13-1
対峙するドゥマノのイルディンギア・ラーサーとシンのシルフィロード。
突撃槍の一撃を紙一重でかわして、シルフィロードは踏み込みと同時にカタナを薙ぐ。
しかしラーサーが僅かに身体を後ろに下げただけでその一撃は空を斬る。
振った勢いのまま、シルフィロードは身体を一回転させ、速度と威力を増した一撃を再度放つ。
だがその一撃も縦に構えた槍によって防がれてしまう。
『ちぃっ!』
舌打ちしつつもシンは攻撃の手を休めない。
左右にフェイントをかけつつ、裏を掻いて飛び上がる。ラーサーの頭上を飛び越えながらカタナを突き出すが、左肩の鎧甲を僅かに掠っただけ。
後方に着地しながら半回転しながら薙ぐが、既にそこにラーサーの姿は無い。
シルフィロードの回転に合わせて動いたラーサーが無防備となった背後に槍を突き出す。
シルフィロードは咄嗟に前方へと飛び、前転するように攻撃を避けつつ大きく間合いを離す。
すぐに立ち上がって警戒するが、ラーサーは深追いはせず、槍を構えたままシルフィロードを見据えている。
武器の扱いや体捌きなど操縦者の基本能力ではドゥマノが遥かに上だが、シルフィロードの反射速度と持ち前の並列思考による判断力の速さのおかげでシンはなんとか互角の戦いを続けていた。
とはいえ、精神的・体力的にシンの方が圧倒的に消耗していた。
『はぁはぁ。格好付けて武器を取れなんて言わなきゃ良かったぜ』
シンの息は大分上がっていた。
いくら魔動力を得た事による副産物で身体能力が上昇しているとはいえ、動きが身体に染みついていない為、どうしても無駄な動きが多くなってしまう。ただでさえ高速機動による負荷と、一撃必殺の威力を持つ槍の攻撃を見極めるのに神経をすり減らしているので、予想以上に精神力と体力は消耗していた。
『よもやここまでこの私と対等に戦える者がいるとは思わなかったぞ。引退せず槍聖の名を持ち続けた甲斐があったわ!』
ギリギリのシンに対し、ドゥマノの言葉には余裕が見られる。
(長期戦は不利だな)
1対1の状況となり、シルフィロードとグランダルクの戦場が決闘場の端と端で距離が離れていることから、アークスの援護は期待出来ない。
それにグランダルクとガティーはどちらも基本的に防御機という事もあり、決定打に欠ける為、長期戦が予想される。
シンの体力から見て、こちらで早期に決着をつけなければ、フォーガン王国の負けは必至だった。
シンは1つ大きく息を吐いて呼吸を整えてから、切れかけた集中力を再び呼び戻す。そして更に今まで以上に集中力を高めていく。
王国祭でのグランダルクとの戦いで最後に見せた雷光の如き動き。
身体への負担、そして機体への負荷が大きいが、あれを再現するしか、目の前の強敵を倒す手立ては無かった。いや、もしかするとそれでも倒せない可能性はある。だが、それ以外の方法が思い付かない。
「やるしかないか」
王国祭の時はあまりの負荷に機体は耐え切れず、更にシン自身も直後に意識を失ってしまう程、消耗する事となった。
あれからたった3ヶ月とはいえ、シンも体力作りを続けていたし、シルフィロードも強化されている。
出来る出来ないでは無く、やる。
その覚悟を持って、シンはその瞬間の為に魔動力を高めて踏み出そうとする。
だが、突如、背後から感じる禍々しい気配によってシンは踏み出し掛けた足を止めた。
いや、止めたというより止まったというべきか。
ぞくりとした感覚が身体を走り、竦んだように足を動かせず、踏み出す事が出来なかったのだ。
その気配はどうやらドゥマノも感じ取っていたようだ。
『待たれい!何やら様子がおかしい』
それに同意したシンは背後を振り向く。
敵対者相手に背中を向けるのは自殺行為に等しいが、武人であり、シンとの戦いを楽しんでいるドゥマノが不意打ちで背後から襲い掛かる事は無いと、この短い戦いの中でシンは確信していた。
振り向いた先で見たものは、呆然と立ち竦む黒い魔動機兵・グランダルクとその前にあるグランダルクよりも更に黒い、まるで闇そのもののような靄に覆われた空間であった。
だがどこを見回してもラーサーと同型機であるガティーの姿は見当たらない。
地面に倒れているという訳でもないので倒したのでは無いようだ。
考えられるのは靄の中。
彼らが注視する中、闇色の靄は徐々に薄れていく。
そしてその中から禍々しい姿をした存在が姿を現した。
シルフィロードの魔動フレームよりもなお細い、枯れ木のような胴体から、これまた枯れ木のような細さの手足が伸びた異形。
手足の先には巨大な鉤爪が鋭く伸び、胸に当たる部分には血のような赤黒い水晶のような球体がドクンドクンと脈打っている。まるで心臓のようだ。
