9-3
窓から差し込む光と鳥の囀り声にシンはふと視線を上げる。
「もう、朝か……」
結局、一睡する事も出来なかった。
偶然だとはいえ魔動力を手に入れる事が出来た為、ついでなので色々と検証を行っていたのだ。
眠れなかったのは決してフィルのせいではない…はず……。
ともかくおかげで色々と分かった事がある。
まず魔動輝石からの魔力は魔動タンク同様に容量制だという事が分かる。魔動輝石に意識を向けるとその残量を何となく理解出来た。
試しにライトやチャッカを使用してみた所、使用した分が減ったと分かる。
ロールプレイングゲームのMPのようなものだと思えば分かりやすいだろう。
ただ魔動力の無い身体に力を巡らせているせいなのか、何もしていなくても魔動力は減り続ける。それはつまり制限時間が存在するという事だった。
更に魔動具を使えばその分も減るのだから、制限時間はどんどん短くなっていく。
今回は常に魔動具に触っていた訳では無いので、朝になった今でも魔動力は持続しているが、もうすぐ魔動輝石の魔動力が底を尽きそうなので、持続時間は自然消費でおよそ半日という所だろう。
魔動機兵を操縦する場合は常に魔動力を消費している状態になるので、恐らくは数時間が限度だろう。
もし魔動輝石を手放した場合、この魔動力がどうなるかは検証していない。
流石に魔動力が消えてしまっては検証が出来なくなるので、次の機会が簡単に出来るかどうか分からない現状では試す気は無かった。
魔動力が尽きかけているので、今、試した所で、手放した為に切れたのか、単に容量が尽きたのか分からないので検証にもならない。
また魔動力の副次的効果として身体能力が上昇する事が分かった。
魔動力を持って生まれて来るこの世界の人間には絶対に分かるはずも無く、意味も無いものだ。
試しに刀を持ってみた所、羽のように軽く、アドモントのように片手で軽々と振り回せるようになっていた。
恐らく徹夜をしたのにあまり疲れや眠気を感じないのもこの効力のおかげかもしれない。
「あれ?おはようございます、シン。今日は早いですね」
朝食の準備の為にクレスがやってくる。
実家がパン屋という事もあり、彼女の朝は早い。工房で朝食の支度をした後は再び実家に戻って店の売り子をしているのだから凄いという他無い。
声はアニメ声で少し童顔だが性格も良し。
売り子をしているおかげか元気で明るい性格。
プロポーションも人並み以上。
献身的で家事全般もこなし、料理に至ってはプロ級。
良い奥さんになる要素しか揃っていない。
「ぼんやりしてどうしたんですか?」
「え、あ、いや、お、おはよう。ちょっと魔動力の件で調べ物してたら、いつの間にかこんな時間になっちゃってて。眠気は無いんだけど、流石に疲れてるのかな?あはははっ」
シンが何を考えていたかなど、クレスが分かる訳は無いのだが、何となく誤魔化すような言葉遣いになってしまう。
「もう。また無理したんですか?それじゃあ、シンには何か疲れが取れてリラックス出来そうなものを作りますね」
こうやってさり気無く気遣ってくれるのもポイントが高い。
エプロンをつけてキッチンに立つクレスの後ろ姿をシンは黙って眺める。
包丁で何かを切る小気味良い音だけが響く静かで穏やかで爽やかな朝。
(なんかこういうのって良いなぁ)
気分が落ち着いていく。こういうのが幸せなのだろうか。
だがそんな穏やかな時間はすぐに崩れる。
「おっはよ~ん、シン、クレス姉!」
フィルが朝から元気に挨拶する。
シンは昨晩の出来事で状況が悪化すると思っていたが、全く逆でフィルは憑き物が落ちたかのようにあっけらかんとしている。
その変化はクレスもすぐに気が付き、少し怪訝な表情を浮かべる。
「昨日、何かあったんですか?」
クレスの表情は笑顔のまま。けれどその瞳は笑っていない。
確かに何かあったのは事実だが、それを言ってしまったら多分死ぬ。シンは直感的に理解し言葉に詰まる。
しかしフィルはその瞳に気付いていないのか、満面の笑みで告白する。
「えへへ~、昨日、やっと分かったんだよね!ボクはね、シンの事が大好きなんだっ!!だからクレス姉!ボクは負けないからね!!!」
真っ直ぐで純粋な衝撃の告白に固まる2人。
「え?何?どういう事?」
クレスが助けを求める様にシンに視線を送る。だがシンにもよく分かっていない。
昨晩の事を思い返せば、確かにフィルはシンに恋心を抱いていたのは事実だが、それがどんな感情なのかは本人は分かっていなかった。
それを一晩寝ただけで理解出来るものだろうか?
それに何故クレスに向かってライバル宣言しているのだろうか?
