7-2
お菓子とお茶で笑顔だったフィルが少しだけ真面目な顔でここに至るまでの経緯を話し始める。
「さっき王女様が説明してくれた通り、ボクは魔動研究所で暴走を起こしてしまった魔動タンクの開発に携わっていたんだ。副主任という立場でね」
それなりに責任のある立場だったというのを理解する。
「魔動タンクの仕組みについてはある程度知ってるよね?」
おおよそはグランダルクの発表の際に説明をしていたのを聞いているで知っている。
シン達が頷くのを見て、フィルは話を続ける。
「魔動力を溜め込むだけなら白光石だけで十分なんだけど、そこから動力としての魔動力を抽出するには特殊な方法が必要なんだ」
その後、フィルによって特殊な方法の説明をされるが、専門用語が多くてユウ以外はまともに理解が出来ない内容だった。
「それで、その方法を行うのには今のままでは出力が足りなかったんだけど、核の作製班がたまたま魔動凝集炉とかいう高出力だけど、出力が安定していない魔動力炉の試作品をボクの所に持って来たんだ。ボクとしてはもっと低出力でも抽出出来ると思っていたからじっくりと進めるつもりだったんだけど、主任に今年の王国祭で発表するからって1ヶ月くらい前にいきなり言われて仕方なくそれを採用したんだ」
確かに魔動タンクを紹介していた時に試作品だと説明されていた。
元々未完成の魔動タンクに、試作品の魔動力炉を積んだ為、結果的に暴走したのだとフィルは言う。
その事にシン達は少なからず罪悪感を感じる。
王立魔動研究所がグランダルクの発表を決めたのは、キングス工房がシルフィロードを王国祭で発表すると決めたからだ。
急遽決まった発表の一端を自分達が担っていたわけで、もし来年に延期していたらもっと検証期間も長かっただろうから、こんな事故は起こらなかった可能性がある。
「魔動力炉が無ければ白光石に蓄えた魔動力を抽出する事が出来ないから、暴走の原因があるとすれば、あの魔動凝集炉とかいうのしか考えられないんだけど、核作製班はそんなものを作った覚えが無いって言うんだよ」
フィルが保身の為に嘘をついていないのするならば、確かにその魔動凝集炉というのが一番怪しい。
だが魔動凝集炉については、王国祭に間に合わせるためには急いで組み込む必要があり、主任も不在だった事もありフィルの独断で組み込んだのだ。
その為、フィル本人以外には知らされていなかったというし、物的証拠もシンが物理的に破壊してしまった為に存在しない。
こうなってくるとフィルには不利な状況しか残らない。
「遺憾な事ですが、つまりフィルさんは今回の件の責任を全て負わせられたという訳です」
アイリはフィルが悔しさで唇を噛んでいるのを見て、一番言い辛い言葉を代弁する。
「うん。つまり責任を負わせられて研究所も辞めさせられたから“元”副主任なんだよ」
ついさっきまでの表情とは一転、フィルはあっけらかんと言う。
「あんな大事になっちゃったからホントは死罪も覚悟したんだけど、王女様が口添えしてくれたおかげで辞めるだけですんだってわけ」
フィルは笑う。だがその目の奥に最初から感じていた悲しみがシンには見てとれた。
きっと無理にでも明るく振る舞っていないと不安や悲しみで押し潰されてしまいそうなのだろう。
ユウはあまり興味を示していなかったが、王立魔動研究所という場所は各地から最高の知識と技術が集まる王国随一の研究機関であり、恐らく世界の中でも五指に入る程の研究機関である。
そこを追放されたというレッテルが張られれば、再び王立魔動研究所に戻るには、誰もが認める偉業でも達成しなければ難しいだろう。
更に個人の魔動工房では、心証が悪くなると言って雇ってくれはしないだろうし、自身で工房を開くのにも何かと支障が出るのは間違いない。
