10-1
この日、キングス工房ではシルフィロードの仮組作業が進められていた。
決闘の日までは後2ヶ月を切った所。
改修をはじめてから約1ヶ月という異例の早さであった。
たった3人、いや厳密にいえばシンはこの改修作業で手伝う事が少なかったので、ほぼ2人だけで作業が行われたにも関わらずに短期間でここまで来れたのは、魔動技師としてユウとフィルが優秀だったからだ。
恐らくその技量は、王立魔動研究所所属の魔動技師に引けを取らない。いや、もしかすると魔動機兵の技術に関しては上回っている可能性もある。
シンは仮組中のシルフィロードを仰ぎ見る。
まだ鎧甲が取り付けられていないとはいえ、全体的なフォルムは以前に比べ二回り程細くなっている。
これは魔動力の伝達効率が上がり魔動フレームを細くする事が出来たおかげである。
フレームである魔動石は石である為、あまり細くすると脆くなり壊れやすくなるのだが、周囲を薄くアダマス鋼でコーティングした為に細いにもかかわらず耐久度は格段に上昇していた。このコーティングは手作業で極限までアダマス鋼を薄くする事が出来たシンのお手柄だった。
このコーティングはフレームの耐久度だけでなく全体的な防御力も上昇させた。薄いとはいえアダマス鋼を使っている為、並みの作業用魔動機兵を遥かに超える防御力となっているのだった。
またフレームはコーティングの分の重さを差し引いても以前よりかなり軽量になり重量に余裕が生まれた。その余裕分で各関節の魔動筋を増量し、衝撃の吸収量を増やす。更にこれまで肩と股関節にのみに設置していた小型魔動力炉を、爆発的な加速を得る為に足首と膝にも、剣速を上げる為に肘にもそれぞれ設置していた。
腰の背部には高速移動時に前傾姿勢になってもバランスが取れるよう鳥の尾羽のような水平翼が取り付けられている。この水平翼はアドモントが鍛え上げたシルフィロード用の刀を収める鞘にもなっていた。
「大分スマートになったなぁ」
シンはその姿に魅入ってしまう。
まだ殆ど鎧甲が付いて無いとはいえ、その姿は以前に比べればかなり洗練されたフォルムとなり美しとさえ感じる程だ。下手をすると開発書の予想図よりも細身かもしれない。
「シルフィロードのスピードを生かすためにも鎧甲は最低限しか付けない予定だから、外観的には殆ど変わらないだろうな。ほぼこれが完成形と考えて良い」
だがユウはほぼ完成形と言いつつもまだ改善点は多くあると言う。
「とりあえずはこの状態で試動させて問題点を洗い出して、決闘までに1つ1つ修正して、調整を繰り返す」
「そうだねぇ~。技師としては最高の状態にして送り出したいしね」
ユウの言葉にフィルも頷く。
そのドサクサに紛れてフィルはシンの腕に絡みつこうとしたので、頭を鷲掴みにしてその行動を未然に防ぐ。
どうもシンへの気持ちをはっきりと明言してからは、行動がアイリに似てきてシンとしては気苦労が2倍になった気がして堪ったものではない。
「うぬ~。それはそうとシンの方はどうなん?」
鷲掴みされて痛む頭を押さえながらフィルはシンの方の進捗状況を聞いてくる。
主語は無いが、魔動力の事を言っているというのは分かる。
「う~ん、まぁ、ぼちぼちって所かな」
正直に言えば方法は分かっている。
それも目の前の少女との突発的な出来事が契機となって。
シンはふとペンダント状にして首に下げていた白い魔動輝石に目を落とす。
あの日、蓄えられた魔動力が全て消費された魔動輝石はシンの体内の魔動力が消えると同時に真っ白になった。
最初は少し焦ったが、今は半分程まで透明さを取り戻している。どうやら透明度で魔動力の溜まり具合が分かるようだ。この3日程で自然に半分まで溜まっているので1週間もあれば満タンになるのだろう。
この魔動力の特性については一晩の考察でそれなりに掴んでいた。
外付け電池のようなものでデメリットは殆ど無い。
時間制限があるとはいえ、長時間、魔動力を消費し続ける事態というのはそうそうあるものではないので、それはあまりデメリットにはならないだろう。
例え魔動機兵を操作しても最低でも30分は動かせると予想している。
そもそも体力的な問題でそれ以上はシルフィロードの機動についてはいけないだろう。
