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異世界の機兵技師(プラモデラー)  作者: 龍神雷
第6話 激闘の果て
16/62

6-1

 アイリは迫り来るグランダルクに鋭い視線を向ける。

 避難は進んではいるが、人が多い事もあり、まだ全員の避難は終わっていない。

 唯一、対抗可能と思われていたシルフィロードもしばらくの足止めは出来たものの、今はグランダルクの足元に倒れ、動き出す気配が無い。乗っているのは戦いとは無縁の女性であり、友人でもあるクレスだと知っている。怪我をしたのか意識を失ったのかは分からないが、アイリには彼女の事を心配することしか出来ない。

「姫様。ここも危険です。早くご避難を」

「いえ、皆さん全員の避難が終わるまではここを動きません。これは王族としての使命です」

 ミランダの心配も良く分かっている。だが、人の上に立つ人間としてアイリは最後の最後までここに留まるつもりだった。

 いや、期待しているのかもしれない。

 シンならば、あの時、野犬に襲われて逃げ回っていた自分を助けてくれたように、今回も助けてくれるのではないかと。

「アイリッシュ王女様!」

 慌てた様子でやってきたのは護衛の1人であるソーディだ。その後ろには王立魔動研究所の研究員も一緒に居る。

「魔動研究所より報告です。どうやら操縦者が離れている間に魔動タンクに残っていた魔動力が暴走したとの事です」

 ソーディの報告にアイリは再びグランダルクへ視線を向ける。

「つまりあの魔動機兵には人が乗っていないと言うことですね」

 ここまで見る限りグランダルクは真っ直ぐ歩く事と、目の前に障害物があったら拳を振り上げて殴るという2つの行動しかしていない。人が操っていないのなら単純な動きしかしていないのも頷ける。

 だが大きさが大きさなだけに被害は増える一方だ。

「魔動タンク内の魔動力が無くなれば動きを止めると考えて良いのでしょうか?」

「は、はい。ですがどれくらい魔動力が残されているかは分かりません」

 アイリの言葉にソーディの後ろにいた研究員が答える。

「楽観的に考える事は出来ないでしょうね」

 魔動力が枯渇すれば動けなくなるかもしれないが、それが数秒後なのか数時間後なのか、それを知る手段は無い。

 アイリは再び視線をグランダルクへ向ける。

 その刹那、グランダルクの進路上にあった屋台が蹴り壊され、その瓦礫がアイリに向かって飛んでくる。

「姫様!!」

 最初に気付いたミランダが慌てて叫ぶがアイリは動く事が出来ない。異常に気が付いたソーディも瓦礫の存在を確認するために視線を動かしてしまった為に対応が遅れる。

 元は屋台の一部だった瓦礫が轟音を立ててアイリの上へと落下。

「そ、そんな……」

 瓦礫の落下によって生まれた砂埃で視界が遮られる中、ミランダはその場でへたり込んでしまう。目の前に居ながら仕える主を助けられなかった後悔と自責の念で呆然とする。

「けほけほっ」

 しかし聞こえてきた可愛らしい咳声にミランダはすぐに正気を取り戻す。

「ひ、姫様!」

 砂埃が晴れると、そこにはシンに抱きかかえられる様に倒れているアイリの姿が見える。

 それは本当に偶然だった。

 シンは、自分が担当していた場所の避難誘導を終え、倒されたシルフィロードとクレスの元へ助けに向かう事を伝えようと、アイリの元へ向かっていた所、アイリに向けて瓦礫が飛んで来ているのをいち早く見つける事が出来たのだ。

 何も考える事なく、ミランダが叫ぶよりも早く動き出し、アイリに駆け寄る。普段とは逆でシンは抱きつくようにアイリに飛び掛かる。

 下手をすればシン自身も巻き込まれかねなかったが、ギリギリのタイミングで間に合う事が出来た。

「大丈夫か、アイリ!」

 地面に倒れる際にシンは自分の身体をクッション代わりにしたのでアイリはどこも打ち付けていないはずだ。だが彼の気付かない間に瓦礫の破片やら何かで怪我をした可能性も考える。

