12-1
シーナは重い頭を振りながらベットから身を起こす。
フォーガン王国の対戦者の1人の姿を見た時に突然襲われた頭痛は今はすっかり感じない。
どこかで見た事があるあの顔を思い浮かべても頭痛がすることはない。
いや、そもそも誰に似ているのかさえも思い出せない。
だがそれで良い。
彼はこれから戦う相手だ。
下手をすれば殺してしまうかもしれない相手なのだから、変な感傷は無い方が良い。
ベットから降り窓を開けると、凍えるような冷たい空気が全身を撫でる。
重かった頭もどんどんとスッキリしていく。
シーナは手早く帝国軍の制服に着替えて髪を整えると、鏡の前に置いてある仮面を手に取る。
「皇帝陛下。あなたの為に私は今一度、真の“英雄”になりましょう。必ずや勝利をお持ち致します」
鏡の前の自分自身に宣言をし、仮面を被る。
英雄なんていう立派な称号など嫌いであった。
ただでさえ異世界に迷い込んで、自分が本当の自分なのかも曖昧になっていくというのに、英雄と祭り上げられ、殆ど名前を呼ばれる事が無くなった。
どんどん水上椎那という存在が希薄になる中、皇帝陛下だけは“英雄”では無く、彼女の名を呼んでくれる。
英雄なんかではない自分を唯一認めてくれる存在。
だからこそ、今日は名ばかりの仮初めの英雄シーナでは無く、シーナという英雄になる。
そして皇帝陛下の為に、皇帝陛下が愛するアルザイル帝国の為に勝利を捧げる。
それこそが彼女がこの世界に存在する理由。居続けても良いという証。
その決意を込めてシーナは部屋を出る。
そこには数名の侍女と今日のパートナーであるドゥマノがシーナと同じ軍服姿で待っていた。
「体の具合も、そしてこれからの準備の方も宜しいようですな、英雄殿」
「はい。昨晩はお騒がせいたしました。ですがもう大丈夫です」
ドゥマノの心配にシーナはしっかりとした口調で答える。
既に頭に感じていた重さは無くなり、澄んだ水のような穏やかさが心を満たしている。
「うむ。流石、英雄殿だな」
今日は英雄を演じる日では無く、自らが言い聞かせて英雄を受け入れ、英雄になると決めた日である。
その為かドゥマノから英雄と呼ばれても辛く苦しい気持にはなる事はない。
「副大臣殿は既に先に向かっている。我らもすぐに向かうとしよう」
ドゥマノの言葉にシーナはしっかりと頷く。
そして2人は雪を踏みしめながら決闘の場へと赴く。
皇帝陛下の為に。
シーナの心の中はそれだけで埋まっていた。
*
ノルウェストの町の外れに急造された巨大な角型の闘技場。
除雪をして踏み固めただけの地面の周囲を木の柵が囲んでいる。
正面とそこから少し離れた左右に小屋が1つずつあり、正面の小屋には今回の裁定役であるサイヴァラス聖教国のミルスラ高司祭とその弟子が2人、そしてアルザイル帝国の代表である副大臣とその付き添い兼護衛の侍従が2人。更にアイリとミランダ、そして彼女達の護衛であるソーディの合計9人がいる。
いわゆる貴賓室に相当するのがこの小屋だった。
左右の小屋は操縦者達の控室となっており、それぞれの小屋の脇には2体ずつ魔動機兵が膝を突いた駐機姿勢で置かれてある。
現在は決闘前の最終調整の真っ最中。
これが今回の決闘の場の全容だった。
フォーガン王国側の控室には操縦者であるシンとアークスに加え、ユウとクレスの4人が居た。
フィルは現在、王立魔動研究所の魔動技師達と共にシルフィロードとグランダルクの最終調整を行っている為にこの場にはいない。
「この決闘の舞台だが、作業用魔動機兵で地面を踏み固めてあるとはいえ、雪のせいで水分を多く含んでいるので滑りやすくなっている」
ユウは操縦者の2人に対しブリーフィングを行っていた。
「足の裏に滑り止めのスパイクを取り付けてあるけれど、過信は禁物だ。グランダルクはともかく動き回る必要性のあるシルフィロードは特に注意してくれ」
