12-2
「それではこれよりフォーガン王国とアルザイル帝国による決闘を取り行う!両陣営の魔動機兵は前へ!」
ミルスラ高司祭が高らかに宣言をする。
決闘場の中心部でシルフィロードとグランダルクはアルザイル帝国の魔動機兵、イルディンギアと対峙していた。
ユウの説明した通り、イルディンギアはシルフィロードとグランダルクの丁度中間くらいの大きさで、肩部だけが異様に大きく膨れた形をしている。
その肩部の片側に突撃槍のみがある黒地に肩に白いラインの入った方がドゥマノのイルディンギア・ラーサー、両肩に地面に着く程の巨大な盾が付いた黒地に赤いラインが入った方がシーナのイルディンギア・ガティーだった。
「国同士の争いではあるが、これは決闘である。敗者は勝者に恨みを抱く事無く、取り決めた約条を遵守する事。また勝者は驕る事無く、敗者を卑下する事無きよう。戦意喪失、行動不能に陥った場合を敗北とし、其を認めたものの命を奪ってはならない。両国2機の内、どちらか1機でも残った方を勝者とする。異論は無いな?」
問い掛けてはいるが、既にその取り決めは昨日の時点で確認済みである為、答えを待つ事無く、ミルスラは続ける。
その間に4機の魔動機兵は右の拳を前に突き出す。
「決闘、はじめぇぇーー!!!」
その宣言と同時に4機は同時に突き出していた右拳を軽く打ち合う。
それはまるでボクシングで最初に行う挨拶の手合わせのよう。これがこの世界での決闘開始の合図だった。
そして互いに間合いを開けていく。
互いの距離がおよそ100mになった所で両者とも戦闘態勢に入る。
ここまでが決闘開始の儀礼。
この世界の決闘はシンの知る正々堂々、剣と剣による決闘というイメージとは少し異なっていた。
使えるものは全て使って闘う。
飛び道具だろうと相手から奪った武器だろうと何だろうと、決闘の場に持ち込んだ、あるいは存在するものならば何でも使う事が出来るのだ。
最初に間合いを離したのは、飛び道具の使用を想定してのものだ。
とはいえ、実際に決闘で飛び道具を使うものは殆ど居ない。
この世界の飛び道具としては弓矢かボウガンが一般的である。
そして決闘は限定された空間内、それも大抵は平地などの身を隠すようなものが無い場所で行われる。
例え最初に間合いを離したとしても目視出来る距離では相手にすぐに接近され、飛び道具を構える余裕は少なく、距離を離そうにも決闘場の広さが限られている為、常にその距離を保ち続ける事は不可能。
その為、もし飛び道具を使うとしても弓を引く時間、矢をセットする時間等を考慮したとして、開幕の1射か2射が精々で、その後は相手の機動力を削がなければ使う機会は無いだろう。
近接戦を仕掛けられたら、そんな事をしている暇は無いのだから。
これらの理由から決闘において飛び道具の使用の許可はあっても、使うものは皆無。
一応は遠距離攻撃も可能だという意味でこうして最初に距離を取ると決められていた。
だからここまでが儀礼。
そしてここからが本当の決闘の始まり。
『ではシン殿。参りましょう!』
アークスの言葉にシンは動く事で答える。
シルフィロードが腰溜めに左腕を構えて、一気に2機のイルディンギアとの間合いを詰める。
王国祭での戦い、そして極端に細身の姿から、アルザイル帝国側はシルフィロードが高速機動型だと事前に把握していたのだろう。
うろたえる事無く、ドゥマノの操るラーサーが前に出て突撃槍を構えて迎え撃つ。
シルフィロードがパンチの動作のように左腕を前に突き出す。その左腕には拳から肘までを覆うナックルガードとも篭手とも盾とも取れるような奇妙な四角い箱型のものが装備されていた。
だが、突き出した拳は間合いの遥か外。ラーサーの槍の間合いよりも遠い。
『先手必勝!!』
シンが叫ぶと同時に左手を握り込む。
ガツンという音と共にラーサーを衝撃が襲う。
『むぅ。なんだ、今のは!』
目立ったダメージは無いようだが、操縦席への衝撃はそれなりに感じる。
まるで突き出した拳から発せられた衝撃波に襲われたかのよう。
『くっ、英雄殿!防御を!!』
『承知しました』
得体の知れない攻撃にドゥマノは慌てて後ろに下がり、代わりにシーナの操るガティーが前へと出る。
シルフィロードの左腕から再び先程の見えない攻撃が飛ぶ。
それと同時にガティーの両肩の盾が回転を始め、謎の攻撃を全て弾き飛ばす。
『伊達に盾を持ってる訳じゃないってか』
