石を削り出す作業をして貰おうかな」
「げっ、あれをやるのか……」
シンはその言葉を聞いて嫌そうな顔をする。
魔晶石の加工は基本的におおよその大きさに切ってから不要な部分を削るという作業になる。
魔動機兵に使われるものは基本的に巨大になる為、その加工作業は石断機や研摩機を使用することとなる。
だがシンにはそれらの魔道具を動かす為に必要な魔動力が無い為、必然的に手作業となってしまう。
以前、1m程の魔晶石を削り出すのに3日程を要した挙句、全身筋肉痛に見まわれた事を思い出して深い溜息を吐く。
「今回はクレスに手伝ってもらうといい。彼女が触れていれば魔動具も動かす事が出来るだろう」
「それは助かる。すげぇ、助かる。というかそうじゃなきゃ、あんな作業はもう二度としたくない!」
余程前回は辛かったのだろう。手作業の量が減ると聞いた途端、シンの顔は花が咲いたように明るくなるのだった。
魔動機兵には基幹となる部分が4つある。
1つ目は魔晶フレーム。
魔動機兵全体の重量を支える根幹であり、各部位に魔動力を行き渡らせて可動させる内部骨格である。
人間で言えば骨と筋肉に該当する。
一般的に魔晶石を削り出して作られるが、魔動力の伝達効率は落ちるが魔晶鉄と呼ばれる金属で作る事も出来る。
魔晶石や魔晶鉄は魔動力を通す特性から魔動機兵だけでなく、多くの魔動具にも使われている。
2つ目は鎧甲。
石で出来ている魔晶フレームは頑丈ではあるが柔軟性に欠け、外部からの衝撃で割れたり砕けたりする事もある。
それを防ぎ、衝撃を緩和する外骨格である。
元々、魔動機兵は魔動王国時代に鎧の発展系として生み出されたものであり、その姿は鎧に近く、その材質も高硬度の金属が使われている。
例外的に作業用魔動機兵には、この鎧甲が使われていない事が多い。
コスト削減という面もあるが、魔晶鉄を使用したフレームは石に比べ、柔軟性と耐久性に優れ、鎧甲としての機能も果たしているからだ。
それほど複雑な動作は行わなず、俊敏な動きも必要とされていない作業用の場合、少しくらい伝達効率が悪くても問題にはならない。
結果的に重機のようなフレーム剥き出しな無骨な姿となってしまうのだが、作業するのに見た目の良さは必要無いので重要視はされていない。
3つ目は魔動制御回路。
単純な操作で魔動機兵に人間と同じような複雑な動作をさせる為の制御処理装置である。
金属板に魔動力を通す回路図を刻み込み、操縦席にあるレバーやボタンと対応させる事で、それに刻まれた動作を行わせる、いわゆる動作プログラムである。
単純な作業は簡単な回路図だが、動作が複雑化すればするほど、回路図も複雑になっていく。
回路図の意味は解明されていないが、実存する回路図を模倣する事で同じ動作を行えるようになる事は証明されている。
新しい動作を行う回路は作り出せないが、壊れたとしても同じ回路図を刻む事で回路自体は新しく作る事が出来る。
魔動具の故障の原因の大半はこの回路図の損壊が殆どを占めている。
魔動技師の修復作業とは主に回路図の模倣作製だと言えるだろう。
そして最後は魔動力炉。
魔動機兵に限らず魔動具全てに使われている、魔動力を増幅し運動エネルギーに変換する全てを動かす動力源であり、心臓部である。
魔動機兵に使われているものは、必要な出力が高い為、その大きさは、小型と言われるものでも最低30cm近い大きさになる。
大きければ大きいほど高いエネルギーを発し、一番大きなものでは4m級の魔動力炉が発見されているという。
全ての動力源となる魔動力炉だが、これだけは未だ作製方法はおろか、修復方法さえも解明されていない。
核となる魔動力を増幅する鉱石があり、それさえあれば修復も作製も可能らしいのだが、その鉱石は現在には存在しない未知の鉱石であり、名前さえ判明していないのだ。
現在ある魔動機兵、魔動具の魔動力炉は魔動王国時代の遺物で、損傷していなかったもの、損傷が軽微だったものを使用しているに過ぎない。
壊れれば換えの効かないとても貴重なものなのだ。
だからこそシンもユウも頭を悩ませていた。
「なぁ、魔動力炉はどうする?」
その日の夕飯を食べ終え、食後のお茶を飲みながらシンはユウに尋ねる。
「確かメインの魔動力炉の他に肩と股関節それぞれにも魔動力炉を使うって書いてあるんだったよな」
