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遥か昔、『魔動王国』と呼ばれる国があった。
その国は、それまでに無い画期的な技術で『魔動具』と呼ばれる様々な道具を生み出した。
魔道具は人の内に誰もが持っている力『魔動力』で動かす事が出来、その利便性、実用性から瞬く間に普及した。
その時代では最高水準、いや最高を遥かに越えた技術力は当然のように戦いの道具にも用いられ、様々な武具が造られた。
その中で最も優れた武具は『魔動機兵』と呼ばれるものだ。
もともと鎧の延長として造られたそれは、大人の約4倍程の大きさで、身体能力や魔動力を数倍にも増幅し、並みの歩兵数十人に匹敵するほどの力を有していた。
国力の高さは魔動機兵の所持数に比例するとまで言われるような時代であった。
だが500年程前に、魔動具により栄華を誇った魔動王国は突如として滅んだ。
何故滅びたのか理由は定かではないが、王都のあった場所は跡形も無く、500年の時を経た今でも不毛の荒野であり、近付くものを拒むように、その地に足を踏み入れたものは謎の奇病や身体の奇形化などを引き起こす。
魔動王国の滅亡と共に魔動具や魔動機兵の技術もその殆どが失われてしまった。
現在使われている魔動具はその殆どが、その命を顧みず王国跡地に踏み入って発掘した物を、僅かに残された文献を元に『魔動技師』によって修理された代物だった。
魔動技師は技術力と魔動王国語の知識が無ければいけない。過去の遺物を現代に蘇らせようとするのだから当然の事と言えるだろう。
だが敷居が高いわけではない。
魔動機兵のような複雑かつ高度なものは別として、仕組みが簡単なものであれば、それなりの技術と少しの知識があれば修理が可能であった。
特に『ライト』と呼ばれる、魔動力を込めることで一定量の光を放つ白色の石は、数多く発掘されており、一般にも広く普及している。
城や貴族の館をはじめ大きな宿や飲食店には『チャッカ』と呼ばれる簡単に火を起こせる魔動具や汚れた水を真水に変える『ジョースイ』といった魔動具もある。
国や貴族に仕えない魔動技師は、こういった一般に広まっている魔動具の修理を行い、生計を立てている。
ユウ・キングスロウもそんな魔動技師の1人であった。
町外れにある小さな魔動具工房だが、ヴァルカノの町で唯一の工房という事で重宝されていた。
その工房兼住居の前で1人の男は呆然と立ち、周囲の光景を見るともなしに眺めていた。
(いわゆるここって異世界って奴だよな……)
その男、シンは中世ヨーロッパのようなレンガ造りの町並みを見ながら、そう考えていた。
自身の左腕に目をやると腕時計は朝の7時を示していた。
太陽の高さから、おおよそ日本と同じような時間の流れだと分かる。
彼がこの世界に来てから既に3日が経っていた。
(本当なら今頃、部屋に篭ってプラモ作りに専念してたはずなのに……)
買ったばかりのプラモも、ニッパー等の必要な道具も揃っているから作れない事も無い。
現に最初は他人の家にも関わらず、現実逃避で部屋に篭り黙々と作っていたが、頭が現実に追いついてきた現状では、今後をどうするか考える方が先で、プラモ作りを続ける気にはなれなかった。
(普通、異世界召喚とかだったら、俺が世界の救世主として選ばれたとか、チートな能力を手に入れるとか、何かあるだろう)
この3日間、ユウの家で世話になりながら様々な話を聞いて、自分がアニメや小説によくある異世界に飛ばされてきたという事実を再確認した。
最初は現実逃避するほど混乱はしたものの、異世界に来たという事実は自分で思っていたよりも案外すんなり受け入れられた。
そういう妄想をしていた時期もあるし、アニメや小説でよく見ていたというのもあるだろう。
だが現実は残酷で、物語のような英雄的な行動が出来る世界でもなく、そのような力も備わることもなかった。
それどころか逆に、この世界で日常的に使われる魔動具を動かす事がシンには出来なかったのだ。
この世界の住人は全て魔動力という力も持っている。
魔動力が高ければ魔動具を使用しなくても炎を生み出したりと驚異的な力を揮う事が出来るが、どんなに小さな魔動力でも、その身体に宿っていれさえすれば魔動具を動かす事は出来る。
それを動かす事さえ出来なかったということは、シンには魔動力そのものが皆無ということを示していた。
おそらくこの世界で生まれていない、異邦人だからだろう。
(逆の意味でレア過ぎて無能ってのは、流石にねぇだろう……)
シンは同年代の男子に比べて、身長は少し高いが痩せていて、運動も出来る方ではない。
成績も中の下で得意科目があるわけでもない。
初見の人や目上の人に対し敬語を使う程度の礼儀はあるが、それも所詮は高校生レベル。先生や先輩に対する程度のもので礼儀というにはおこがましいレベルである。
唯一、誇れるものといえば、プラモ作りで培ったテクニックと手先の器用さくらいなものだ。
そしてそれも雑誌に載るようなプロモデラーに比べれば、大人と子供くらいの差がある。
まだ16年しか生きていない為、何をするにしても知識も経験も足りない。その上、日常的に使える便利な道具まで使えないとなれば、呆然とするしかなかった。
(どうせならもっと俺の妄想に近い異世界に飛ばしてほしかったなぁ)
ビームやミサイルが飛び交い格好良い巨大ロボット同士が戦うアニメのような世界なら、その世界にいるだけで十分、異世界感が味わえたであろう。
