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異世界の機兵技師(プラモデラー)  作者: 龍神雷
第12話 決闘の刻
37/62

12-3

 決闘を見守るアルザイル帝国副大臣の元に使者が訪れる。

 使者が副大臣の耳元で何かを告げている内に副大臣の顔はみるみる青白くなっていく。

「皇帝陛下がっ!」

 思わず声が出てしまい、周囲を覗うとミルスラを含む全員が彼の方へ視線を向ける。

「こ、これは失敬。少々、席を外させて貰います」

 副大臣はそれだけ言うと使者と共に小屋の外へと出て行ってしまう。

「何かあったのでしょうか?」

 アイリが怪訝な顔で呟く。

 それに答えたのは意外にもミルスラの弟子であるまだ名を持たない女の方であった。

「アルザイル皇帝が崩御されたのよ」

「えっ!?」

 その言葉にアイリは驚く。

「ふふふっ、アルザイル皇帝が病床に伏せっているのは周知の事実。更に国の命運を左右するかもしれない決闘を前に本来来るはずだった皇子が本国へ帰還。そして今の彼の驚き。推論を立てるまでも無いわね」

 大人の女性を感じさせる妖艶な笑みを浮かべながら女はいう。

「だが、それはこの決闘に影響は無いだろう。元々、侵略行為を始めたのもこの決闘を受諾したのもフォルテ皇子だ。皇帝の名の元などとは言っているが実質は彼が実権を握っている。現皇帝の崩御程度では混乱は起きないだろう」

 もう1人の弟子である男が淡々とそう述べる。

「ミルスラ司祭様のお弟子様は世情を良くご存じのようですね」

 アイリは感心すると共に畏怖を感じる。

 いくらサイヴァラス聖教国が中立で各国に教会を敷設しているとはいえ、内情に詳し過ぎる。

「いやはや、弟子達が失礼致しました。中立である我が国には様々な人や情報が集まって来てしまいますので、どうしてもそういう事が耳に入ってしまうのですよ。信徒の中には元高官や元貴族などもいますので。本来は立場上、こう言う事は他言してはいけない事なので、どうかお聞きにならなかった事にして頂けますと助かります」

 ミルスラは弟子の不手際だと頭を下げるが悪びれた様子は感じられない。

 確かにいずれは分かる事なので、今教えた所で不利益は無いとでも思っているのだろう。

 だがその事がかえってアイリに底の知れない何かを感じさせる。

 具体的にそれが何なのかは分からないが、敵に回してはいけないという事だけははっきりと分かった。

「ええ、そうですね。今のお話は、私は決闘の行方に集中していたので聞こえませんでした。そうですよね、ミランダ?」

「はい。私も聞こえませんでした」

 アイリの言葉にミランダも同調する。

「フォーガンの王女様は聡明ですね。ではもう1つだけ、聞かなかった事としてお教え致しましょう」

 ミルスラの言葉は耳に届いている。だが、聞いていないという事で無表情でシン達の戦う決闘場へ視線を向け続ける。

「アルザイル帝国の英雄と呼ばれる彼女ですが、実はそちらのシンさんと同じだそうですよ」

 アイリの肩がピクリと反応する。

 だが、今の話は聞いていない、聞こえていない話だ。

 だから驚きも動揺も表には出さない。ただ何事も無いように振る舞う。

 だがアイリの胸の内には様々な感情が渦巻いていた。

(シンさんと同じ。つまりは魔動力が存在しない人間。つまりは資格者……)