背中からは皮膜の無い骨格だけの蝙蝠のような羽が生えており、両肩からはそれが元はガティーであった事を現すように巨大な盾が地面すれすれまで伸びている。
その姿はまるで悪魔か何かのよう。
『ま、まさか、あれが英雄殿のガティーなのか?……悪夢でも見ているというのか……』
ドゥマノの言葉に出てきた単語にシンはハッとする。
魔動王国時代に綴られた日記に書かれていた内容が瞬時に頭に浮かぶ。
悪夢。
それは世界の理から外れた存在。
確か日記では威力偵察に出た5機の魔動機兵が一晩で全滅。その後に50機を集めて戦いに挑んでいたはずだ。
その日記はそこで終わっていたので、どういう結果になったのかは分からない。
だがシルフィロードの開発書に書かれてあったスペックが正しければ、魔動王国時代の魔動機兵は現在の魔動機兵よりも遥かに性能は高かったはずである。
それが5機いても倒せなかった存在だ。
もし目の前の存在が本当に悪夢だとしたら、勝てる見込みは皆無と言って良いだろう。
ドゥマノの驚きようから、これがアルザイル帝国側が仕込んだ奥の手という訳ではなさそうだ。
原因は不明だが、予期せぬ事態という事になる。
目の前の存在が悪夢だと仮定して、ラーサーを戦力と見込んだとしても魔動機兵が3機。それも魔動王国時代よりも性能は低いだろう。
勝負にすらならない可能性が高い。
それにあの姿を見ているだけで感じる背筋が凍るような感覚。
意識をしっかりと保っていなければその場に崩れてしまいそうな程の強烈な恐怖があの存在から滲み出ている。
「コォォォォォゥゥゥォォゥォォォォォゥゥゥゥゥウウゥゥウウォオオオォォオオォゥゥゥウウウオオォォゥ」
悲鳴とも雄叫びとも取れる産声を上げて、それはこの世界に生み出された。
それを聞いただけでシンの体はガクガクと勝手に震え、額から背中から大量の冷や汗が流れ落ちる。しかし身体が委縮してその汗を拭う事もままならない。
最も近くでその叫びを浴びたアークスは完全に恐怖で凍りついていた。
思考も回らず、息をする事さえ出来ない。
瞬きする事さえも出来ず、息苦しさの中、ただ目の前の異形を見続けるだけ。
悪夢が無造作に右手を掲げ、軽く振るう。
右腕はまるでゴムのように伸び、鞭のようにしなってグランダルクを横から叩き付ける。
重量級のグランダルクはその重さを感じさせない程の勢いで宙を舞い、シン達の横を通り抜け、反対側にある決闘場を囲う柵に叩きつけられた。
「がはっ。ぐっ、げほっげほっ」
叩きつけられた衝撃と悪夢から離れたおかげでアークスは呼吸を取り戻す。
だがそれまでの恐怖と吹き飛ばされた際の衝撃で身動きが取れない。
『アークスさん!』
吹き飛ばされるグランダルクを見て、シンは呪縛が解けたように動けるようになる。
『槍聖のおっさん!援護してくれ!!』
シンの言葉にドゥマノも心と身体を覆う恐怖を振り払う。
シルフィロードが全速で駆ける。少し遅れてラーサーも追う。
高速で接近しながら悪夢に向けてカタナを振るう。
だがその一撃は回転した左の盾によって弾かれる。
時間差で繰り出されたラーサーの槍も右の盾で弾き返される。
悪夢の両手が槍に変わり、2機に向けて同時に突き出される。
両者とも寸での所で回避し、再び攻撃を繰り出す。
だがやはり両の盾により悉く攻撃は弾き返されてしまう。
『回転する盾の基点を狙え!これがガティーの絶対防御と同じならば、そこしか打ち破れる点は無い!!』
ドゥマノの忠告は自国の魔動機兵の弱点を露呈するものだが、そんな事に構っている場合でも余裕も無い。
とはいえ相手も止まっている訳ではないので、ピンポイントでその部分を狙うには少々難しい。
ドゥマノに比べれば動きは緩慢で大雑把だが、その一撃の破壊力は掠っただけでシルフィロードなど粉微塵にされるだろう。
悪夢からの攻撃に注意しつつ、盾の弱点を突く。
ドゥマノを相手にしていた時以上に、意識を研ぎ澄ませ、集中力を高める。
繰り広げられる攻防の中、高まった集中力のおかげで、その存在を視覚に捉える。知覚してしまう。そして気付いてしまう。
『槍聖のおっさん!ちょっと離れてくれ!!』
そう言ってシルフィロードが間合いを離したのを見て、ドゥマノも一度、悪夢から離れる。
ある程度離れると悪夢の攻撃は止む。同時に肩で回転していた盾も止まる。
悪夢は禍々しい気配を放ったまま、その場から動かない。
動けない理由があるのか、それともただ単に動かないだけなのか。
どちらにせよ、攻撃される事が無いので、息を整えるには丁度良かった。
『どうした。疲れたか?それとも何か他に打開策でも思い付いたか?』
傍から見れば一進一退の攻防のように見えるが、悪夢がその場から動かず、また攻撃が単調だから今の状況を維持出来ていた。
