7-1
「なんであんなのがあるんだよっ!!」
暗闇が支配する円卓に少年の苛立つ声だけが響く。
「たかが個人が造ったモノが研究所製と同等の力を持つなんてあり得ないじゃないかっ!!」
「それはお前があの工房を侮って事前の情報集中を怠っていたからだろう。この場でもあの工房については何度も注意を払えと伝えられていたはずだ」
冷静沈着な男は感情も無く淡々と事実だけを述べる。
「けど研究所のは最高の技術を詰め込んだんだぞっ!!」
「いくら機体が良くても使いこなせなければ意味は無い。単純な動きしか出来ない暴走状態では宝の持ち腐れという奴だ」
徐々に語気が荒くなる少年に対し、冷静な男は変わらぬ口調で対応する。
「この…!!!お前が…」
「もう止めるのじゃ!!」
少年が叫び出す直前に、老婆が一喝する。
「揉めるのならば後にせい。お主の処遇も後で言い渡す。今は奴らの処遇をどうするかじゃ」
少年は歯噛みしながらも老婆の言葉に従う。古参とはいえ、いや古参だからこそ、この老婆に逆らえばどうなるかを良く知っていた。
「そ、そ、その事でご報告が、あ、あります」
オドオドと気弱な男が珍しく自分から口を開く。
「あ、あの力は、ま、幻の殲機の力の一端かとお、思われます」
「幻…つまりあれは9番目じゃと言いたいのか?」
老婆の貫くような視線に震えながら気弱な男は言葉を続ける。
「え、あ、いえ。私もその幻の機体の開発設計書が50年程前に失われた事は、ぞ、存じ上げております。で、ですが溢れた魔動力の揺らめきやあの動きは、伝承にある“幻影の灯火”に近しいものであると思われるのは、た、確かです」
「だが殲機の力の発動には資格者が必要だったと思うが?」
冷静さを失わない男の言葉に一同が頷く。
魔動殲機。
その名前を知る者は今ではほとんどいない。恐らくはここにいる数人しか知らないであろう。
いや、魔動王国時代でもその存在は極秘で一部の者にしか知られていなかった。
その理由は名前の通り。
“魔”を“動”かす力を“殲”滅する“機”械。
行き過ぎた魔動技術を消し去る為、魔動技術の粋を集めて造られた矛盾する兵器。
おいそれと知られてはならない強力な力を持っているのだ。
8機の存在が確認されているが、魔動殲機は見た目も戦闘能力も他の魔動機兵と特別変わっている訳では無い。その為に9機目以降もどこかに紛れて存在している可能性があるが、今の所は確認されていない。
魔動殲機の基本能力は、魔動機兵と大差が無い。だが一度その力を解放した時、それぞれに絶対的な特殊な能力を持っていると言われている。
ある機体は触れるだけで全てを粉砕し、ある機体はどんな攻撃も通用しない。またある機体は魔動力の流れそのものを断ち切る。そしてある機体は時間すら操作する事が可能だったという伝承まで残っている。
それらの特殊な能力に対して例え魔動機兵であっても束になっても敵わないともある。
故に魔動殲機は厳重に管理され、決して表舞台に立つことは無かった。
しかしそれは500年以上も昔の話。
現在では彼らが管理出来ているものは半数にも満たない。しかもそのうち2機は既に失われて久しい。そして1機はアルザイル帝国が保持し、それ以外は未だ発見されていない。
「機体の真偽はともかくとして、あれを操っていたのは資格者であると言いたいわけじゃな?」
「は、はい。ま、まだ確証はありませんが……」
「ふむ。もしそうであれば此度の事は失敗に終わり、良かったとも言えるのう」
老婆は考えを巡らせる。
それを邪魔する物音はしない。静寂が部屋に充満する。
「…うむ。見極める必要があるようじゃな。もし資格者ならば我らの手駒としても使えよう」
「うふふ、そうね。もし資格者とナンバー9が実在しているなら、アルザイルのナンバー4への対抗策にもなりそうだしね。死神を使わずに済むならそれに越した事は無いしね」
女は妖艶な笑みを浮かべる。
「では見極めの役目は私が務めよう」
冷静な男が名乗り出る。
「ふむ。この中ではお主が一番適任のようじゃの」
男はその言葉の通り、冷静さと分析力により、こういう作業には向いているのだ。
「承知した。それと一つ提案がある。資格者の見極めと共に、これはアルザイルとの交渉にも使えるだろう」
そして冷静な男はその提案を口にする。その内容に周囲がざわめく。
「後はアルザイルが乗るかどうかだ。そこの交渉は任せよう」
「それは任せて。あの皇帝が余程の愚者じゃない限り、その話に乗るように進めるわ」