 そしてシンが明かしていないのでアイリは知る由も無いが、2人ともこの世界の人間ではない異世界からの来訪者。

 ミルスラが何故このような事をわざわざ言ったのか、その真意は分からない。

 だがサイヴァラス聖教国が危険な存在である事だけは分かった。


 そんなやりとりの裏で、アルザイル帝国副大臣は頭を抱えていた。

「このままではあの娘の封は……」

 昨晩、アルザイル帝国現皇帝が崩御したと使者から報告を受け、副大臣の顔は蒼白になった。

 正直に言えば皇帝が崩御しようが彼には全く関係無い。

 彼が仕えていたのは元々からフォルテ皇子であり、彼が皇帝となった暁には大臣の椅子が用意されているからだ。

 なので皇帝の崩御は彼にとっては朗報と言えた。ただ一つの懸念を除いて。

 使者から聞いた皇帝が息を引き取った時間は、昨晩、シーナが突然苦しみ出した時間と重なる。

 シーナは心に深い闇を抱えていた。

 その闇が溢れ出すのを防ぐため、皇帝のみに伝えられているという魔動陣を彼女に施している。

 心の中の闇を帝国への忠誠に塗り替えたのだ。

 その刷込みにより彼女の心の闇は記憶から消えている。

 しかしどういう作用か、シーナは帝国では無く皇帝への忠誠心を抱いてしまった。その為、皇帝の命でなければ自発的に帝国の為に働く事は無かった。

 だがそれも皇帝が居なくなればどうなるか分からない。

 本来であれば、もっと早くにフォルテ皇子に皇位を引き次いで貰い、その魔動陣が伝えられる予定であったのだが、現状を見る限りそれは間に合わなかったのだろう。

 昨晩は残存する魔動陣に外側から魔動力を注ぎ込む事で対処出来たが、それは対処療法でしか無く、彼女に施した魔動陣がどれくらいもつのかははっきりとは分からない。

 明日かもしれないし、1年後かもしれない。もしかすると既に効力を失っている可能性もあるのだ。

「くっ、私は間も無く大臣になる男だ。こんな所で終わる訳にはいかないのだ」

 副大臣はそう呟いて歩き出す。

 先程出てきたアイリ達の待つ小屋では無く、全くの逆方向へ。



 *



 シーナは愕然とする。

 ドゥマノのイルディンギア・ラーサーとシンのシルフィロードが互いに武器を構えて対峙する光景に。

 いやその前の名乗りにシーナは心に大きな衝撃を受けていた。

 シン。

 シンタロウ。

 シンタロウ・リンドウ。

 竜胆慎太郎。

 記憶にあるその名と顔が、昨日の青年の顔と一致する。

 そして再び襲われる頭痛。

 2年以上の月日が経っていた為、雰囲気が変わっていたから、ただ似ているだけだと思っていた。

 だが名前まで一緒だと、流石に偶然だとは思えない。

 水上椎那が彼に出会ったのは高校に入ってからだ。

 人一倍責任感が強かった彼女はクラス委員長になり、皆を引っ張る存在であった。

 黒縁の眼鏡が堅苦しいイメージを与えていたが、明け透けな性格であり、人の嫌がってしないような事も率先してこなし、先生にもクラスの中でも慕われており、彼女自身もクラスのリーダーという自負を持って行動していた。

 眼鏡を取れば美人だなどと噂をされて、男子からの人気もそれなりにあった。

 そんな中、1人だけ彼女に興味を示さない男子が居た。

 いや、彼は椎那だけでなく他の誰にも興味が無いように見えた。

 それなりに身長はあるが、猫背で運動が苦手そうな細身の体格で物静か。

 いつも1人で窓の外を眺めている寂しそうな顔をした男の子。

 それが椎名が感じた第一印象だった。

 彼の存在を気にするようになってからは、気が付けば何故か彼を目で追っていた。

 影が薄くクラスの中でも目立っていないはずなのに、彼女には何故か彼の存在が気になってしまう。

 クラス委員長という事もあり、クラスで行う催し物や体育祭では彼と喋る機会は少なからずあったが、基本的には椎那が一方的に用件を話し、それを彼が頷いて了承するという感じだった。

