10-4
「シン達、帰ってきませんねぇ。どうしたんでしょうか?」
クレスは昼食を作りながら朝早くに出掛けていったシンの姿を思い浮かべる。
山賊団を捕らえる為にアークスとソーディが山狩りに参加するという事で、護衛としてアイリの元へ向かったのは知っている。
ミランダも一緒のはずなので滅多な事にはならないだろうが、少しだけ不安になる。
もしかするとこれにかこつけてデートでもしているのかもしれない。
アイリのシンに対する猛烈アピール振りはフィルがアイリにもライバル宣言してしまった為に、今まで以上に苛烈になっていた。けれどあまりに苛烈すぎてシンでさえも引き気味だったので、不安は少しで済んでいた。
「せめて連絡に誰か人を寄越すとかしてくれれば良いのに……」
クレスの目の前にはアイリ達が来るであろう事を見越して6人分の昼食が用意されていた。
今日の内容は醤油漬けの白身魚の蒸し焼きである。
焼き立てはふっくらと柔らかいのだが、一度冷めてしまうと白身と醤油が凝固してしまい、保存食の干し肉のように固くなってしまうのだ。
「これは無駄になっちゃいそうですね」
クレスは1つ息を吐く。
「すまない。誰かいるか?」
玄関口から声が聞こえる。
人を寄越せばいいなんて考えてたのを見透かしたのだろうか?
クレスはそんな事を思いつつ玄関へと向かう。
しかしそこに居たのはクレスが思っていた人物では無かった。
「アドモントさん。もしかしてシンですか?」
そこには鍛冶が趣味の貴族であるアドモントが、その髭面をしかめて立っていた。
「そのつもりで来たんだが、ここに来る途中でこいつを拾ってな」
アドモントは手にしていたものをクレスの眼前に掲げる。
「これはシンの……」
それはこの世界には無い独特な形の片刃の剣、シンが“カタナ”と呼んでいた代物だった。
「あいつがこれを落としたり放り出したりなんかするはずが無い」
こんな重いものを落とせばすぐに分かるだろうし、シン自身が苦心の末に作り出したものをそう簡単に捨てたり、その辺に放り投げたりはしないだろう。
「ここに帰ってきていないという事は、もしかして何か事件にでも巻き込まれた可能性がある」
アドモントの指摘にクレスの顔が青ざめていく。
戻ってこないシン達。
落ちているはずの無いカタナ。
山賊団の存在。
王女の護衛。
それらのピースが合わさり、最悪の事態が頭に浮かぶ。
「す、すぐに皆にも知らせないと!」
クレスはアドモントと共にユウとフィルのいる工房へと走り出そうとする。
その瞬間、
「わわわっ、何?これって何なんだよ?!」
工房の方からフィルの叫び声が聞こえる。
「どうしたんですか?!」
工房へと辿り着いたクレスは目の前の光景に唖然とする。
「こ、これってどういう事?」
そこにはユウとフィルが呆然と立ち尽くしている以外、何も無かった。
そう何も無かったのだ。
あるべきはずのものが無かったのだ。
「ク、クレス姉~!シルフィロードが…シルフィロードが……」
それまで工房全体を見下ろすように悠然と立っていた8mの巨人は姿も形も無かった。
「……消えちまった……」
ユウの呟きはつい先程までそこにシルフィロードがあった事を示していた。
「いきなりピカーッて光り出したと思ったら消えちゃったの……」
フィルの言葉通り、シルフィロードは突然、輝きだし、光の粒子となって空気に溶ける様に消え去ったのだ。
ただユウには頭部に付けた物質転移の魔動陣を模した飾り角が一際輝いていたように思えた。
まさかとは思いつつも実際に実験をして失敗しているユウにとってはあり得ないという思いだった。
「一体、今、何が起こっているの……」
事件に巻き込まれた可能性のあるシン達。
忽然と消えたシルフィロード。
しかしクレスの呟きに答えられるものはここには誰もいなかった。
*
「な、なんだ、こいつは!なんでいきなり現れた!?」
山賊のリーダーは混乱していた。
それも当然である。
人質である王女は奪われたものの周囲を囲んで絶対的有利には変わりなかった。
それが人質だった1人である男、シンが何かを叫んだ直後に、何も無い所から白銀の巨人がいきなり現れたのだ。
山賊達は目の前で起きた現実に驚き、その威容の前に立ち竦む。
それはアイリとミランダも同じだった。
「ど、どうして、シルフィロードが……」
目を見開き、ありえない現実を目の当たりにして動く事もままならない。
その中でシンだけが動いていた。
しゃがんだ駐機状態で現れたシルフィロードの操縦席に滑り込むように乗り込む。
シンが乗る事を前提に調整されていただけあり、座席はピッタリと吸いつくように身体にフィットし、足を固定するフットレバーも、主に魔動力と意志を伝達するハンドレバーも丁度良い位置にある。
