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異世界の機兵技師(プラモデラー)  作者: 龍神雷
第9話 魔動の力
25/62

9-1

 シンは常々不思議に思っていた事がある。

 というか今までは異世界補正と言って気にしなかっただけなのだが、最近は多くの書物を読んでいるせいで、その疑問にどんどん違和感を覚えるようになっていった。

 建物の様式や風習は中世西洋文化に似ている。電波が存在しないが、魔動具の恩恵により生活水準は現代よりは半世紀ほど低い程度。さしずめ昭和初期くらいだろうと、実際に経験した事は無いが、ドラマやアニメ等で知る知識からそう考えられた。

 食事に関しては、存在している動植物が地球とほぼ変わりが無い為に和洋折衷何でもあり。

 文化的に生魚を食べないという風習があったりする場合もあるが、この世界では普通に食べられる。ただし鮮度を保つには特別な魔動具『レーゾー』が必要という事で少々高価になっている。だが魔動革命以前は『レーゾー』自体が普及してなかった事もあり王侯貴族の食べ物だった事を考えれば、格段に安くなっていると言えるだろう。刺身好きのシンとしてはありがたいことである。

 言葉は口の形と聞こえる言葉が同じなので日本語が共通語になっているようだし、比較的新しい造語も通じる。魔動文明語が日本語だったというのに起因するのかもしれないが、詳しくは分からない。

 ただ文字だけは何故読めるのかは分からない。

 現在の共通文字は速記のようなミミズが這った様な文字なのだが、何故かシンはそれを言葉として理解出来る。こればかりは異世界補正としか言いようが無かった。

 魔動具の名称はシンの世界のものそのままといっても良い。

 火を熾すのは『着火(チャッカ)』、飲食品を冷やすのは『冷蔵庫(レーゾー)』、水を飲めるように綺麗にするのは『浄水器(ジョースイ)』などなど。

 そして数年、あるいは数十年でたまに現れるというシンと同じような魔動力の無い人間の存在。

 これらの事を結びつけると1つの推論が浮かび上がる。

 これは王都の病院で昔、シンと同じような魔動力を持たない人間が居たと医者から聞いた時から頭の片隅にあったものだ。

 それまでシンは自分だけが特別な存在でこの世界に来たのだと思い込んでいた。

 だが自分以外にもこの世界に飛ばされて来た人間がいるとすれば、これらの事は全て繋がり、違和感も少しは解消される。

 確証は無いが、恐らく魔動王国の建国に関わった人物は日本人だ。それもシンの居た時代とそう変わらない時代の人間だろう。

 もしかするとシンのように1人では無く、施設ごととか町ごとみたいに集団で飛ばされて来たのかもしれない。

 それら日本人の集まりが魔動王国の礎だとすれば、言葉や文化が日本に近しいものであるのは納得出来る。

 そして技術大国日本と称されるように高い技術力を持つ日本人ならば、魔動具を生み出す事も可能だろう。

 この世界の常識を覆すような道具が生み出されれば、それは繁栄して当たり前だろう。

 多分、作った本人達は自分達のこれまで生活水準を取り戻したくて作り上げただけかもしれないが。

 しかしそんな繁栄した魔動王国もある時を境に突如として歴史から姿を消す。

 そのあたりの歴史は完全に残されていない。一夜にして魔動王国はその存在を消す。後に残ったのは不毛の荒野とそこに蔓延る毒素のみ。

 何が起きたのかは手掛かりさえ無いのでは想像は難しい。

 シンの世界にも存在する大量破壊兵器の暴発という可能性。

 この世界に飛ばされて来たのと同様に王国ごと元の世界、あるいは他の別の世界へ飛ばされたという可能性。

 そして悪夢と呼ばれる存在により引き起こされた可能性。

 そのどれもが可能性としてあり、これ以外のシンが想像出来ない理由という可能性もある。

 とはいえ情報も何もないのでは考えようがない問題である。

 シンはそこで一度考えるのを辞め、既に冷めきってしまったハーブティーに口を付ける。

 これまで考えてこなかったこの世界の事を考え始める切っ掛けになったのは、ミランダが古書店で手に入れた紙の束だった。

 その紙の束は確かに魔動王国語で書かれたものであり、その内容は興味深いものばかりだった。

 だが、これには1つ落とし穴があった。

 書かれてある文字が特徴的過ぎて読むのさえ一苦労だったのだ。

 書かれてある文字はこの世界の共通文字に見えなくもないが、何故かそれを読む事が出来るシンでも、他の人達でも読めないのだから魔動王国語だということになるのだろう。

 そこでシンは1つ自分の居た世界で似たようなものを見た覚えがある事に思い至る。

 それはいわゆる時代劇等でよく見かける江戸時代や戦国時代に書かれた文字のように達筆だったのだ。

 それは見る人が見れば上手と言えるのだろうが、現代人であるシンにとって、これが同じ日本語かと思う程、読みにくいものだった。

 どんなに共通語と似ていようが、元が魔動王国語ならば、学者でもないこの世界の普通の人間が読む事が出来ないのは道理である。

 その上、元々メモとして使われていたのであろうそれは、単語だけが羅列してあったり、次の行にはいきなり、前の行のものとは全く別の事が書かれてあったりするものだから、尚更、解読に時間が掛った。