「ああ。一番可動率の高い関節に直接設置することで魔動力の伝達効率を向上させて、出力を上げるって事らしい」
シンは開発書を手に取り、そこに書かれてある内容を読み上げる。
「確かにこの発想は画期的だ。この方法なら魔動力炉が小さくても出力は見込めるし、重量やスペースもかなり減らす事が出来る」
魔動力炉の出力が2倍になった場合、その大きさは約3倍になり、重量もそれに見合ったものとなる。出力を高くすればそれだけ魔動力炉は大きくなるのだが、この方法だと同じサイズで比較した場合、出力は総合的に高くなる。つまり逆を言えば出力が同じならその大きさも重量も低く抑えられるということだ。
「だけど魔動力炉は貴重だからなぁ。メイン魔動力炉は祖父が手に入れていた作業用魔動機兵のものがあるからなんとかなるとしても、他に4つも必要となると……」
作業用といえど魔動機兵は高価な代物である。例え貴族でも1機を手に入れるのに相当な労力を要するだろう。
そんな魔動機兵を1つとはいえユウの祖父が手に入れたのは奇跡と言えるだろう。
だがそれを更に4つも必要となると完全に不可能だった。
「確かにこんなんじゃ、研摩どうこうで言い争ってたのは不毛な事だなぁ」
昼間の口論を思い出してシンは苦笑する。
どんなに外見を良くしても出力が作業用と同等では、今までと変わり映えしない。それでは意味が無いのだ。
彼らが目指しているものはもっと高みなのだから。
「せめてジルグラムがあればなぁ」
開発書を眺めながらシンが呟く。
「ん?ジルグラムがあったらなんなんだ?」
ジルグラムとは緑色をした水晶で、手で触れると、触った部分の内部に同心円状に波紋が広がる特性を持つ。
その特性から首飾りや指輪などの装飾品によく使用されている。
火山地帯でよく採掘され、ヴァルカノの町の特産品の1つにもなっている。
「え、ああ。ここにその名前が書いてあって、魔動力炉の核の代用品として使えるらしい」
「ああ、そういうことか。けどジルグラムに魔動力を通すとエネルギーを発するのは、随分前に研究所が発見してるよ。けどエネルギーが拡散して変換効率が悪いから、使えないって結論が出ているはずだよ」
ジルグラム内部に広がる波紋は魔動力が広がっているのを示していると王立魔動研究所は突き止めた。そしてそこから小さな運動エネルギーが発生する事も突き止めた。だが魔動具を動かす程の力は発生しなかった。その為、綺麗な波紋が広がるという見た目だけが売りとなり装飾品に使われることとなった。
「でもここには球体状にして、魔動力の送信部とエネルギーの発信部を円の中心を通して真っ直ぐ一直線にしてやれば最大効率で変換出来るって書いてあるんだけど」
一点から注がれた魔動力は同心円状に広がる。
平面や角面があれば、そこで跳ね返り、続いて来る波と相殺され、力を失う。
だが球体であれば波は球体の外側を通り、反射することなく、そして力を失うことなく、反対側へと流れていく。そして全方位から、ただ1点でぶつかり合う。その魔動力同士の衝突による衝撃は与えた力以上の力へ変わり、エネルギーとして放出される。
「あ、でも物理的に今の技術じゃ不可能って事なのか」
国内屈指の知識人と技術者の集まる王立魔動研究所が不可能と断定したのなら、その加工は不可能だということなのだろう。
500年以上前の技術の多くは現在では失われてしまっているのだから。
「お、おい、シン。い、今、球体って言ったよな?」
落胆するシンにユウは驚きの様子を隠せない表情で聞き返す。
「え、ああ、そうだけど?」
「研究所が使えないと判断したのは確か僕が生まれる頃だったはずだから20年近く前。その頃はまだ今ほどの加工技術は無かった。けど今は……」
ブツブツとユウは独り言のように呟きながら考えを纏めようとする。
「…うちじゃ難しいかもしれないけど、本職ならば……うん、試す価値はありそうだな」
どうやら考えが纏まったらしい。
「シン。ジルグラムはどれくらいの大きさがあればいいんだ?」
「えっと、ここには書かれてないけど、魔動力炉の核の代替品って事だから、同じくらいの大きさでいいんじゃないかな?」
「そうか。よし!明日は作業は一度中止してイフリ山に向かうぞ!!ジルグラムの採掘だ!!」
1人で納得し一人で盛り上がるユウ。
何か考えがあるのは明白だが、シンは嫌な予感しか感じていなかった。
先週、更新をサボったので2日連続投稿予定です。