だからアイリはフィルをここに連れて来たのだ。
王立魔動研究所からの誘いを断り、権威や栄光に拘らず、自身の夢を貫いたユウのいるこのキングス工房に。
アイリとは親しい仲であり、後ろ盾になっているからと言う理由もあるだろう。
いくら鈍感なシンでもアイリの真意に気付き、自然と視線をユウに向ける。反対側ではクレスもユウに視線を送っている。
「全く……シンは相変わらず力仕事以外には役に立ちそうに無いし、クレスは家事しか出来ない。僕一人だけでは、またシルフィロードを完成させるのに2年近くも掛かってしまうな。だから一人くらいはちゃんと魔動技師として手伝える従業員が欲しいと、いつも思っていたんだよ。ああ、そうだ。今ここに丁度良い事に研究所を追い出されて行く宛てが無い魔動技師が存在するなぁ」
2人の、いやアイリやミランダの視線も含めて4人分の視線を一身に受けていたユウは、やけくそ気味に一気に捲し立てる。
「最初に言っておくが、忙しい割に給料は安いからな」
それはユウにとっての肯定の言葉。
そういえばアイリと初めて会った時も似たような状況があったなと思いつつ、シンは笑いを堪える。
「うふふ、相変わらずユウはこういう時になると素直に頷こうとしないですね」
クレスも微笑む。
「え、あ、あの、それってボクを雇ってくれるって事?ボクのせいじゃないって、悪くないって信じてくれるの?」
きっと王立魔動研究所ではまともに話を聞いてはくれなかったのだろう。フィルは半信半疑な様子で尋ねる。
「ただし条件が一つある。研究所で得た知識や技術は守秘義務のあるもの以外は惜しみなくなんでも教えて欲しい。僕らが気付いていないものやそれを応用した新しい発見に繋がるかもしれないからな」
「それと、出来れば魔動タンクの研究は続けてもらえるとありがたいかな。まぁ、流石にこれまでと同じような設備は用意出来ないけれどさ」
ユウの言葉にシンが付け加える。
フィルが魔動タンクの開発に携わっていたと聞いた為、魔動タンクに対する望みを捨て切れていないようだ。
「あはははっ、お人好しな人達だな。ボクが言い逃れの為に嘘を吐いているのかもしれないじゃないか。本当は追放なんてされてなくて、あなた達の技術を盗む為のスパイかもしれないじゃないか……なのに…なんで……なんで………」
言葉とは裏腹に、フィルの瞳からは涙が溢れていた。拭っても拭っても湧き出すように大粒の涙が零れ落ちる。
それは彼らに心の温かさに触れた故の嬉し涙。
2年前に魔動技師としての将来性を見込まれて辺境の村から、王立魔動研究所へ来た時でもこれ程感動しなかった。
証拠も確証もないまま切り捨てられた事はとても悔しくて、王立魔動研究所を恨みもした。
けれどそのおかげで、彼らと出会えた。
まだ会って間も無い人間を信用し、迎え入れてくれる。
フィルはユウ達なら信じられると、ユウ達とならどこまでも行ける。そう直感した。
「信じる理由はこの涙だけで十分ですよ」
フィルの涙をハンカチで拭いながら、クレスは優しい笑みで迎える。
「うん…うん……ありがと…ありがとう……」
こんな幸せな事は無い。
フィルは体面も何も気にせず堰を切ったかのように泣きじゃくる。
暴走の原因となった魔動凝集炉が、何の目的で誰からもたらされたのか、その疑問は残る。
だが今はキングス工房に新たな一員を迎えた事をシン達は素直に喜ぶのだった。
*
シン達がフォーガンの町に戻ってから1週間が過ぎていた。
フィルが加わった事で作業効率は格段に上昇した。
王国祭への参加で不在だった間に溜まっていた魔動具の修理依頼は、ユウ一人であれば1ヶ月は掛るであろう所をフィルと共同、あるいは並行作業でその全てを終わらせていた。