シルフィロードはガティーの背後を取るように回り込む。が、その背中を護るようにラーサーが槍を突き出す。
だがその程度の攻撃に当たるシルフィロードではない。後方へと飛び、槍の一撃を事も無く回避する。
シルフィロードが2人の注意を引き付けている間に、グランダルクは接近を果たし、手にした巨大な斧を横薙ぎに振るう。
だがその重い攻撃もガティーの高速回転する盾の前に弾き返されてしまう。
スピードで2機を同時に翻弄し注意を引きながら、足の遅いもう1機が間合いを詰めるのをフォローする。
自分達の特性を理解し、かつ2機を相手に注意を引かせる事が出来るだけの実力と自信が無ければ、相手の動きの分からない開始早々からこのような戦法を取る事は難しいだろう。
『流石は決闘の代表に選ばれた事はある。なかなかにやりおるわ』
ドゥマノが久しぶりの強敵を前に笑みを浮かべる。
そんな中、シーナは先程のシルフィロードの攻撃について思考を巡らせていた。
(いくら速いといっても衝撃波が出せる訳は無い。多分、飛び道具。けど矢じゃない。多分、撃ち出しているのは矢尻だけとかの小さな物体。単純に小さくて射出スピードが速いから見えにくいだけ。威力は低いけど、連射が可能だとすると少し面倒ね)
そこまで考えて、シーナにはその装備が記憶の1つと合致する。
この世界には存在しない武器、拳銃だ。
実物を見た事は無いが、刑事ドラマなどで良く見かけるので、それがどういうものかは知っている。
ラーサーの鎧甲のへこみから恐らくそういう類の武器だと想像した。
確かに決闘で飛び道具を使うものは殆ど居ない。
それは連射が利かず、近接戦では射撃体勢に入りにくいというのが最も大きな理由だった。だがもしその二つのデメリットが解消出来るとなれば、例え威力が低くても脅威になる。
鎧甲ならばその攻撃は防ぐ事が可能なようだが、鎧甲の覆われていない部分に当たった場合、ダメージを負う可能性は高い。
(けど銃?なんでそんなものがここにあるの?)
この世界に2年以上いるがシーナはこんな武器は見た事が無かった。そういう発想がこの世界にはまだ無いのだ。
にも関わらず、今目の前には銃らしき武器が存在している。
魔動具や魔動機兵に関しての技術はアルザイル帝国が一番発展していると聞いていたし、実際にそうであろうとこの2年近くの生活で実感していた。
そのアルザイル帝国でも飛び動具と言えばボウガンが主流だ。
シーナがその知識を広めれば新しいものが生み出されたかもしれないが、異世界の人間がこの世界に干渉してはいけないと思い、元の世界の知識は一切口外していない。
けれどアルザイル帝国より魔動技術で劣っているはずのフォーガン王国ではシーナの居た世界で見たようなものと似たものが生み出されている。
何故なのか。
その理由に思い当たる前に再び昨日襲われた様な鈍い痛みが頭を貫き、頭を押さえて呻く。
『英雄殿!!』
ドゥマノの声でシーナは我に返って顔を上げる。
すぐ目の前には巨大な斧を振り被ったグランダルクの姿がある。
そうだ。今は戦いの最中だ。
皇帝陛下の恩に報いる為にも余計な事を考えず、勝利しなければならないのだ。
左の盾で斧の軌道を逸らしていなすと、右の盾を高速回転させてグランダルクを刻もうとする。
だが相手も盾でその一撃を防ぐ。
どちらも決定打を与えられず、かといって追撃を行える程、体勢も整っておらず、どちらからともなく間合いを開ける。
『申し訳ありませんでした』
『いや、構わん。ガティーの絶対防御はそう簡単には崩せんだろうからな。だが実力は拮抗している。白い方は粗削りだが、あの速さは些か面倒だ。気を抜けば危ういぞ』
ここまでのほんの少しの戦いでドゥマノはシンとアークスの実力を認めていた。
機体性能と戦闘技術ではアルザイル帝国側に分がある。
だがフォーガン王国の2人はそれを思いもしない動きや発想で埋めていた。
最初の奇襲がそれだ。
『分析した結果、恐らくあの白い魔動機兵は小さな礫を飛ばしているのだと思います。高速で射出されているので目で捉える事は困難ですが、動きは直線的なので、左腕の正面に立たなければ容易にかわせるでしょう』
頭の重さを振り払いながらシーナは先程まとめた考えをドゥマノに伝える。
『うむ。流石は英雄殿だ。タネさえ分かればどうとでもなる!黒い方は任せるぞ』
今度はラーサーからシルフィロードに仕掛ける。
シルフィロード程ではないにしろ、ラーサーは流れる水のような無駄の無い動きでシルフィロードとの間合いを詰めていく。