 まだ全てを読み解けたわけではないが、苦労の甲斐もあり、少しだけ分かった事があった。

 まずは魔動殲機について。

 魔動王国時代に8機が作られただけの魔動機兵を超える伝説的な魔動機兵という事だ。

 元々の計画では13機が作られる予定であり、それそれ独自の設計思想を元に作製されている。

 シンは机の上のメモ用紙を眺めると共に、シルフィロードを造る切欠となった“開発計画書No.9”を手元に引き寄せる。

 王国祭でグランダルクが発表された為に、戦闘用魔動機兵の作製方法は国内の魔動技師達に広まっている。

 暴走事故が起きたとはいえ、それはグランダルク自体に暴走の原因があったわけではないので作製方法を教えても問題は無いとされていた。

 当然、シンもその作製法を理解はしていないが知っている。

 ラジコンやプラモデルと同じで、機構を理解してなくてもパーツが揃っていれば組み立てるだけならシンにも出来る。

 量産する事を前提に造られたのだから、それも当然だろう。ただしコストを気にしなければの話だが。

 だが一から造り出すとなるとコスト以上に問題は山積みだ。

 知識が少ないとはいえ、開発書を読み、ユウと共に造り上げたシンにはグランダルクとシルフィロードの設計思想が違うという事は理解出来た。

 最初は高速機動機と防御機というコンセプトの違いかとも考えたのだが、それにしたとしてもシルフィロードのコストパフォーマンスは異様だった。

 アイリという王家の後ろ盾が無ければ、一個人が一生賭けてようやく稼げるかどうかの費用が必要なのだ。

 そもそも軽量機にも関わらずメイン魔動力炉以外に小型とはいえ4基もサブ魔動力炉を内蔵しているのは度を超しているというレベルでは無い。

 超重量のアダマス鋼製鎧甲を備えたグランダルクでもメイン魔動力炉1基で十分に動けるのだから、それがどれだけ異様かは分かるだろう。

 実際、王立魔動研究所の研究員にその事を話をしたら、コストに見合ったスペックでは無いと驚かれた程だ。

 だが実際に乗ったシンだからこそ分かる。

 グランダルクへ最後の一撃を放つ瞬間、5基の魔動力炉はそれぞれ最大出力を最大効率で発揮していた。

 だからこそあの紫電の様な動きが出来たのだ。あのスピードは開発書に書かれてあるスペックを凌駕していたであろう。

 もしこの開発書が魔動殲機のものだとすれば、ワンオフ機として他と隔した設計思想が盛り込まれていても不思議では無い。

 比較対象が未だグランダルクしかないので、この考えが当たっているかどうかは不明だ。

 かつて量産されていた魔動機兵の開発書があるか、せめてグランダルク以外の別の魔動機兵の設計思想が分かれば、この事実を見極める事も出来るだろうが、今現在でシンの知る戦闘用魔動機兵はこの2機以外には存在しないのでどうする事も出来ない。

「決闘の時に帝国製の魔動機兵を見て推測するしかないか」

 今の所の結論はそれしか無かった。だが今は魔動殲機かどうかの真偽はあまり関係無い。

 今必要なのは魔動力を持たないシンがどうやったら魔動力を手に入れるかだ。

 そしてこの紙束にはそのヒントが書かれていた。

 もしかしたら全て読み解けばヒントだけでは無く完全な方法が書かれている可能性もあるが、そこに行き着くまでどれくらい時間が掛かるか分からないので、まずは分かる範囲内で検証を進めてみるつもりだった。

 シンはミランダが紙束と一緒に手に入れた宝石を手に取り目の前に掲げる。

 横から見ると逆三角形の上に台形が乗っているような形で上から見ると綺麗な正六角形のような形をしている。

 見た目では無色透明に見えるが、光が屈折しているのか宝石を通して向こう側が見える事は無い。

 光を反射し宝石らしくキラキラと白い輝きを放っているくらいだ。

 かつてジルグラムの加工を依頼した事のある装飾職人に見せてみた所、初めて見る宝石だと言われ、暫くの間、売ってくれと迫られた。いや、実際には今でも街に出掛ける度にシンを見つけては迫って来ている。