 だがそれは杞憂だったようだ。

 砂埃を吸い込んでしまったのか小さく咳込んでいるだけで、シンに向けて笑顔を向ける。

「はい、大丈夫です。シンさんはいつも私を助けて下さいますね」

 こんな状況にも関わらず、アイリの微笑みにドキッとする。

「と、とりあえず無事で良かった。避難もだいぶ進んでるし、ここは危険だから下がってろ」

「で、ですが……」

 尚も食い下がろうとするアイリにシンは優しく頭を撫でる。

「頑張ってたのはもう皆、十分に分かってるよ」

 周りを見回せば、避難は大分進んでいる。このブースの前に残っているのも後僅かだ。

「ミランダさん、ソーディさん。アイリの事はお願いします」

 シンの言葉にミランダとソーディはしっかりと頷く。

「シンさんは一緒に来てくれないのですか?」

「俺はクレスを助けに行く。安心しろ。すぐに合流するから」

 心配するアイリに優しい笑顔を向け、今一度頭を撫でる。

「そ、それではこれだけでも持って行って下さい」

 アイリはそう言うと大きな緑色の宝石の嵌った首飾りをシンに渡してくる。

「これはエメラルドティアー。災いから身を護ってくれるという言い伝えがあります」

「だったら尚更、アイリが持っていた方が……」

 シンの言葉を遮り、アイリは言葉を続ける。

「この首飾りの宝石は貴重なものです。この世界に一つしか無いとも言われています。ですので必ず返しに戻って来て下さい」

 アイリは有無も言わさず、エメラルドティアーをシンの手に握らせる。

 無事に戻って自分の手で返却して欲しいという願いが、少女の小さな手から伝わってくる。

「……わかったよ。必ず返しに来る」

 一瞬、死亡フラグという言葉が脳裏を過るが、そんなものは根元からへし折ってやる。

 シンはエメラルドティアーをしっかりと手に握り締めながら駆け出す。破壊の権化と化したグランダルク。その足元に向かって。


 シルフィロードは今、その足元近くに横たわっている。

 グランダルクが足を振り下ろす度に突き上げるような振動が地面を揺るがし、腕を振り回す毎に大小様々な瓦礫が宙を舞う。

 その中をシンはただひたすらにシルフィロードへ向けて駆け抜ける。

 だがグランダルクが踏み出した際に発生した振動で、少しも進まないうちに体勢を崩してしまう。しかも運悪く頭上から降って来る瓦礫。今のシンにはかわす事は不可能。

「頭を下げられよっ!!」

 掛けられた言葉に、シンは慌てて首を竦める。その僅か上を巨大な斧が、ブォンと音をさせて通り過ぎていく。

 巨斧は飛んできた瓦礫を粉々に粉砕。パラパラとぶつかっても支障の無い大きさでシンと隣にいる全身鎧の巨漢の上に降り掛かる。

「王女様よりお前を魔動機兵まで無事送り届けるよう仰せつかった。安心して進まれるが良い」

 巨漢の男、アークスがニカッとシンに笑みを向ける。

「ありがとう。助かるよ」

 シンも笑みを返し、アークスと共に再び走り出す。

 グランダルクが起こす振動で何度も転びそうになり、瓦礫の雨を避け、防ぎ、粉砕しながら、なんとかシルフィロードへと辿り着く。

「おい、クレス!無事か!!」

 胸部にある操縦席に近付いて外側から大声で呼び掛ける。だがクレスからの返事は無い。

「気を失ってるのか…」

 ならばと、シルフィロードの脇腹にある搭乗口強制解放装置に手を掛ける。

 シルフィロードの搭乗口は背中側に存在する。今のように仰向けに倒れてしまうと搭乗口が塞がれてしまい、操縦者が動けなかったり、シルフィロード自体が行動不能となった場合、助け出す事が出来なくなる。その為に、緊急用として脇腹にも搭乗口が設置されている。緊急用なので普段はロックされているし、何より搭乗口がかなり狭い。