 そして2年生に上がっても彼とは同じクラスになった。

 椎那は当然、クラス委員長となり、そして彼も当然のようにいつも1人。

 けれど彼女は1年間、彼の事を見て来たから分かる。

 緊張しやすく、人見知りで自分からは積極的には声を掛けられない内向的な性格。

 それが水上椎菜が知る竜胆慎太郎という男の子の全てだった。

 だから昨日会った時、そして今、白い魔動機兵を操り、アルザイル帝国随一の実力を持つ槍聖のドゥマノと互角に戦っている姿からは、それが本人だとは想像が出来なかった。

 だがつい今さっき、彼自身の口から自身の名が紡がれた時、シーナの記憶は鮮明に過去を思い出し、この2年半の記憶がまるでビデオの逆回しのように次々と過ぎっていく。


 英雄として決闘に赴く決意を込めた朝の事。

 皇帝陛下の為に決闘へ身を投じる決意をした日の事。

 英雄という称号を与えられた日の事。

 皇帝陛下の命で魔動機兵に乗り、隣国を攻め滅ぼした日の事。

 魔動力を引き出すという理由で、生理的に受け付けないフォルテ皇子に、無理矢理、唇を奪われた時の事。

 皇帝陛下が頭を撫でて自分の名を呼んでくれた時の事。

 ボロボロの姿の自分に優しく手を差し伸べてくれた皇帝陛下の事。


 一瞬、記憶に霞が掛かったような錯覚を覚えた後、再び記憶の逆再生が始まる。


 いつの間にか見も知らぬ森の中で目が覚めた時の事。

 目の前に大型バスが突っ込んできた時の事。

 その直前に偶然、クラスメートの竜胆くんを見つけ声を掛けようとした時の事。

 休日だという事で少しショッピングに出掛けようと思った朝の事。

 クラス委員長として自分のクラスを纏めていた時の事。

 そして初めて竜胆くんに出会った時の事。


 いつの間にかシーナの顔を覆っていた仮面が半分に割れ、その素顔が露わになり、瞳からは大粒の涙が零れている。

 彼女は自分だけがこの世界の異物だと思っていた。

 何故自分だけがこんな訳の分からない所に無理矢理飛ばされてしまったのかと嘆いていた。

 だがそれは間違いだった。

 自分だけが不幸だった訳じゃなかった。

 自分だけが居場所が無かった訳じゃ無かった。

 同じような境遇の知り合いが居た事が、無性に嬉しかった。

 この異世界で自分は1人きりじゃなかったのだと実感する。

「竜胆くん……」

 シーナが小さく呟く。

 彼女が依存していたのは、この世界に来る直前に姿を見たシンであった。

 彼女にこの世界での居場所を与えてくれるのは、アルザイル皇帝陛下だとずっと信じていた。いや妄信していた。

 だが、今となっては何故あんなにも皇帝を信望していたのか分からなくなってきていた。

 今なら分かる。

 彼女が心の拠り所にしていたのは、彼だったのだ。

 団体活動が主の現代社会において、たった1人で生きていこうとしているように見えた彼に憧れていたのだ。

 今、彼女を縛っていた皇帝への忠誠心という縛りは消え去っていた。

 そして同時に先程の記憶の逆再生の際に霞の掛かっていた記憶が蘇ってくる。


 見も知らぬ森の中で途方に暮れる彼女に最初に手を差し伸べた大柄で粗野な男達の事。

 次の瞬間、自分の姿を見て卑しい表情を浮かべた男達の事。

 乱暴され、女であった事を恨まざるをえない慰み者にされた日々の事。

 心身ともにボロボロにされ、心を閉ざし人形のような虚ろな表情を浮かべるしか出来なくなった事。

 気が付くと血の池の中で両手を血に濡らしながら佇んでいた事。

 そこに現れたアルザイル帝国軍によって救い出された事。

 そして皇帝によってその記憶の闇が封じられた事。


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!!!!!!」

 それら全ての記憶が一気に押し寄せ、シーナを押し潰す。

 シンという希望にすがっていた所へ絶望が一挙に押し寄せ、シーナの心は粉々に砕け散った。



 *



 その異変に最初に気が付いたのは対峙していたアークスだった。

 イルディンギア・ガティーは絶対防御を謳っているだけあり、どれだけ攻撃をしても肩で回転する盾によって阻まれてしまう。

 だが向こうの攻撃も回転する盾で斬り付けるだけの強力と言えるような攻撃では無いので、どちらも決定打に欠けていた。

 シンのシルフィロードも離れた場所でイルディンギア・ラーサーと一騎討ちで互角の戦いを繰り広げている為、援護も期待は出来ない。

 かといって援護に回れるだけの余力も現段階では無い。

 その為、アークスは持久戦の構えで臨んでいた。

 そんな折、ガティーの盾の回転速度が緩くなり、完全に停止する。

 アークスは好機とばかりにグランダルクを前に出そうとするが、ガティーから発せられる禍々しい雰囲気に躊躇する。

 ガティーは完全に棒立ち状態となるが、禍々しい気配は更に増大していく。

『この程度で気圧されては騎士の名が廃る!!』

 覚悟を決めて、グランダルクが巨斧を高々と掲げてガティーへ振り下ろす。

 激しい激突音。

 吹き飛ばされたのは攻撃したはずのグランダルクの方だった。

『なんだ、今のは!?』

 ガティーの方は先程変わらず立ち尽くしたまま。

 いや、先程までとは異なる事が1つだけ。

 ガティーの全身から炎のようなものが舞い上がっている。その色は黒。

 グランダルクはこの黒い陽炎によって弾き飛ばされたのだ。

『こ、これは……』

 アークスはこれと似たような光景に覚えがあった。

 王国祭でのシルフィロードだ。

 あの時、シルフィロードからは緑色に輝く炎が揺らめいていた。色は違えどその光景に似ていた。

 それが濃密な魔動力が視覚化されたものだという事を後で聞かされた。

 シルフィロードの時は神々しく見えたその魔動力の光だが、今、目の前のガティーから発せられる黒い光は、禍々しさしか感じられない。

 黒いからという理由ではない。

 まるで負の感情を固めたような暗く冷たく悪意に満ちたもので出来ているようにしか思えない。

 アークスは恐怖に身体が竦むのを自覚する。

 まるで悪夢を見ているかのように目が離せないのに身体は言う事を聞いてくれない。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように立ち竦むグランダルクを尻目に、ガティーの黒い光は徐々に濃くなり、闇色となってその全身を覆う。

「い、一体、何が起ころうとしているんだ……」

 アークスにはその光景を見続けることしか出来なかった。

戦闘の最中のはずなのに殆ど戦闘描写が無いという。


そしてシーナの心の闇の部分については、熟考した結果こうなりました。

賛否が分かれると思いますが、力も何も無い女の子が見も知らぬ場所に1人放り出されたら、多分、こうなるでしょう。

批判は甘んじて受ける覚悟です。


次回は7/19(日)0:00に更新の予定。

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