「俺の知る限りだと、これってダイヤモンドだよなぁ、多分……」

 実際に見た事があるのは母親が持っていた結婚指輪に付いていたものくらいで、指輪サイズの小さなものだった為に正直、よく覚えていない。

 その上、これほど大きなものはアニメや漫画ならともかく現実ではそうそう見る事は無いだろうから、確証が持てなくても仕方が無い。

 しかし、紙束にはこの世界に二つと無い珍しい宝石を魔動輝石と呼ぶと書かれてあり、それを手にしたものは無尽蔵に近い魔動力を手に入れるという。

 実際にこの宝石の中には大量の魔動力が詰まっている事は、先の装飾職人の鑑定の結果で分かっている。天然の魔動タンクと言えるのだ。

 王国祭の時にアイリより手渡されたエメラルドティアーも世界的に貴重な宝石だと言っていた。つまりはあれも魔動輝石だったのだろう。そして何かの切欠でその内に溜まっていた魔動力がシンの身に注ぎこまれたと考えられる。

 それらの事実、そして魔動輝石の事が書かれた紙束と共にもたらされたという事実から、これがダイヤモンドかどうかはともかく、高い確率で本物の魔動輝石であるとシンは思っていた。

 何か出来過ぎていて作為的なものを感じるが、手掛かりが少ない以上、今はそれにすがる他無い。

「後はどうやってこいつから魔動力を引き出して俺の身体に移すか…だな……」

 偶然とはいえ一度は出来たのだから、何かしらの方法はあるのだろう。

 試していないのは、極限状態に身を置く事。そしてクレスとの行為。

「あぁ~!どっちも無理だっつーのっ!!」

 死と隣り合わせの切羽詰まった状態で、もし力が発動しなければ、いやもし発動しても死の危険性は付きまとう。簡単に試せるようなものではない。

 そしてもう一つは、実験と言う理由だけで女性の唇を奪う事にシンは強い抵抗感を抱いていた。

 アイリ辺りに頼めば、恐らく素直に唇を差し出しそうだが、好意に付け込む様な真似はしたくなかった。

 というかシンにはそれを頼む度胸が無かった。

 紳士的と言えば聞こえはいいが、悪くというか普通に言えば、単純にヘタレなだけなのだ。

「あ、あの…そう言われるのなら無理に食べなくても……」

 背後からいきなり声を掛けられ、シンは飛び上がる程に驚く。

 振り向くとそこにはティーポットと丸型のチョコをトレイに載せたアイリが少し悲しそうな顔をして立っていた。

「え、あ、いや、今のは独り言でアイリに言ったわけじゃないから!」

 アイリとのキスを想像していた所だっただけに心臓が飛び出てしまいそうなくらい激しい動悸に襲われる。

 そんな事は露知らず、アイリはシンの言葉にほっと胸を撫で下ろし、その顔に笑みが戻る。

「そうですか。よかったぁ~」

 アイリはシンの向かい側に座り、優雅にお茶を淹れる。

 アイリ自身が率先してやりたがっているのでシンはあえて何も言わないが、王女が手ずから給仕をするというのは正直、どうなのだろう。

「あ、あの、今日はクレスさんの手を借りずに全部一人で作ってみました。お口に合うか分かりませんが、た、食べて貰えますか?」

 皿の上に載っているチョコをおずおずと差し出す。

 流石に一番最初の苦い経験がある為か自信無さそうである。

 だがここ最近はクレスと共に作っているとはいえ大きな失敗は無い。王女と言う立場上、自らが作るという事が無かったせいで最初は失敗続きであったが、才能はあるのだろう。

「ありがたく頂くよ」

 シンは一口サイズに丸められたチョコに手を伸ばす。アイリはその様子を眺めながら周囲を警戒している。

 お菓子の気配を感じると何処からともなく現れるフィルを警戒しているのだろう。

 だが今日に限ってはフィルは姿を現さない。というよりフィルはあの風呂場の事件以来、シンを避けていた。

 一つ屋根の下で寝食を共にしているにも関わらず、顔すら合わせようとしない徹底ぶりだ。

 こればかりはシンにはどうしようもない。シンに非は無いとはいえ、全部見てしまったのだから、フィルが怒るのも仕方が無い。ほとぼりが冷めるまでは静観するしかない。

 そいう結論付けてフィルの事を頭の隅に追いやりながら、シンは一口でチョコを頬張る。

「おっ、美味い!」

 ココアパウダーの甘みとカカオの苦みが口の中で程良く溶け合う。お茶請けに丁度良い甘さだった。

 シンの評価に嬉しそうな表情を見せるアイリ。

 その純真な笑顔を前に、シンは様々な邪な思いをチョコとお茶と共に飲み干すのであった。

調子に乗って現代物の連載まで始めましたが、こちらの更新ペースはなるべく変えないように善処します。

GW集中投稿期間継続中の為、次回は5/4(月)0:00に更新します。

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