まるでシルフィロードと一体化したような感覚にシンの心が躍る。
『2人とも手の上に乗れ!』
起動を果たしたシルフィロードの両手を水を掬うような形にしてアイリとミランダの前へ差し出す。
その声に2人は弾かれた様に動き出し、慌てて手の上に乗る。
『しっかり掴まってくれ。それと少しだけ我慢してくれよ』
両手をなるべく胸に寄せて風が当たらないようにしながら、シルフィロードは立ち上がる。
そこで山賊達もようやく我に返る。
「くそっ、訳が分からねぇがともかく取り押さえろ!!」
リーダーの掛け声と共に周囲を取り囲んでいた山賊の魔動機兵が動き出す。
だが所詮は作業用。
例え調整中であろうと戦闘用魔動機兵であるシルフィロードとは全てにおいて劣る。
シルフィロードは軽く飛び上がり、正面から迫る魔動機兵の1体の肩口を踏み台にして更に飛び上がる。
「きゃあっ!!」
腕の中でアイリとミランダが悲鳴を上げるが、今はまだ我慢して貰うしかない。
上空にまで飛び上がった所でシンは周囲を見回す。
どうやらこの辺りはかつてシンがアドモント達と共にジルグラムを採掘に来た場所の近くだと分かる。
おそらく山賊団がアジトに使っていた山小屋は鉱夫達の休憩所か何かだったのだろう。
続いて山の中を動く一団も見つける。
アークスとソーディが率いる山狩り部隊の一団だ。
そこまでを確認した所でシルフィロードが自然落下を始める。アイリ達になるべく負担がかからぬよう膝まで使って柔らかく着地し、今ほど見つけた山狩りの一団に向けて走り出す。
そしてすぐにそこへと辿り着く。
突然目の前に現れた魔動機兵を前に騎士の1人が剣を構える。
「くっ、山賊団か!!」
『待った待った!俺は敵じゃない!!』
シンは慌てて否定して、手の中のアイリとミランダを地面に下ろす。
「こ、これは王女様」
剣を収め、騎士は慌てて膝をつき、その後ろに居た面々も頭を垂れる。
「この魔動機兵を操る者は私の信頼する人物です。安心して下さい」
様々な事が目まぐるしく起こり未だ頭は整理しきれていない。 そして先程、大泣きした為に少々目を赤く腫れている。
だがアイリは王族としての役割を演じる。
弱い部分を見せるのは信頼出来る大切な人の前でだけでなければ、王族としての威厳が保てない事を知っているから。
『2人を頼む。それとこの先の山小屋が山賊団のアジトになってるから全部隊へ連絡してくれ!』
シンの言葉に騎士は素直に頷く。
王家直属の魔動機兵の噂はその騎士も知っていた。救国の英雄とか白銀の雷光など様々な呼び方がされ、王国最強の兵力だという噂まである。
噂だけで実物を見た事など無かったが、誇張されて伝わっているだけだと思っていた。
だが今、目の前にある白銀の巨人には、噂を根拠づけるだけの力強さを感じた。
作業用魔動機兵など霞んでしまう程、その姿は勇壮で美麗だった。
だから騎士としてのプライドなど関係無く、素直にその言葉に従う事が出来た。
「お任せ下さい。我が身命を賭してでも王女様の身はお護り致します」
騎士の言葉にシンは頷き、シルフィロードを立たせる。
「シンさん……」
アイリは離れてしまうのが心細いのか不安そうな顔で見上げている。
『大丈夫。心配すんなって』
安心させるような優しい声。その声音はアイリの不安を和らげていく。
『奴らの魔動機兵は俺が相手をするから後の事は頼んだぞ』
それだけ言うとシンは山の奥、先程の場所へ身体を向ける。そして先程までとは比べ物にもならないくらい脚部に力を込め、最大の力で跳ぶ。
魔動機兵は巨体である。
その為、山賊達の居場所はすぐに分かった。そこへ向けて急降下。
『俺の怒りの全てをお前らにぶつけてやる!!』
アイリへの怒り。自分への怒り。
その元凶である山賊団へ向けて激昂しながら、山賊の機体の1機へ急降下からの蹴りを見舞う。
その一撃で左腕が破砕。
しかしそれだけでシルフィロードが止まる筈も無い。
着地と同時に身を沈めながら回し蹴りを放ち、足を払う。
クルリと宙を舞い、地面へと倒れかける。
だが地面に叩きつけられるより先にシルフィロードは、右手を手刀の形に伸ばし、操縦席のやや下、腹部へ向けて突き刺す。
巨大な金属の塊が落下する激しい衝撃音と同時に、魔動力炉のある腹部はシルフィロードによって貫かれていた。
一瞬の静寂の後、シルフィロードはゆっくりと立ち上がる。
足元の山賊の魔動機兵は魔動力炉を破壊され、もう動く事は無い。
操縦者も直接操縦席を攻撃していないので死んではいないだろうが、これだけの激しい衝撃を受けたのだから失神くらいはしているだろう。