問題があるとすれば魔動力を発動させるその方法だけだった。
例の紙束を断片的ながら読み解けた内容にも“粘膜接触”やら“魔動力搾取”という単語が書かれてあることから、キスにより口の粘膜を通して相手から魔動力を吸い取り、その力が媒介となって魔動輝石に蓄えられた魔動力が身体に流れ込むという仕組みだと理解している。
粘膜の接触なのでキス以外の方法もあると言えばあるのだが、キスより過激だし、何よりキスする事すら躊躇しているシンには到底無理な方法であったので、その方法については考えない事にしている。
読み解けた限りでは他にそれらしい方法は見当たらないようなので、これ以外の方法はこの紙束には書かれて無いか、そもそも存在しないのかもしれない。
また発動の条件として分かった事と言えば、魔動力を持たない人間である“資格者”が魔動輝石を身に付けている場合に発動する。
その条件以外では魔動力を奪い取る事も無く発動しないようであった。
仮に資格者以外の人間が発動した所で、元から魔動力を持ってる人間に新たに魔動力が入り込んだ所で変化が現れる訳も無く、全くの無意味なので、検証も出来なかったのかもしれない。
「アークスさんはパワー派、ソーディさんは技巧派で、シルフィロードの戦い方とは相性があまり良い訳じゃないから、シンには早く操縦者になって貰わないと」
事情を何も知らないユウはシンに期待の目を向けている。
アークスは元々巨大な両手斧を振り回して戦う重戦士なのでどちらかというとグランダルクに向いている。
ソーディは技巧派とユウには言われている通り、片手剣と小盾で相手の攻撃をいなしながら打ち合うタイプである。
どちらもスピードで相手を翻弄し一撃離脱をするような戦法では無い。
いや、そもそもヒット&アウェイという戦い自体、騎士には存在しない。騎士は防具で攻撃を防ぐ事がメインで回避は重視されていない。
一度相手と対峙しても再び距離をとるという逃げるような戦法が騎士道にそぐわないと考えている節があるのも少なからずある。
一撃離脱は攻撃を受けないように走り回る必要があるので、装備も最低限の軽いものを選択する必要があり、鉄製の鎧を装備する事が出来ない。
イメージ的に盗賊とか暗殺者が好みそうな戦法だからという理由もある。
それらの理由、そして何よりシンの戦いぶり、操縦技術を知っているからこそ、シルフィロードの全ての能力を発揮させられるのはシン以外には居ないとユウは確信しているのだ。
そしてシンが乗る事を前提として調整作業も進めていたのだ。
(ど、どうしようか……)
もし魔動力発動の方法が分かったと言えば、キスの事を伝えなければいけないだろう。
そしてその事を話せば、王国祭でのクレスとの出来事も話す必要が出てくるだろうし、もしかすると先日のフィルとの出来事も弁明する必要が出てくるかもしれない。
またその方法を実践する時に、例えランダムで1人を選んだとしても、誰かしら何かしらの角が立つことは明白である。
シン自身の気持ちがはっきりしていない以上、そういう状況に陥るのは避けたかった。
これまでは何かと誤魔化してきていた問題だが、仮組みが終わりシルフィロードを動かせる状態になった今では、もしシンが操縦出来ない場合に備えてアークスとソーディにシルフィロードの操縦訓練をする時間を必要とすることもあり、そろそろはっきりさせなければいけない。
決闘までの日数的にも後1週間程が限界だろう。
「悪い。この件についてはもう少しだけ待ってくれないか」
だがシンはまだ、もう一歩を踏み出す事は出来なかった。
魔動王国語をほぼ完全に読めるのはシンだけだ。その為、ユウもフィルもシンの言葉を信用するしかない。
おかげでシンの心に罪悪感が積もっていく。
だから少し強引に話題を変える。それがただ逃げているだけだと分かってはいるが、真っ直ぐ向き合える程、まだシンは人として成熟していない。
「なぁ、頭部のあれって……」
シルフィロードの頭部。額に当たる部分には飾り角が付いていた。
左上と右上の頂点が極端に伸びた星形をし、下側と一番上の頂点を通るように真円が描かれている。
左右の上部が円から突き出た五芒星の亜種のような形になっている。