 シンは大人1人が通れる程度の搭乗口に体を滑り込みませる。機器にあちこちをぶつけながら、なんとか操縦席へと入る。

 そこには膝を抱えて震えているクレスの姿があった。

「クレス!大丈夫だったか!」

 だがやはりクレスは反応しない。ただ小さな声で「ごめんなさい」と繰り返している。

「おい、しっかりしろ!!」

 シンが肩を掴んで揺さぶる。だがクレスは虚ろな瞳から涙を流しながら、謝罪の言葉を繰り返すだけ。

 初めて戦う恐怖で心を閉ざしてしまったのだろう。

(確かこういう時はショック療法が良いんだったよな……)

 シンはかつてアニメやドラマで得た知識を思い返す。

 水をぶっかける…は、そもそも水が無いので無理。

 思いっきり頬を引っ叩く…は、男が相手ならともかく、さすがに女に対しては気が引けるし、顔に傷が残っても責任が持てない。

 思い出せる最後の1つは……これも気が引けるし、何より自分も恥ずかしい。そして無抵抗な今のクレスに行えば、嫌われる可能性もあるだろう。

 もっと他に何かないかと記憶を辿るが、他には何も思い出せない。

(ええい、すまん。気付いた後で俺の事を引っ叩いても構わないからな)

 事態は逼迫していて、これ以上悩んでいる暇は無い。

 シンは頭の中で謝りながら、クレスの顔を両手で優しく包み、自分へと向ける。ゆっくりと顔を近付け、そして意を決して唇を重ねる。

 柔らかな感触と共に暖かいものがシンの身体に流れてゆく。

 1秒か10秒か、それとも1分か。

 唇に感じる柔らかで暖かい感触に、クレスの虚ろだった瞳は徐々に生気を取り戻していく。

(えっ?何?なんで?)

 閉ざされていた心を覆う氷が解けたクレスは今の状況を把握出来なかった。

 あまりに目の前過ぎて最初誰か分からなかったが、すぐにそれがシンだと気付くと、一瞬の驚きの後、安心したような表情を浮かべる。

 そっと目を閉じ、まどろむように唇の感触を確かめると、いつの間にか身体の震えは止まっていた。

「ありがとうございます、シン」

 ゆっくりと唇を離れるとクレスは笑みを浮かべてそう呟く。

 シンが目の前に居る。それだけで心は満たされ、先程までの恐怖など嘘であったかのように微塵も感じなかった。

 クレスの思い掛けないその言葉にシンは面食らう。

 心を閉ざして無抵抗な彼女に断りも無く唇を奪った事を責められ、叩かれても仕方が無いと思っていただけに、真逆の反応をされて戸惑う。

 だが、その表情は先程までとは異なり、普段のクレスに戻っている事にシンは安堵する。

「え、えっと断りも無く、あ、あんなことして怒って無い?」

 安堵したせいか、ついそんな事を聞いてしまうシン。

「え、あ、う……」

 クレスが赤面して俯く。釣られてシンまで顔が赤くなっていく。

「ほ、ほら、あれはクレスを助ける為であって、そ、そう。人工呼吸。人工呼吸と同じだからさ」

 慌てて弁明するシン。

「……私のファーストキスだったんです。だから絶対に忘れませんから」

 自分の想いを反芻するようにクレスは呟く。その言葉を聞いたシンは耳まで真っ赤にしている。

(こんな時なのに、こんなに落ち着いていられるなんて不思議)