王立魔動研究所に居ただけの事はあり、その技術と知識は目を瞠るものがあった。その上、知らない事も一度教えるだけですぐに吸収し、更に応用方法まで考え付くのだ。正直に言って、これ程の逸材を手放した事は王立魔動研究所には痛手であろうと思ってしまう。
そして今、余裕の出来たユウとフィルは今、魔動タンクについて話し合っている。
思っていた以上に依頼が早く片付いた為に、シルフィロードを修理する資材もまだ届いておらず、手持無沙汰だからだった。
「やっぱり魔動タンクは魔動機兵には不向きな代物だな」
「ユウ兄もそう思う?クレス姉とシンは期待しているけど、制御回路が複雑になる程、効率が悪くなっちゃうんだよね」
フィルは工房で一番年下という事もあり、ユウには兄、クレスには姉をつけて呼んでいる。シンを兄と呼ばないのは、一番年が近いというのもあるが、どうやら最初にガキ呼ばわりされたのを根に持っているようだった。
「操作系に、行動に対応するボタンを付ける事も出来るが、全ての行動パターンに対応させるには数が多すぎる。正直、それならば普通に操縦者の魔動力を使った方が楽だ」
ちなみにフィルにもシンが魔動力が無い事は知らせてあるし、魔動王国語を読み解く事が出来る事も伝えてある。それらの理由については当然、記憶喪失で誤魔化している。まぁ、信じられる内容では無いという事が一番にあるのだが。
なので2人ともシンが操縦出来るように模索をしているのだ。
ユウは当然の事ながら、フィルもグランダルクとの戦いを見ていた。
その為、シンの魔動機兵を操るポテンシャルをフィルも高く評価していた。
フィルの話ではグランダルクの操縦者には熟練の兵士を登用しており、その操縦技術はかなり高いものであったらしい。
それに比べてもシンの操縦技術は遜色無いというのがフィルの意見である。
シンの感覚では魔動機兵の操縦技術は、どれだけ明確に動きを想像出来るかだと思っている。
熟練の兵士は自身で鍛えた技が体に染みついているので、考えなくてもその動きが再現出来る。だが体に染みついているが故に、それが最適な行動となり自分が実現可能とする動きまでしか想像する事が出来ない。本来であればそれで十分以上の操縦技術を発揮出来る。
しかしシンの場合は、基本的に自身には出来ない動きしか考えていない。テレビの中でこの世界には存在しえない非現実的な動きを、直接、そして大量に見ている為、人間には不可能な行動を明確にイメージ出来る。そして実際、シルフィロードはそのイメージ通りの動きを再現してくれるだけの能力を有している。
魔動機兵の操縦には、生身で戦う程の動きは必要としない。例えひ弱でも想像力が豊富な方が様々な動きを再現出来るのだ。
これは操縦した者にしか分からない感覚だろう。
シンも『制御回路が意志を汲み取って最適な行動をする』と言葉で説明だけされても、どういう風に動くのかは分からなかったのだ。
「う~ん、そうすると魔動力無しで意志を伝える手段を考えるか、シンに諦めてもらうしかないってことか……ああ、でもでもシンの操縦技術の高さを知ってる身としては勿体無いんだよなぁ」
フィルは自分の髪を手でぐしゃぐしゃ掻き回して悩む。
「なぁ、シン。あの時みたいに魔動力を出せないのか?」
少し離れた場所で、自作したアダマス鋼の刀で素振りをしていたシンにフィルが問い掛ける。
「そんな簡単に出せるんなら、魔動タンクの事なんて頼むかっ!!」
「まぁ、そうだよな。それじゃ、その時の事を再現してみるとか?」
フィルは無邪気な顔で事も無げに言う。
いや、実際何があったのかは当人であるシンとクレスの2人しか知らないのだから、別に悪気があったりからかって言ってるわけではないのだろう。
それにわざわざからかいのネタを提供する事も無い。
「いや、ほら、あの時は切羽詰まった状況だったし、命の危険が迫った状況でもあったから、簡単には再現できないかと……」