しかしこの世界は、魔動機兵と呼ばれるロボットのようなものがあるにはあるが、農耕機や重機に手足が生えたような無骨なデザインのものしか無い。
人が乗り込む操縦席も、本来、頭があるべき所に座席があり、機械の身体の上に人が乗ったような外観だった。
風雨を避けるためにガラスで操縦席を覆っているものもあるが、見た目にはそれほど差異は無い。
その上、この世界には異世界に定番のモンスターというものがいない。
野生の動物はいるが、それも人を襲う可能性があるのは狼とか熊くらいで人里には滅多に寄り付かない。
大規模な戦争もここ数百年、起きていないという平和な世界だとユウから聞いていた。
魔動機兵の専らの役割は農作業や材木などの重量物の運搬作業が主流だった。
つまり魔動機兵は兵という言葉がついていながら、兵としての役割を担っていないのだ。
(異世界に来るなんて滅多に無い経験してんのに、このガッカリ感は半端無いよな)
憂鬱な気分になり、深い溜息が零れる。
「おはようございます、シンさん」
そんな憂鬱を吹き飛ばすような元気なアニメ声が聞こえ、シンは意識を現実に戻す。
長いパンがはみ出たバケットを片手に、アニメ声の主であるクレスがこちらに向かって走り寄ってくる。
「クレスさん、おはようございます」
「だから敬語はやめて下さいって昨日から言ってるじゃないですか」
「いや、でも一応俺よりは年上だし」
クレスの年齢はシンより2つ年上だった。
社会に出れば年齢差はそれほど意味を成さなくなる。
同じ年齢でも上司と部下の関係であれば敬語を使うこともあるだろうし、逆に年齢が違っていても同期ならタメ口で問題が無いという場合もあるだろう。
だが、シンは学校という年齢別社会しか知らない。
1歳違うだけで自分よりも凄く大人な印象を受ける。それが2つも上なら尚更だった。
特にシンの4つ上の姉は、昔から何でも出来る冷静で大人びた姉であった為、小さな頃から母親が2人いるような気分で育った。それが自分より年上は大人というイメージを与えたのだろう。
「私もユウもあんまりそういう事は気にしないんですけど」
確かにクレスの容姿と声だけなら同年代、いや年下と言われても納得出来るだろう。
しかし柔らかな物腰と言葉遣いが、姉を、母を連想させる。
「そういうクレスさんだって敬語使ってるじゃないですか」
「私は誰に対しても敬語ですから、これが普通なんです。でもシンさんはなんか無理してるって感じがするんですよ」
クレスの指摘通り、シンは普段は敬語なんて使わないので慣れていないのは事実だった。
基本、自室に引き篭もってプラモ作りをしているので、敬語を使う必要も無い。
行き付けの模型屋の店長も年上であるが小さい頃からの知り合いのため、敬語らしい敬語など使ったことが無い。
帰宅部のため、先輩との交友関係も無い。唯一、教師と喋る時くらいなものだろうか。
そんな経緯から、無理しているように見えるのは当然だった。
この世界に来てからは、会って間も無い年上が2人もいるのだ。
無理をしようと慣れてなかろう、敬語になってしまうのは仕方が無いのだ。
「でもまだ会って数日ですからね。シンさんが心を開いてくれる日を待ってますね」
(これが大人な対応ってやつか……)
クレスの向ける無邪気な笑顔に笑顔で返しながらも、シンは彼女に比べて自分がどれほど子供か、改めて感じていた。
「ところで、記憶の方は大丈夫ですか?」
「え、あ、はい。まぁ、生活する分には問題無いです。この世界の記憶は全然だけど」
ここが異世界と実感するまで、シンにとっては普通でもユウやクレスにとっては意味不明の言葉を色々と喋っていた。
異世界である事を認識してからは、違う世界からやってきたという、本当の事を言っても信じて貰えるとは到底思えなかった為、記憶を失って混乱していたと説明してある。
人の良い2人はそれをあっさりと信じ、記憶が戻るまでここで暮らせば良いとさえ言ってくれた。
少し罪悪感を覚えつつもシンはその言葉に甘えた。
1人暮らしすらした事がないのに、見知らぬ世界で当ても無く彷徨う事は恐怖以外の何物でも無かったからだ。
(最初に会ったのがこの2人で良かったんだろうなぁ)
シンはしみじみと思う。
「あ、焼きたてのパンを持ってきました。すぐに朝食を作りますので少し待っててくださいね」
クレスは笑顔を振り撒きながら工房へと向かっていく。
彼女とユウは幼馴染ということだ。
彼女の家は町の中心近くにある小さなパン屋で、毎日のように工房に通っている従業員の1人だ。
ユウが工房を起ち上げる際に、彼1人では不安だという理由で従業員となったという。
従業員といっても彼女には技術も知識も無い。主な仕事は炊事や洗濯、掃除といった家事全般だ。
彼女のおかげで快適な生活空間を維持出来ていた。
ユウはのめり込むタイプなのか魔動具の修理の依頼が来ると工房に篭り、寝食も忘れて作業を続けてしまう。
シン自身もそうだが、自分の好きな事をやっているとついつい時間を忘れてしまうのだ。
だがクレスが3食用意して無理矢理にでも作業を中断させる為、空腹で倒れたりする事はないということだ。
「おっと、居候の身としては手伝いくらいしないとな」
魔動具の使えない無能であっても食器の準備や盛り付けくらいなら手伝える。
シンはクレスの後を追うように工房へと歩き出した。
あけましておめでとうございます投稿