自重も重く、動きの遅いグランダルクには心配は無用だが、シルフィロードは高速機動機という特性上、素早く動き回る必要がある。
もしぬかるみに足を滑らせて敵の目の前で転んだりしたら目も当てられない状況になるだろう。
「善処はするけど、こればかりは予想出来ないからなぁ」
そうならないのが一番だが、シンとしてはそうなった時の対処行動を一応は考えてある。
「最悪の場合、アークスさんにフォローして貰うしかない」
「心得ている。この決闘でカギを握るのはシン殿とシルフィロードだと理解はしているからな」
操縦者のアークスに合わせてグランダルクには巨斧とシールドが装備されているが、元々防御に特化した魔動機兵である為、シルフィロードに比べると攻撃パターンは少ない。
武器が巨斧なので一撃の破壊力は高いが、大振りにならざるを得ない為、命中精度は低いと考えて良いだろう。
そうなると必然的にシルフィロードが攻撃役となり、もしシルフィロードが先にやられてしまえば相手を倒す手段が殆ど無くなるという事を意味する。
アルザイル帝国側がどんな戦い方をするかはまだ不明だが、グランダルクとシルフィロードのコンセプトが全く異なるので、戦い方が相手の出方によって変わる事は無い。
「それと操縦席周りには防寒鎧甲を増設してるから寒さに関しては大丈夫だと思うが、若干重くなってるし、腰や肩の動きに支障が出る可能性もある。もしもの時は簡単に外れるようにしてあるから、各自で対応してくれ。以上だが何か質問は?」
「向こうの魔動機兵の特徴とかは分かるか?」
シンが質問する。
こちらの戦い方は変わらないが、相手がどういった魔動機兵か分かれば少しは対抗策も立てられるかもしれない。
「向こうは外見を見る限り2機とも同型機。中量級で片方には両肩に地面まで届く程の巨大な盾を装備している。こちら同様に攻撃と防御を分担するのかもしれない。武器の類は今の所、確認は出来ていないが、操縦者の1人が槍聖と言うくらいだから、1機は槍を使うとみて間違いないだろう」
どうやらアルザイル帝国の魔動機兵はそのコンセプトを装備の換装によって補完するタイプのようだ。
汎用性に優れ、操縦性能も安定しているが、能力値的には平均的。
換装により攻撃や防御を重視したとしても、グランダルクやシルフィロードのような特化型に比べると若干劣ってしまうだろう。
だが戦況の変化に素早く対応する事が出来るので、戦時であればこちらの方が総合的な評価は高くなると考えられる。
「元々戦争を仕掛けてきてた国だから、そういう設計思想になるって訳か」
シンはなるほどと納得する。
「だけど基本性能は未知数。公表されてはいないので何とも言えないが、噂ではフォーガンよりも魔動具や魔動機兵の技術は上をいっているらしい」
ユウのその言葉は、アルザイルの魔動機兵の性能が五分かそれ以上という事を示唆していた。
「つまりは後は操縦技術の差が勝敗のカギか」
「それと先程も言った通り、シン殿とシルフィロードがカギだな」
アークスが補足する。
換装により様々な局面に対応出来るとはいえ、機動力だけは装備で補う事は出来ない。
シンの居た世界にあるようなバーニアやブースターというものが存在しないこの世界では、機動力を高めるには総重量を軽くし、脚部の魔動筋を強化して瞬発力を高めるしかない。
「うわ~、責任重大じゃん」
そう言いつつもシンの表情に緊張や気負いは無い。
仲間達を、そしてその仲間達が力を結集させて造り出したシルフィロードを信じているから。
「頼んだぞ、シン。他に質問は?」
シンもアークスも首を横に振る。
「よし。それじゃあ、もうそろそろ時間だから準備してくれ!」
そう言ってユウは一番最初に小屋を出ていく。最終調整を行っているフィルの手伝いに向かったのだろう。
「では俺も先に行っているぞ」
アークスも小屋から出て行き、残されたのはシンとクレスの2人のみ。