 好きな人が側にいるそれだけで、こうも心が落ち着くものなのかとクレスは初めて気付いた。そして冷静になれたこそ“こんな時”だという事を思い出す。

「そ、そうだ!グランダルクはどうなりましたか?!」

 彼女が恐怖に囚われる切欠の元凶が、今どうなっているのかを。

「え、ああ。まだ動き続けてる。魔動タンクが暴走しているらしく、いつ止まるか分からないそうだ。だから逃げる為にクレスを助けに来たんだ」

「それならなんとかしなくちゃ。まだシルフィロードは動けるはずです!」

 シンのおかげで恐怖は取り除かれた。だからきっとまだ大丈夫。まだ戦える。クレスは起動キーとなるジルグラム核に手を触れようとする。

 だがその腕はシンによって掴まれ止められてしまう。

「駄目だ」

 恐怖に身を震わせ心を閉ざしかけていた姿を見たシンにとっては、クレスを再び戦わせる事を認める事は出来なかった。

 キスというショック療法で今回は運良く恐怖の底から戻ってきたが、次に同じような状態になった時に恐怖から立ち直れるという保証は無い。

 それにもう一度、クレスにあの恐怖を味わせるような事はしたくなかった。

「こういうのはクレスの役目じゃない。本当なら俺が動かせれば良かったんだけど……」

 動かない事を知りつつもシンはジルグラム核に触れる。

 ドクン。

 その瞬間、シンの身体の中の何かが脈動を始める。

 操縦席に入る際に落としたり邪魔にならないように首に下げたエメラルドティアーがその脈動を感じ取り、光を放ち始める。

 そして力の奔流がシンの体中を駆け巡る。

 これまで一度も感じた事の無い力。

 この世界の住人で無いシンには存在しなかったその力。

「これは……」

 知識ではなく感覚的にそれがこの世界ではありふれた力である事をシンは理解する。

「シン…魔動力が無かったはずなのにどうして……」

 クレスが驚きの声を上げる。

 起動キーを通してシンからシルフィロードへ魔動力が流れていく。

 操縦席がエメラルドティアーとジルグラムによって緑色の光に包まれていく。

「理由は分からない。けど、これならば!クレス、席を替わってくれ!」

 何が切欠だったのかは分からない。

 だがシンから湧き出た魔動力と意志がシルフィロードに再び命を吹き込む。

 シンはクレスと操縦席を交代する。

 狭い為、クレスには膝の上に乗ってもらう。身体が密着したせいでクレスは恥ずかしそうにしているが、今のシンにはその柔らかな身体に興奮する以上の高揚感に包まれていた。

 自らが手を掛けて生み出された巨大ロボットを操縦して強大な相手に立ち向かう。

 前の世界では絶対に起こり得ず、この世界に来てからも魔動力が無い事で諦めざるを得なかった夢が今、現実のものになろうとしている。

「ちょっときついかもしれないけど少し我慢してくれ」

 シンは操縦席に備え付けられたベルトを引っ張り、抱き付いたクレスの体ごと固定する。多少緩めたとはいえ、本来は一人用の為、かなり締め付けられる。おかげで2人の体は更に密着する。

 クレスは抗議の声を上げようとしたが、シンの真剣な表情を見て、それを止める。

 フットペダルに足を乗せ、レバーに手を掛ける。クレスの体格に調整されているせいで窮屈な感じはあるが、気にしない。

 シンの意志に反応して壁面が透過され外の景色が映る。

 グランダルクの位置を確認しようと見やれば、逃げ遅れた人達まで後一歩の所まで迫っている。

「あの馬鹿!早く逃げろって言ったのに!!」

 グランダルクに最も近い最後尾にはミランダが庇うように抱き締めているアイリの姿が見える。

 その眼前でソーディが2人を護るように剣を構えているが、グランダルクの圧倒的な巨大さの前では蟻にしか見えない。

「くそっ、間に合うか…いや、間に合わせるんだっ!」

 シンの意志にシルフィロードが応える。

 仮面についたジルグラムで作られた瞳がシンの魔動力を受けて光り輝く。

「クレス!舌を噛まないようにしてしっかり俺に抱きついていろ!!」

 恥ずかしいなどと言っていられない。シンの言葉に従い、クレスは口を真一文字に閉じ、首に手を回してしっかりと抱き付く。

「お前の真の力を見せつけてやれ!行くぞ、シルフィロード!!」

 シンが吠えるのに呼応してシルフィロードは跳ね起きると、白き矢となってグランダルクへと突撃を開始した。

ついに主人公覚醒!


あ、ちなみに言いますとこんな展開ですが、クレスルートという訳ではないです。

あれは人工呼吸的なものであって、決してキスではありません、そう、キスでは無いんです!


次回、3/22(日)0:00に更新予定

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― 新着の感想 ―
[気になる点] キスにしろ座席密着にしろ、シチュに対して無理矢理感。 常識的ならキスより軽いショックを、操縦性と安全面からしてわざわざ狭い中入れ替わってむりやり着座するより降機させることを考えると思う…
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