妖艶な女は冷静な男の話に乗る事に決めたようだ。
「では任せるぞ。そなたらの方法で進めるが良い」
老婆の言葉に2人が頭を下げた気配を感じる。
それと同時に老婆がいつものように締め括る。
「我らが望むは世界の安寧と秩序。それを努々忘れるでないぞ」
老婆の気配が最初に消え、それを追うように次々と気配が消えていく。
「ちょっと待ちなよ」
冷静な男の気配が消えようとした瞬間、少年が逃がさないとばかりに呼び止める。
「なんだ。先程の続きでもしようというのか」
「そんなのはもうどうでもいいよ。僕は聞きたいだけさ。何故あいつらに守るのかをね」
新しいおもちゃを手に入れた時のような嬉しそうな雰囲気で少年は男に質問する。
「どういう意味だ」
感情を顕にしない男の気配に僅かながら動揺が見えるのを少年は敏感に捉えていた。
「わざわざ自分の管轄区外まで出張って見極めの役目を買って出たのは、そうすれば他の奴ら、特に僕が手出しする事が出来なくなるから」
男は黙って少年の言葉を聞き続ける。
「つまりあんたはあいつらに手を出したくないんだろ。あんな提案をしたのも、その準備の間はあいつらに危険が及ぶ事が無いと思ったから。そうでしょ?」
「ふっ、なかなか想像力がたくましいな……が、全てはお前の想像でしかない。資格者の見極めとアルザイルの問題を同時に解決出来そうなものを思い付いただけだ」
男は先程の僅かな動揺が嘘のように淡々と喋る。
「ふ~ん、まぁ、そういう事にしておいてあげるよ」
少年は男をからかう事に飽きたのか、満足したのか、話を切り上げる。
「あぁ、そうだ。最後に1つだけ……」
少年の気配が消え去る瞬間、男に向けて一言だけ呟く。
「父親と名乗れないってどんな気分なの?」
笑い声と共に少年の気配は完全に消える。
誰もいなくなったその場所で男は暫くの間、少年の最後の言葉を思い返す。
「父親か……そもそも私に父親を名乗る資格など無い。だからそのような感情など感じはしないのだ」
既にいない少年に向けて男はそう呟いた。まるで自分に言い聞かせるように。
*
王国祭が終わりを告げてから3日。
未だシン達は王都に居た。
王立魔動研究所からの要請で技術交流を図っていたからだ。
初日はシンも参加してみたが、シンの知る基本的な知識や技術が浅学だと改めて思い知らされる。
開発書を読んでいたおかげで、その言葉がどのようなものなのかは想像出来るが、その原理や構造となるとさっぱり理解出来なかった。
その為、2日目以降、シンは王都をぶらついたり、今のように倉庫で粘土を捏ねていたりする。
いや、それは粘土などでは無かった。
現存する金属の中で最も柔らかく最も軽い金属であり、同時に最も重く、最も硬い金属であるアダマス鋼だった。
魔動力に触れれば瞬く間も無く硬化を始めるその金属だが、魔動力を持たないシンにとっては粘土を捏ねているのと大差無かった。
シンは手を擦り合わせてアダマス鋼を細長く棒状にしていく。それなりの長さになった所で、床に置き、上に板を乗せて押し潰す。
平らになったアダマス鋼に自作の型を当て、それに合わせてナイフで切り取る。
薄く細長い長方形になった所で、倉庫にある部屋の一つにいるクレスを呼び出す。
「クレス、また頼む」
その部屋は簡単な作りのキッチンだった。
シンがそう頼むと、昼食の用意の為にエプロンを身に付けたクレスが振り返る。
「またですか?」
クレスがそう言うのも無理は無い。朝から既に何十回と頼んでいるのだから。
アダマス鋼を硬化させる事がシンには出来ないのだから仕方が無い。
アダマス鋼の加工は、成形に関してはシンにとっては全く問題無かったが、一度硬化させると元に戻す事が出来ないのがネックになっていた。
しかし王立魔動研究所からの技術提供により、硬化したアダマス鋼を軟化させる技術を得たおかげで、失敗してもやり直しが出来るのはとても大きい。
「それで朝からいったい何を作っているんですか?」
何度も呼び出されているのだからそろそろ教えて欲しいと思い、クレスは硬化させながら尋ねる。
「ああ。刀…っていうか剣を作ってるんだよ」
この世界はシンの世界で言う所の西洋文化に似た所があり、刀というものが存在しない。なので、分かりやすいように剣と言い直す。
シンは硬化した刀もどきを手に取り、その重さを自らの体で計る。
「剣にしては薄くて細いですね。レイピアみたいなものですか?」