しかし悪夢の攻撃は徐々に鋭さを増していっている。
集中力を保っている間はなんとか避け続ける事が出来ているが、時間が経てば経つ程、不利になっていくのが目に見えている。
『正直、体力は限界に近いし集中力も切れそうだし、逃げ出したい気分だよ。その上、あいつを倒す糸口も見えない……ってそうじゃない!1つ尋ねたいことがあるんだ』
『この状況で尋ねたい事というのは一体なんだ』
『彼女…あの英雄って呼んでた彼女の名前って何だ?』
正直、シン自身もこんな時に何を聞いてるんだと思わざるを得ない。
『こんな時に何を!』
ドゥマノの反応も当然だった。
だが見てしまった。見つけてしまったのだ。
悪夢の胸にある赤黒い水晶の中に。
一糸纏わぬ姿で眠るように水晶に浮かぶ彼女の姿を。
その彼女の顔にシンが懐かしさを感じたのだから。
『頼む。重要な事なんだ』
必死な様子のシンにドゥマノは諦めたように答える。
『彼女はアルザイル帝国の英雄、シーナ殿だ』
それはシンも知っている。昨日、紹介されたから知っている。
『そうじゃない!彼女のフルネームだ!!』
『む、むぅ。確かシーナ・ミカミだかミナミだかカナミだったか、そんな名前だったはずだ』
普段から英雄と呼ばれ、ドゥマノも英雄殿と呼んでいたので、はっきりとした名前は覚えていなかった。
『シーナ・ミナカミ。そうじゃねぇか?』
『おお。そうだ。そんな名前だ!だが、なぜお主がそれを?』
シンの予感は的中していた。
水上椎那。
元の世界で家族以外の異性で一番喋った相手だった。
とはいえ親しいという訳ではない。
彼女がクラス委員長だったから、それで喋ったという程度だ。
昨日の様子から彼女はシンの事を覚えていないようだった。
単にシンが成長して気が付かなかっただけなのか、シンが言い訳に使った記憶喪失が彼女に本当に起こったのかは分からない。
昨日、頭を抱えて苦しみ出した姿を見る限り、後者の可能性が高いとシンは思う。
見知った顔なので驚きはしたが、シンはそういう事もあり得るとは思っていた。
異世界からこの世界に飛ばされてきている人間が、シン以外にも過去にいた事は、王都の医者の話や様々な文献から分かっていた。
だからそれ自体に驚きは無い。
驚いたのは、生真面目で優等生の彼女がこの世界に飛ばされてきて、英雄と呼ばれ、シンと同じように魔動機兵の操縦者となり、そして今、悪夢に取り込まれているという事実。
彼女の事を見つけてしまった以上、シンが取るべき行動は1つ。
『あいつの胸の赤い所。あそこに彼女がいる。もしかするとそれが糸口になるかもしれない』
はっきり言って憶測でしかない。
彼女を助け出す事なんて不可能なのかもしれない。
それ以前に彼女をあそこから取り出す方法さえ分からない。
物語の主人公はいつも奇跡を起こしていた。
しかしここが空想の中の出来事ではないと、シンは理解している。
現実は時に厳しく、時に残酷だという事も分かっている。
都合良く奇跡なんてものが起こらない事も知っている。
けれどシンには見捨てる事は出来ない。諦める事は出来ない。
『出来ると思ってるのか?』
出来るか出来ないかではない。
『俺一人じゃきっと何も出来ずに諦めて後悔する。けど俺には皆が、そして今は隣にドゥマノさんがいる。だからやれる!!やるんだっ!!!』
そう、やるのだ。
『若い…若いな。だが、それが良い!私が見込んだだけの事はある!良いだろう。一縷の望みがあるのなら力を貸してやる。そしてそっちの黒いの!!お主も騎士ならば気概を見せろ!!』
ドゥマノのが未だ横になっているグランダルクへ向けて一喝。
『くっ、さっきまで敵対していた者に言われるまでも無い!!』
ダメージはまだ残っているがアークスは吠えて自身を鼓舞して、無理矢理グランダルクは起き上がる。
『アークスさん!無事だったんですね!』
シンはアークスが無事だという事に胸を撫で下ろす。
グランダルクが手にしているアダマス鋼製の巨大な盾は中央からひしゃげている。
それほど強力な一撃を食らったのだから重傷を負っていてもおかしくはないはずだ。
現にアークスの左足の骨は折れていた。更に未だに身体の芯から震えるような寒気が全身を駆け廻っている。
『シン殿が諦めていないのだ。俺も騎士として屈する訳にいかない!!』
アークスは全身を覆う恐怖と左足の痛みを気合いと共に振り払う。
シンの諦めない心が、挫けない心が、アークスとドゥマノを奮い立たせる。
『んじゃ、第2ラウンドの開始といきますか!!』
シルフィロードを筆頭に3機の魔動機兵が悪夢に向けて突撃を開始した。
海の日という事で明日、7/20(月)0:00にも更新します。