あのような特殊な状況は再現は不可能だろうし、もし状況を再現出来たとしても、気恥ずかしくてクレスに対して同じ事が出来るとは到底に思えない。
「まぁ、そうだよねぇ~。でも何か覚えてる事無いの??」
状況を再現する事については諦めたようだが、魔動力を湧き出させる原理については諦めないようだ。
謎を究明しようという心掛けは魔動技師らしいし、原理が分かればシンにも利になる。
シンはクレスとの事以外については積極的に説明をする。
「あ、そういえばアイリから借りたネックレスがあの時反応したんだよな。ジルグラムみたいに俺の魔動力に反応したんだとばかり思ってたけど、良く考えればアイリが着けてた時は光り出さなかったもんなぁ」
「シンって、本当に王女様の事を呼び捨てにするんだな」
フィルは全く別の事で感心する。
「え、いや、あいつもそれで良いって言うし。あ、でもちゃんと公共の場では王女って言ってるぞ?!それにアイリは……」
「はい、私がどうかなさいましたか?」
シンはいきなりすぐ背後から声を掛けられて、飛び上がるほど驚く。
「な、なんでアイリがここに…?」
振り返るとそこにはふわふわブロンドの人形のように可愛らしいアイリがいる。その背後には給仕服姿のミランダの姿もあるので、他人の空似という事は無い。いや、そもそも返事をしたので本人であることは間違いない。
ただ彼女がこの場にいる事は不自然だった。
ここは王都ではなくヴァルカノの街であり、王都からは魔動騎馬でも3日近く要する。お忍びで遊びに来れるような手軽な距離ではない。
それに彼女はこれでもこの国の王女である。そうそう好き勝手出来るような立場ではない。
「えっとそれにつきましてはこれからお話させて頂きますので、クレスさんも呼んで頂いて宜しいでしょうか?」
どうやらキングス工房全員に知らせるような重大な事のようだ。ユウは洗濯物を干しているクレスを呼びにいく。程無く全員が集まった所でアイリは厳かに手にした一通の手紙をユウに差し出す。
その手紙には王家の家紋の入った封蝋がしてあり、王家からの正式な書状という事を表していた。
「父王から皆さんに宛てたものです」
アイリのその言葉に全員の体に緊張が走る。
以前にシルフィロードを完成させるためにアイリを介してフォーガン王からの頼みを聞いたことはあるが、あれは非公式だった為、アイリとの口約束のみであった。だが今回は書状として目の前に存在している。恐らくその中身は頼みという名の命令であろう。だから全員が緊張して、その内容を聞き漏らすまいと物音すら立てない。
誰かのゴクリと喉を鳴らす音の後、ユウは封筒を丁寧に切り、中の書状を取り出し、その中身を読み上げる。
「フォーガンの国の王として、本日この時より、アイリッシュ・ミレイユ・ラ・フォーガン第3王女をキングス工房の監督者として命じ、ヴァルカノへの駐留を命ずる……??」
読んでた本人もそこまで読んでようやく内容がおかしい事に気付く。
この書状はキングス工房に対してではなく、アイリに向けてのものであった。
魔動機兵を造れる工房を王族が抱えているという事を喧伝する為のものである事は容易に分かった。
アイリはその為に利用されて、こんな田舎へと来る羽目になった……と思いたい所だが、事実は逆で、アイリ自らが志願したのではないかとシンは思う。彼女の性格からそう思わざるを得ない。
「というわけですので、皆さん、今後ともよろしくお願い致しますね♪」
アイリの満面の笑みを見て、シンは自分の考えが間違いで無かった事を確信するのであった。
実はルートによってシンが王都に留まるかヴァルカノに戻るかという選択だったのですが、ハーレムルートって事で強引ですが、こんな形になりました。
次回、4/12(日)0:00更新予定