この世界の剣は肉厚で、重さで叩き切るものが主流だ。レイピアのような刺突剣もあるが、剣や防具によって折れる可能性が高く、相手の急所や防具の隙間などを的確に刺す高い技術が必要な事から敬遠されがちである。
「これは斬る事に特化してるというのが一番良い言い回しかな」
叩きつけるのではなく刃を滑らせる事で斬るのが刀、日本刀の特徴だ。
振る速度、つまり滑らせる速度が速ければ速い程、切れ味は増す。シルフィロードにはうってつけの武器だとシンは考えていた。
今、作っているのは人間サイズだが、これでうまく出来上がれば、魔動機兵用の巨大な刀の作製に取り組むつもりだった。
本来は鉄を熱し、叩いて鍛えながら伸ばすのが普通の作製法だが、シンにそんな技術は無いし、この世界の鍛冶師がその製法を知っているかも分からない。
だから粘土細工のように作るしかなかったのだ。
最高硬度のアダマス鋼ならば強度は問題無いと踏んでの邪道とも言える作製法だった。
「よし。重さはこれくらいで問題無いな」
シンはアダマス鋼で作ったヤスリでその薄い刃を更に研ぎ澄ませるように丁寧に砥いでいく。
本来なら砥石を使うべきなのだろうが、プラモ作りが趣味だったシンにとってはヤスリの方が微調整しやすかった。
ヤスリ砥ぎに集中し始めたのを見て、クレスは昼食作りが途中だった事を思い出し、キッチンへと戻る。
昼食を挟み、どれくらいの時間が過ぎただろうか。
「そろそろ休憩にしましょう」
クレスがお茶とお菓子を持って来て休憩を勧める。
シンが作業を止め、クレスに向けて顔を上げた所へ、見知らぬ声が背後から聞こえてくる。
「お菓子!?。いいね~♪」
シンが声に振り向くと、そこにはツナギを着た一人の少年とも少女ともつかない中世的な顔立ちの人物が目を輝かせて立っていた。
「誰だ」とシンが言葉を発する前にその背後から見知った3人が姿を現す。ユウを先頭にアイリとミランダがそこには居た。
どうやらユウ達が連れてきた客のようだ。
「へ~、これが噂の救国の魔動機兵の成れの果てって奴かぁ」
その人物は倉庫の奥に置かれているシルフィロードの胸部に興味深そうに視線を向けながら、ちゃっかりとテーブルの前に座る。
「クレス。僕達の分もお茶を頼む」
クレスが追加で4人分のお茶を持ってきた所でアイリは連れてきた人物を紹介する。
「こちらは王立魔動研究所で今回の暴走の原因となった魔動タンクを開発されていた副主任のフィラデル・トゥルーリさんです」
「“元”副主任だよ。白光石が魔動力を溜め込むってのを発見したのがボクだったって理由だけで就いた役職なだけだし。それにもう……。あ、ボクの事は気軽にフィルって呼んでくれ」
フィルは、まだ成長期を迎えていないのか背はアイリより少し大きい程度であり、まだ声変わりをしていない為か女性のような高い声をしている。
少女のような整った顔立ちだが、全身ツナギと短髪、ボクという一人称が、少年らしさを醸し出している。
見た目の印象からシンは12、3歳だと判断する。
「研究所の人間なのは分かったけどなんでそのガキがここに?」
「ガキとは失礼な。これでもボクは16なんだから!」
フィルの隣にいるアイリが14歳なので、彼女より年上という事になるが、どう見ても彼女より年下か良くても同い年にしか見えない。
自分で“これでも”と言っているから、その幼い姿形にコンプレックスは感じているのだろう。
「え、あ~、それは済まなかった。で、なんでここに?」
コンプレックスについてはシン自身も苦い思いを持っているので、あまり突っ込んではいけない話題だと気付き、この話題から遠ざかる為にフィルがここへ来た理由を尋ねる。
「え~っと、その色々とありまして……」
珍しくアイリが口籠る。
「いや、だから俺はその色々を知りたいわけで…」
シンはさっきフィルが自分で口にした“元”副主任という言葉が気になっていた。
それにフィル自身にも気になる事がある。
目の前でクレスの作ったお菓子を美味しそうに頬張って笑っているが、その瞳にはどこか悲しみのようなものが浮かんでいる気がしたからだ。
「それはボクの口から言うよ」
頬張っていたお菓子をお茶で無理矢理飲み込んでから、フィルはここに至る経緯を話し始めた。
一応、今回から新章突入なんですが、前話で消化し切れなかったものを詰め込んだらエピローグの続きみたいになってます。
あ、新キャラも登場です。
次回からはまた暫く週一ペースになります。
4/5(日)0:00に更新予定です。