気を利かせて2人きりにしてくれた理由は分かるが、こう改まって2人だけになると気恥ずかしさが込み上げてくる。
「えっと、その、シン……気をつけて下さいね」
クレスはそれだけ言うと、頬を染めながらゆっくりと瞳を閉じ、シンに身体を預ける。
シンは優しく抱きしめてからクレスの顎に手を当てて顔を上向かせる。
そしてその唇へ自分の唇を近付けていく。
繋がった唇を通してシンの身体の中に一時的にクレスの魔動力が巡り、その力に呼応して首から提げていた魔動輝石から輝きと共に魔動力が溢れ出す。
溢れんばかりの魔動力がシンの全身に漲っていく。
それを実感してから、ゆっくりと唇を離す。
不安そうな顔を向けるクレスに、シンは優しく微笑む。
「大丈夫。シルフィロードには皆の力が結集してるんだ。その想いが俺を護ってくれるさ。それに俺にはこんなに可愛い勝利の女神が付いてるしね」
「バ、バカ。いきなり変な事を言わないで下さいよ」
突然、女神なんて言われて恥ずかしさが増したのか、クレスは耳まで真っ赤になる。
「でも、そうですね。女神とまではいきませんが、私はシンが勝つ事を信じています」
クレスは笑みを浮かべる。
その笑みを見て、やはり女の子には笑顔でいて欲しいと思うシン。
その為にもこの決闘では勝つにしろ負けるにしろ絶対に無事に戻ってくると心に誓う。
「それじゃあ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
クレスに見送られ、シンは小屋を出てシルフィロードへと向かう。
シルフィロードの傍まで来ると、その姿に気付いたフィルがすぐさま駆け寄って来た。
「シン!シルフィロードはバッチリだよ!!」
「おう!信頼してるぜっ!!」
目の前まで来たフィルの頭をわしわしと若干乱暴に撫でてやる。
「わぁっ!もう!!髪の毛がぐしゃぐしゃになっちゃうじゃんか~」
口を尖らせて文句を言いつつも嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「ボクの精一杯の想いを込めて整備したんだから、絶対大丈夫。安心して戦ってよね♪」
手櫛で髪を整えながらフィルは満面の笑みをシンに向ける。
その健気な想いにシンは、思わず周囲の視線も気にせずにフィルを抱き寄せてキスまでしてしまう。
複数の女性を同じくらい愛していると認めて以来、シンの中で何かが変わっていた。
まだ多少の照れはあるが、数ヶ月前からは想像もできない程、シンは積極的になっていた。
「う、うぅ~。不意打ちはズルイよぉ~」
一度唇を離すと顔を真っ赤に染めたフィルが目に入る。
「ねぇ、いきなりであんまりシンを感じらられなかったからもう一度お願い」
上目遣いで再びキスを求めるフィルを愛おしく感じる。
「ぅんんん………」
今度はゆっくりと味わうように唇を重ねる。周囲からの冷やかしの声も2人の耳には届かない。
「それじゃ、行ってくるな」
「うん。バーンとやっちゃってよね!」
そっと身体を離し、シンはフィルの言葉にしっかりと頷いた後、シルフィロードの操縦席へと入る。
「クレス、フィル、アイリ、ミランダさん、そしてユウとアドモントさん。皆の想いはしっかり受け取った。そこに俺の想いも込める」
操縦席に座り目を閉じると、シンは誰かに言い聞かせる様に呟く。
シンの魔動力を受けて操縦席内に魔動力が満ちていき、シルフィロードに命を与えていく。
「だから……その想いに応えてくれよ。シルフィロード、起動!!!」
シンの言葉に応えて、シルフィロードの緑色の瞳が輝き、ゆっくりと立ち上がる。
隣ではアークスの乗るグランダルクも起動を終えて立ち上がる所だ。
アルザイル帝国側を見れば、向こうも魔動機兵の起動を済ませた様子だ。
決闘の刻は間近に迫っていた。
シンが完全にスケコマシーの色魔化してしまいましたとさ。ちゃんちゃん。
次回は7/5(日)0:00に更新。