アイリに向けて言うならば分かる。
彼女はシンに対して恋というか憧れのようなものを抱いており、積極的にスキンシップを図っている。好意を持っているのは誰の目から見ても丸分かりだ。
対してクレスは確かに王国祭の時に少しばかり距離が縮まったような気もするが、表面上は普通に接している。
恋愛感情というより家族愛に近いものではないかとシンは思っていた。
しかしフィルは直感的にクレスに何かを感じ取っていたのだろう。
「シンがボクの事をどう思っているかは分かってるつもりだから、すぐに答えは出さなくて良いよ」
眩しいくらいの笑顔を向けるフィル。
シンとしては可愛い女性に真正面から告白されて悪い気分にはならないが、正直、どう対応すればいいか分からない。
フィル本人がすぐに答えを求めていないので、とりあえず返事は保留となったが、どう答えるべきなのか今のシンには皆目見当もついていない。
「あ、そうだ!」
フィルは踊るようにクレスに近付いていく。
「クレス姉がうかうかしてたらボクがとっちゃうからね~♪」
シンには聞こえないようにクレスの耳元で囁くように呟く。
「えっ!な……」
楽しそうなフィルに対し、顔を紅潮させるクレス。
「こ、こら!大人をからかうんじゃありません!!」
「ひゃぁ~♪クレス姉が怒ったぁ~♪」
楽しそうに逃げていくフィル。
「もう、まったく~」
クレスは逃げていくフィルの後ろ姿が洗面所に消えていくのを見送った後、ちらりと横目でシンの顔を見る。
ふとシンと目が合って、思わず慌てて顔を逸らす。
鏡を見なくても自分の顔が赤くなっているのがはっきりと分かる。
(シンはさっきのフィルちゃんの告白をどう思ってるんだろう……)
フィルが返事を保留にしたのは、クレスとして良くもあり、悪くもあった。
この場できっぱりと断ってくれれば、こんなもやもやもした気持ちにはならなかっただろう。
けれどシンがきっぱりと断り切れない性格だという事を理解している。流れに任せてOKを出してしまう可能性もあったので、返事が保留になったのは良かったのだろう。
(私もあれくらい素直になれたら変われるのかなぁ)
クレスはぼんやりとそんな事を考えて、顔の火照りを冷ましながら朝食の準備を再会する。だが、ぼんやりしていたせいで、その日は人生で初めて調理に失敗した朝食を出す事になるのであった。
*
荘厳なシャンデリアが吊り下がる大広間のような食堂に彼女は居た。
長大な細長いテーブルの片側に座り黙々と食事を口に運ぶ。
口に物を運ぶ度に、首元で三つ網にした腰まであるこの地方には珍しい黒髪が揺れる。
10代半ば程の年齢でその顔には黒縁の眼鏡を掛けている。
年相応の可憐さがあるのだろうが、その髪型と眼鏡のせいで生真面目で固いイメージがその少女には纏わりついている。
「どうしたのだ?食が進んで無いようだが?」
黒髪の少女の向かい側に座る男がそう尋ねる。
男は襟に何かの動物の毛皮のついた豪奢な衣装を身に纏っていた。指には大きな青い宝石の付いた指輪を嵌めており、身分の高さが窺える。
顔立ちはハンサムだが、その目は獰猛な猛獣のような輝きを宿している。銀色の髪も相俟って狼を連想させる。
「あなたが目の前に居るからです」
少女は溜息を吐きつつ、ナイフとフォークを置く。
「はっはっはっ、間も無く皇帝となる私にそのような物言いが出来るのはお前くらいなものだろう。さすが皇帝直属騎士の英雄シーナ様だな」
フォルテ・ヴァン・ユスルフ・アルザイルは皮肉を込めて良い放つ。
彼はアルザイル帝国の第1皇子である。病床に伏せる現アルザイル皇帝に代わり、既にほぼ実権を握りつつある。
「私は英雄なんかじゃない。それに恩義を感じているのは今の皇帝陛下だけ。あなたには恩も感じなければ義理も無いので、媚を売るようなつもりはないわ」
シーナと呼ばれた黒髪の少女はイメージ通りの生真面目そうな淡々とした口調で答える。
「そう言う所が私は気に入っているのだよ」
フォルテは席を立つとツカツカとシーナの近くまで歩み寄る。
「私のものになれ。そうすればお前の望むものを私は全て与えよう」
「あなたのものになった時点で、私が望む物の1つは潰えるわ。私はあなたが目の前から居なくなる事を望んでいるのだから」
嫌そうな顔を隠しもせず、シーナはフォルテの言葉を突っ撥ねる。
「それにあなたが欲しいのは私では無く、私の力。そうでしょ?」
その言葉が切欠になったかのようにフォルテは獣のように歯を剥き出しにして、シーナの顎を掴むと無理矢理自分の方へと向ける。
「よく分かってるじゃないか。お前の力はこの国を、いやこの世界を変えるのに十分な力を持っている。お前の力があれば、私が即位した瞬間にアルザイル帝国はこの世界の覇者になれるのだ!」