これはアイリとミランダが集めてきてくれた本の中に書かれてあったもので、この世界では魔動陣と呼ばれる図形の1つだった。
その本の中では理論上では“物質転移”を可能とする魔動陣である書かれてあった。
その魔動陣が刻まれた無機物を同じ魔動陣が描かれた別の場所へ一瞬で転移させる事が出来るというものだった。
実際にそんな事が出来れば、様々な物の輸送の手間が省けてとても便利になることだろう。
だが、現実はそう甘くなかった。
試しにユウが小物に魔動陣を刻んで試したが、転移する事は無かった。
他に何か条件があるのか、もしくは魔動王国時代でも理論のみが先行していて、実際に出来ていた訳ではないのかもしれない。
ともあれ魔動陣としての機能は果たさなかったのだ。
だが、そんな魔動陣が何故かシルフィロードの額に飾り角として付いている。
「どうもフィルがあの模様を気に入ってしまってな。それにシンも昔から見た目重視の考えだったから。重量にも余裕が出来てるし要望に応えて付けてみたんだ」
魔動機兵の頭部は元々から飾りのようなものである。
ロボットアニメに良くある、目にカメラがあって外側の景色を映しているとか、脳にあたる部分に機体の制御ユニットがあるとかそういう事は全く何もない。
ただ人の姿を模す為だけにある。
作業用になると操縦者の目で直接外を見るので頭部があると邪魔だという事で無い事の方が殆どだ。
ただのお飾りである頭部に更に飾りとしての角が付いている。
ロボットアニメでは角が付いている機体は、主人公機だったり専用機だったり指揮官機だったりと、量産機よりも上位に位置した存在として表されている事が多い。
この世界においては未だ戦闘用魔動機兵の量産は進んでいないので、角があろうが無かろうが、特別な機体という位置付けなのだが、心理的に角がある方が特別なものに思えてくる。何より格好良い。
「グッジョブだ!フィル!!」
シンが親指だけを立てた拳をフィルに向ける。
フィルは褒められて照れながらも同じように親指だけを立ててシンへと向ける。
「取り付けを決定したのは僕なんだが……」
そうぼやくユウだが2人の嬉しそうな顔を笑顔で見つめる。ついこの間まで口もきかない程、険悪な雰囲気だっただけに今の状況は微笑ましいものだった。
「よう!仮組が済んだって聞いて見に来たんだが何を盛りあがってんだ?」
3人の元に大柄の髭面男、アドモントが姿を現す。
「アドさん、あれ見て!あれ!!」
フィルが何故か自慢そうにシルフィロードの頭部を指差す。きっと自分のセンスの良さを共有したいのだろう。
「なんだ、あれは投擲武器か何かか?」
鍛冶を根っからの趣味としているアドモントには星の尖った部分が武器に見えてしまうらしい。
「だが、あんな形じゃあバランスが悪くてまともに真っ直ぐ飛ばねえぞ?」
「ちっが~う!!あれは武器じゃないよ!!飾りだよ飾り!!」
「はっ?!飾りだと!?どうせなら武器として使えるもんを付けろっての」
「飾りだから武器として使えなくてもいいの!!」
「同じ飾りでも武器として使えた方が効率がいいだろう」
飾りはあくまでも飾りだと主張するフィルに対し、武器にもなる飾りを推すアドモント。
2人の主張は真っ向から対立し、平行線を辿ろうとしていた。その直前でその言い合いを収めたのはシンだった。
「アドモントさん。わざわざ仮組を見る為に来た訳では無いんでしょう?ましてやこいつと不毛な言い合いに来た訳でも無いんでしょ?」
フィルの口を手で塞ぎながら、シンはアドモントの目の前に出る。
1週間程前に打ち終えた刀をここに持って来てから、彼がずっと自宅の鍛冶工房に籠っていた事をシンは知っている。
「アレが完成したって事ですか?」
「まぁ、まだ試作だがな。これで上手くいけば魔動機兵用に取り掛る予定だ」
そういうとアドモントは平らな箱状のものを取り出しシンに手渡す。
「これが……」
シンの顔が自然とニヤける。
この箱が2人が“アレ”と呼ぶものだったが、それが何なのかは今はこの2人にしか分からないのであった。
GW集中投稿期間の最後となります。
次回は通常通り1週間後の5/17(日)0:00に更新予定。