周囲を見回せば、後3機の魔動機兵が見える。
「くそっ、全機で一斉にかかれぇっ!!」
圧倒的な力による蹂躙を目の当たりにしながらも、山賊のリーダーは怯む事無く残り3機の魔動機兵へ命令する。
いや、怯まなかった訳ではない。ただ単に状況が理解出来ていないだけだった。
それも仕方が無い事だろう。
この国にある戦闘用魔動機兵は王立魔動研究所のグランダルクとこのシルフィロードだけ。
その性能も、王国祭のこの2機の戦いを目撃した者で無い限り、想像すら出来ない。
想像出来たとしても作業用に毛が生えた程度くらいにしか想像は出来ないだろう。
最初の1機が倒されたのも不意打ちが上手くいったからだと思っているのかもしれない。
3機の山賊の魔動機兵が一斉にシルフィロードへ向かって迫りくる。
だがシルフィロードは、シンは動かない。
「アドモントさん。あなたの力を使わせて貰います」
その想いに呼応して、腰の後ろに迫り出していた水平翼が回転し、まるで鞘のように腰の左側に収まる。
腰を落とし、水平翼を左手で、そこから顔を出している柄を右手で掴む。
『はぁぁっ!!!!』
裂帛の気合と共に前方から迫る敵機に向けて、右腕を振るう。
シルフィロードの白銀の身体よりも更に銀色の刀身が陽光を照り返し、眩い輝きを放つ。
結果を見る事無く、左右からの敵の攻撃を避ける為、前へと進む。
前方の敵は突撃をしたそのままの格好でシルフィロードの横を通り過ぎていく。
左手で軽く背中を押して少しだけ向きを変えてやると、上半身が加速を増して左から迫って来ていた1機へと正面衝突。少し遅れて下半身が左から来ていたもう1機の脚に絡まり体勢を崩して倒れる。
「言うだけあって流石に凄い切れ味だな」
居合いの要領でたった一閃で鉄の塊である魔動機兵の胴を両断したカタナは刃零れ一つしていない。
惚れ惚れとして少しだけ山賊への怒りが和らぐ。
シルフィロードが振り向くと、2機とも体勢を立て直している。
だがシルフィロードの圧倒的な力をその身に実感し、前へ出る事を躊躇している。
「何やってやがる!さっさと潰しちまえっ!!」
未だシルフィロードの実力を理解していないリーダーが怒鳴り、2機は仕方無くという風にシルフィロードへ向けて駆け出す。
今度は同時にではなく前後になって時間差で攻撃をしようとしている。
『あんな馬鹿をリーダーに持った自分達を恨むんだな!!』
2機が近付くよりも早く、シルフィロードは間合いを詰める。直前まで迫ってからサイドステップ。
山賊からはいきなり消えたように見えただろう。
そのまま何もない空間に突っ込み、たたらを踏む。その背後でキィンという乾いた音。続いて何かが崩れる音。
その異音が後方の魔動機兵が斬られた音だと気付き、慌てて振り返った刹那、右腕が右脚が左脚が、そして最後に左腕が吹き飛ぶ。
支えを失って胴体だけとなり、ゆっくりと地面へと転がり落ちていく。
「わ、悪い夢でも見てんのか……」
山賊の誰かが呟く。
これまでこの4機の魔動機兵で様々な悪事を行い、その悉くが成功し、マッドネイル山賊団の悪名は広まっていった。
操縦する4人も長い間の操縦経験により、王国騎士にも負けないと自負していた。
だが今、その4機の魔動機兵は魔動力炉を貫かれ、胴から真っ二つになり、四肢を斬り落とされたダルマ状態で転がっている。
山賊団にとってそれは悪夢でしかなかった。いや、夢ならばどれ程良かっただろうか。
目の前に広がる光景は夢などでは無く現実。
たった1機の白銀の魔動機兵によって、ほんの僅かな時間で引き起こされた事実。
木々の向こうから武器を構えた騎士が現れるが、戦意を失った山賊達は逃げる事も抵抗する事も無く次々と捕えられていく。
その中でただ一人往生際の悪い男が1人いた。山賊団のリーダーだ。
迫る騎士達に部下の山賊を押しつけながら逃げようと足掻いている。
その姿を見つけたシンは溜息を零す。
あんな小物にムキになった自分に呆れてしまう。だが、だからといって逃がす道理は無い。
『どこに行こうってんだ?!』
リーダーの目の前にカタナを突き刺す。
「ひっ、ひぃ~」
腰を抜かすリーダーの男。峰なのでもし止まれずにぶつかっても斬れる事は無いが、彼がそれを知っている訳も無い。
目の前の巨大な刃への恐怖と寸での所で斬られる事が無かった事への安堵でリーダーの男は失禁。
これが世間を騒がせていたマッドネイル山賊団の最期だった。
主人公無双。
シルフィロードってこんなに強いんだぞ~!という回でしたが、相手が弱過ぎて全力感が出せませんでした。
もっと精進したいと思います。
次回更新は6/7(日)0:00の予定です。