『くそっ、厄介な動きをしやがって』
シンはシルフィロードを動かしながら左腕で狙いをつける。
だが、両者とも動いている上にラーサーはシルフィロードの右側に回り込むように動き、左腕に装備した銃の射線に入らないようにしてくる為、まともに狙いを定められない。
そして程無くしてシルフィロードは足を止めざるを得なくなる。
『やはりまだ若いな』
シルフィロードはいつの間にか柵で囲われた角へと追いやられていた。
決闘場は無限の広さを持っている訳ではない。
簡易的ながらも木の柵で覆われている。故意で無い場合は30秒以内に戻れば大丈夫だが、自分から外へ出た場合は敵前逃亡とみなされ、その時点で負けとなってしまう。
ラーサーはただ闇雲に動いていた訳では無く、シルフィロードの動きを誘導して追い込んでいたのだ。結果、シルフィロードは退路を断たれてしまう。
『そちらの攻撃手段は既に分かっている。相打ちでもこちらに有利。いや、一撃で串刺しに出来る。さぁ、どうする?』
ラーサーはいつでも攻撃できるように突撃槍を構えている。その矛先は完全にシルフィロードの胸部、操縦席に向けられている。
『シン殿!!』
その遥か後方でアークスが叫ぶが、ガティーが立ちはだかっている為に近付けないでいる。
『命が惜しかったら降参しろってのか?お優しい事で。だけど俺は負けねぇよっ!!』
シンの答えはドゥマノには強がりにしか聞こえなかった。
『そうか。残念だ。もう少し研鑽を積めば良い騎士になれたものを……』
ラーサーはシルフィロードの胸部に向けて迷わず槍を突き出す。
槍が突き刺さり、これで終わると思われたその瞬間、シルフィロードの右腕が閃く。
甲高い音と共に槍が空を舞う。
何が起きたのか一瞬分からなくなるが、長年の経験から危険を察したドゥマノはラーサーを一歩下がらせる。その目前を銀光が走る。
『さっすが、槍聖と呼ばれるだけはあるな~』
ラーサーが下がった事で空いた隙間からシルフィロードは決闘場の角から抜け出す。
空を舞っていた槍が地面へと突き刺さる。
『まさか、まだ武器を隠し持っていたとはな』
先に動いたのはドゥマノのラーサーの方だった。その時はまだシルフィロードの右手は左腰辺りにあった。
だが次の瞬間にはシルフィロードが腰から抜き放った一閃により槍の方が弾き飛ばされていた。
その右手には反りのある片刃の剣、いやカタナが握られていた。
ドゥマノは思わぬ反撃に嬉しそうな笑みを浮かべる。
『居合ってのは最速の抜刀術なんだぜ』
確か何かのマンガでシンはそう読んだ記憶がある。
『さぁ、武器を取れよ。仕切り直しと行こうぜ!』
先程、降伏の時間を貰った礼とばかりにラーサーが武器を拾うのを待つ。
『ふふふっ、面白い。見た事も無い武器に見た事も無い剣術。久しぶりに血が滾って来たわ。お主、名をなんという!』
ラーサーが槍を拾い、構える。
昨晩、紹介は受けてドゥマノは名を覚えているが、改めて彼自身の口から名を聞きたくなった。
『俺はシン。シンタロウ・リンドウ!槍聖とやらを地に這わせる男だ。覚えておけ!!』
シルフィロードもカタナを正眼に構える。
『こちらも改めて名乗ろう。アルザイル帝国、槍聖のドゥマノ!いざ勝負だ、シン!!』
名乗り終えると同時に白銀の侍と黒銀の西洋騎士が激突する。
正面から迫る突撃槍を掻い潜り、シルフィロードが下からカタナを斬り上げる。
ラーサーは一歩引いて半身でその一撃を紙一重でかわすと、空いている左手を突き上げる。
しかしシルフィロードは突き上げに合わせる様に飛び上がり、身体を一回転させてラーサーの背後へ降り立つ。
両者が振り返ったのはほぼ同時。
『ほう。やはり剣の腕の方が立つようだな』
生身での戦いなら既に勝敗は決まっていただろう。
シンの思考速度の速さとシルフィロードの能力のおかげで互角の戦いが出来ていた。一瞬でも気が逸れたら確実に致命的なダメージを負うだろう。
『やっぱ、強ぇなぁ』
速さでは圧倒的にシルフィロードの方が速い。だがラーサーは必要最小限の無駄の無い動きでシルフィロードに追いついてくる。
集中力が途切れたら敗北は必至。
シンは額から流れる汗を拭いながら相手の動きを見逃さないように意識を集中して対峙していた。
2対2の描写って難しい。
全然、グランダルクとアークスの出番が出せませんでした。
もっと精進しなければ。
次回は7/12(日)0:00に更新。