フォルテは自身の顔をシーナへと近付けていく。
「や、やめてっ!!」
唇が触れようとした瞬間、シーナは思いっきり突き飛ばし難を逃れる。
「ようやく仮面のような表情が歪んだな。私はそいういう表情が見たかったのだよ」
フォルテは獰猛な笑みを浮かべてシーナを見つめる。
「だが考えておくことだな。現皇帝はもうすぐくたばる。その時に、居場所の無いお前がどうするべきかを。そして何が一番かを」
フォルテは高笑いを上げながら食堂から出ていく。
シーナはそれを呆然としながら見送る。いや、実際にはその姿など見ていなかった。
頭の中でフォルテの言った最後の言葉が反芻される。
“居場所が無い”
彼女にはこの国、いやこの世界に居場所は存在しない。
なぜならシーナこと水上椎那はこの世界の人間では無かったからだ。
2年ほど前のとある休みの日。
ウィンドショッピングをしていた彼女が駅前を歩いていると、向かい側から、あまり人と関わろうとしない存在感が薄いクラスメートの男子の姿を見つける。
それほど親しいという訳ではないが、クラス委員長であった為、他の人よりは話をした事があり、彼が単純に人付き合いが苦手なだけだと理解していた。
クラスメートを偶然見つけてしまった以上、生真面目な彼女は声を掛けるべきだと思い、彼に近付いていく。
その直後に響いた激しいブレーキ音を最後に彼女の意識は遠ざかっていった。
次に目を覚ました時には何処とも知れない森の中に彼女は居た。
季節は春から夏になろうとしていた時期であるはずなのに、この森の中は未だ雪が地面に残り、肌寒い。
助けを求める為に彷徨った彼女はある一団に保護された。
その一団を率いていたのが病床に伏せる前の現アルザイル皇帝であった。
命を救われた形となった彼女はその後、皇帝の庇護下でアルザイル帝国で過ごす事となる。
彼女が今の居場所に居られるのはアルザイル皇帝が健在だからだ。
だが1年ほど前に皇帝が病に倒れてからは事態は変わっていった。
フォルテ第1皇子が“病の父の代わり”と称して実権を握り、それまで不可侵としていた他国への侵攻を開始した。
民の生活の為に肥沃な土地を手に入れるというのは建前で、彼は己の力を見せつける場所を求めていただけなのかもしれない。
それから数ヶ月が経った頃、彼女はフォルテが呼び出しを受け、そこで1機の魔動機兵を渡される。
だが異世界人である彼女に魔動力が無いのは彼も知っている。魔動機兵どころか魔動具さえ扱えはしない。
だから皇家の至宝“サファイアオーシャン”と呼ばれる蒼い宝石を渡し、そしてその使い方を彼女に無理矢理教えたのだ。
そして与えられた魔動機兵と共に彼女は戦場を駆ける事となる。
それが皇帝陛下の意志であり、彼女にとって居場所を護る為だったからだ。
彼女に与えられた魔動機兵は非常に強力なもので、その力でアルザイル帝国の西側に位置していた名前さえも覚えていない小国はあっと言う間に帝国の支配下に置かれていた。
だが彼女はその力に恐怖する。
自分が力を使う度に、町は焼かれ、人が傷ついていく。彼女自身手を下してはいないが、恐らく多くの人間が死んでいるだろう。
そんな彼女の気持ちも知らず、今は南の大国であるフォーガン王国へと侵攻している。
様々な理由を付けて彼女は出撃を拒んでいる。
一番は人を傷つけてしまう力を揮う事に躊躇しているのだが、フォルテを毛嫌いしているから、その手柄になるような事をしたくないというのもある。
無理矢理に唇を奪われた事もあるが、その野心に満ちた目がまるで彼女の居場所を奪おうとしているようで不安を掻き立てるのが毛嫌いする理由の一つだった。
更に魔動力を引き出す方為にキスをしなければいけないというのも彼女に抵抗感を与えていた。
現皇帝の命はもう長くない。
その時、彼女の態度次第では居場所が無くなるだろう。
再びフォルテの言葉が蘇る。
どうするべきか。
何を一番に考えるべきか。
彼女の願いは1つだが、それが叶う事は絶望的だった。
それではどうすればよいのか。
彼女に答える者はいない。彼女の事を理解出来る人間はこの世界には居ないのだから。
それでも誰かにすがりたかった。
誰でもいいから自分を理解してくる人に出会いたかった。
「…お願い……誰か助けて…………」
自分以外誰も居ない食堂の中でシーナは孤独に震えるのだった。
新キャラのフォルテ皇子と異世界人のシーナ。
伏線回収の為に出したはずなのに、なんか勝手に動いて事態が余計に悪化しそうな予感しかしないキャラに変貌しつつあります。
さてどうなる事やら。
次回、GW集中投稿期間の最後は5/10(日)0:00に更新予定です。




